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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
4章 主人公はもう兄さんでいいと思う
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152話 名家当主は気苦労が多い

 




「え? セージが来ていたのですか?」


 ああ、と祖父が答えたのに、ケイは頬を膨れさせた。

 名家当主を相手にしているということで敬語は使っているが、その態度には祖父への甘えがにじみ出ていた。


「私が道場にいるのは知っているんですから、教えてくれてもいいじゃないですか」


 二人がいるのはマージネル家当主エースの執務室で、時刻は昼過ぎだ。ケイが食堂で一人で昼食をとっているとセージが来ていたという話題が耳に入ってきたので、食後にエースの下に聞きに来たのだった。


「すまんな。ただセージは忙しそうだったからな」

「……? 何か用があったのですか?」


 ケイが知る限り、セージが来てやることと言ったら道場での門下生達との手合わせや、祖母とのお茶会ぐらいしかない。

 セージが来るといつも厳しい祖母が優しくなるし、セージと話していると門下生とも普通に話せるので毎日でも来て欲しいぐらいだが、やって来るのは月に一度か二度ほどだった。


 ちなみに補足すると祖母が厳しいのは名家の令嬢であるケイが礼法に疎いためであり、門下生と普段話ができないのは名家直系であり皇剣のケイには気軽に話しかけられず、ケイも自分から話しかけるコミュ力を持っていないためである。

 ケイは断じて嫌われているわけではなく、ちょっとボッチ気味なだけなのである。


「まあ、な」

「何かあったんですか?」

「うむ……。まあ、なんだ。その……、調べ物をな」


 歯切れの悪いエースの態度に、ケイは小首をかしげる。

 根が素直なケイは特に考えを巡らせることもなく、小首を傾げて率直にその疑問を口にする。


「何を調べていたんですか」

「……昔の新聞だよ。気になった事件があって、それをな。まああまり気にするな」

「事件ですか?」

「む」


 エースはそう言って口をへの字に曲げる。

 セージがマージネル家を訪問した理由は、内容的にはそこまで隠すようなことではない。

 セージに教えた捜査情報の中には機密情報も含まれてはいたので、それは簡単に口にしていいことではないが、しかし訪問した理由と直接の関係はない。


 ただエースとしては孫娘であるケイに少しばかり危惧を抱いていた。

 一年前、ケイは初めて人を殺す任務で緊張から限界を超えた魔力供給、即ち暴走を起こした。その後もエースやアールの不手際があったとは言え、病み上がりの幼い少年(セージ)に喧嘩をふっかけた。

 魔力制御に関してはこの一年で飛躍的に向上しているが、しかしケイはそういった戦闘技術とは関係のない自制心や落ち着きという情緒面において心配になる少女であった。


 血のつながる方の父親に似てしまったのだろうかと思うが、血と教えを受け継いでいる天使が大人びている事を考えれば教育が悪かったのかとも思わないでもないし、少しばかり甘やかしすぎているのかと思わないでもないエースだが、さすがにそれは今は置いておくべき悩みだった。


 今の悩みはケイを関わらせるか否かである。

 ケイは祖父としての贔屓目を極力抜いて考えると、どうしても思慮が足りないと映る。

 年頃の少女であれば仕方のない面もあるが、しかして名家を継がせるには不安が大きく、おそらくケイの代はトムスの子達の誰かが当主になるだろう。

 そしてそんなケイはセージに強い関心を持っている。

 それは友情や家族(おとうと)への愛情というよりは、出来のいい後輩への親愛や期待のようなものだろう。


 そんなケイがセージが新しい難題に向かっていると知ったらどうなるか。

 手伝おうとするだろう。


 それはいい。それはいいが、ケイは手伝いになるのだろうか。

 セージが直面している問題は、エースにも考えが及びつかない。

 十年近く前のジェイダス家の内紛と、現在起きているポピー商会への犯罪行為の関連性は、やはりどちらもジェイダス家が関わっているということしかわからない。

 だが現在の問題を解決するためにわざわざセージが調べに来ているのだから、それは意味のあることなのだろう。


 幼い頃のジオも時折、勘が働いたと突飛なことを行うことがあった。その時は阿呆と嗜めるのだが、それが後々になって大きな成果に繋がるようなことがあったのだ。

 あるいはそれと同じことなのかも知れない。


 そしてセージはジオと違い常識を知り、周囲を慮る倫理観を持っている。だから恐ろしいと息子(トムス)には恐れられているが、ジオよりも安心して見ていられる事は間違いない。

 しかしそこにケイを加えると、なぜだかセージが振り回されて苦労する予感がしてしまうエースだった。


「――お祖父様?」


 押し黙るエースに、さすがにケイも不審を抱く。色々と抜けているところのある少女だが、それでも最年少で皇剣にまで上り詰める才覚は伊達ではない。

 ケイは考えを巡らせるのではなく、感覚を研ぎ澄まして、エースの様子を観察する。


 その視線に、エースもたじろいでしまう。

 名家当主であり、歴戦の戦士であり、多くの騎士を従えてきた将であるエースの胆力は並外れたものがあったが、不意をつかれてしまってはその力も十分に発揮されない。言い方を変えると、孫娘に睨まれてお祖父ちゃんはとてもショックなのだ。


「いや、なんだ。大したことではない。お前は自らの訓練に励め。もうすぐ派遣任務にもついてもらわなければならないんだぞ」

「お祖父様」

「な、なんだ」


 ケイははっきりとした意思を瞳に乗せて、まっすぐにエースを見つめる。


「私は一年前、セージに助けられました」

「そ、そうだな」

「何かあったんですね」

「む、むぅ……。あったというか、な」


 言葉を濁すエースに、ケイは語気を強める。


「あいつは私の弟みたいなものなんです。なにか困っているなら助けたい。

 教えてください。何が起きているんですか」

「あ、ああ……」


 結局、エースはケイの剣幕に押し切られて、洗いざらい話した。



「ジェイダス家が、セージと付き合いのある商会を襲っている……?」


 ケイは大雑把にそう理解して、呟いた。間違ってはいないのでエースも頷いて肯定した。


「じゃあ私がその商会の護衛をします」


 ジェイダス家に殴り込みをかけるといえば、当然エースも止める。だが商会を守ると言うのならすでに警邏騎士たちにも気にかけるよう言って、事実上の警護をさせている。

 ならばケイがそれをしてもそう問題はない。というか、言っても止まらなさそうなので、身内が見張っている商会周りにいて欲しい。

 エースは鷹揚に頷いて、その提案を許した。


 ケイは意気揚々と執務室から出て行き、エースはそれを見送ったあと、部下を呼んだ。

 ケイには追加のお目付け役も必要だと思ったのだ。



 ******



 薄暗い部屋の中で、ふたりの人物がソファーに座って向かい合っていた。

 一人は幽鬼のような男で、一人は人形のような女。

 お互いの視線は険しく、親しげな様子はない。


「……用件は?」

「ご挨拶ですね、フレイムリッパー」

「気安くそう呼ぶな」


 呼ばれた男は誰に聞かれているかわからないんだぞと、警戒心と苛立ちを込めて女を一層強く睨んだ。

 女は気にした様子もなく、無感情な笑顔のまま軽く鼻を鳴らした。それがここでの会話を盗み聞きできるものがいないという自信に基づくものだとは知っていた。

 男からすればそれは慢心であり、想定外の事態に備えない愚か者の態度だ。だが女にはそれが許されるだけの力を持っているのだと男は知っていた。

 女はしかし、男の顔を立てて一応は通り名ではなくその名を呼ぶことにした。


「それではデイト。首尾を聞かせなさい」

「……まだだ」

「そうですか」


 女の人形のような顔に、それこそ作り物と呼ぶにふさわしい笑みが張り付く。


「……それだけか。なら帰れ」

「仕事も遅いのに、大きな口を叩きますね」

「奴らの周囲には護衛が張り付いている。人目も多い。そうそう迂闊に手が出せん」

「寝ているところを押し入ればいいではありませんか。いつぞやの時のように」

「俺はジオを敵に回すつもりはない」


 デイトは煩わしさを隠しもせず、依頼主にそう答えた。

 魔人の子を誑かす二人の女を殺すことはデイトにも意味のあることだったが、しかしそれだけだ。積極的に女の依頼を叶えてやろうという気はなかった。


「……ふん。まあいいでしょう。ですがこのままというのは面白くありませんね」

「そう思うなら自分で動けばどうだ」

「それではあなたを飼っている意味がないでしょう。

 ……そうですね、少しだけ力を貸してさしあげましょう。人払いの結界を張ります。そう長い時間ではありませんが、それでどうにかしなさい」


 ふんと、デイトは鼻を鳴らす。


「……呪いを解いて欲しいのではないのですか」

「おい。その対価ならもう支払ったはずだぞ」


 デイトが怒気を強めて女を睨むが、作り物の顔は動じることがない。それどころか、嘲笑すら浮かべてみせた。


「ええ。ですがあまり非協力的な態度を続けるようなら、こちらとしても考えがありますよ」

「ふざけるなよ。貴様を町ごと焼いてやろうか」


 その言葉に、女の顔が初めて不快という感情を示す。

 それと同時に、デイトは胸を押さえてうずくまった。その顔には大量の脂汗を浮かんでおり、血の気も引いている。


「憐れな。あなたの命は私の手の中にあるのですよ。もう少し立場というものを弁えなさい」

「――グッ、カァッ!!」


 デイトはままならぬ体を意志の力だけで動かし、剣を抜く。そして女に向けて躊躇なく振るった。そのつもりだった。

 デイトの体は剣を振りきっている。だが剣を持った腕だけがその意思に反して不動であり、女に届くことはなかった。

 まるで空中に万力で固定されたかのような右腕は体の動きについていかず、そのねじれの負荷がかかった肩の関節は容易く外れ、それどころか肉も血管も引きちぎれて皮だけでつながる有様となっていた。


「馬鹿ね。でも心臓を止められても、抵抗して見せたことは褒めてあげましょう」


 女はそう言って指を鳴らした。

 デイトはその場に崩れ落ち、酸素を求めて荒い呼吸を重ね、合わせて捻じ切れかかっている右腕に魔力を通して治す。


「呪いは解いてあげるわ。そう、予定では二年後ね。楽しみにしていなさい。

 そこまでたどり着ければ、あなたは晴れて自由の身よ。それまではしっかりと働きなさい。

 私のために。そして、この国の未来のために」


 女はそう言って作り物の笑いを浮かべ、部屋を出ていった。

 一人残されたデイトは苛立たしげに床を殴りつけ、くそがと零した。





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