146話 お義姉さんと一緒
そんな訳でシエスタさんとお出かけです。
もっとも私のやることはあんまりなくて、そばにいてシエスタさんに敵意を向けている人に、指向性の敵意を飛ばすだけの簡単なお仕事です。
いや、私も今は中級中位の戦士なので、一般の人にそんなことはしていません。あくまで雇われたのであろうガラの悪いのやら、シエスタさんの美貌に目の眩んだ悪い虫だけにとどめています。
ただこれが数が多い。
今の私は護衛中ということで魔力感知はある程度広げている。シエスタさんがトイレに入るときも中の様子を探って、それからシエスタさんがお花を摘んでいる間はその個室以外の周囲を警戒している。
そうしてきっちり周囲を警戒していると、もう本当にすごい数の悪い虫と、それに紛れた悪漢がシエスタさんを狙っていた。
悪い虫の方はシエスタさんに気後れしている部分が有るのでそんなに問題はないのだけど、悪漢の方は結構面倒くさい。
一応、今のところ格下というか、浮浪者もどきのハンター級しかいないから敵意を向けるだけで逃げていくし、実際に襲われてもなんとかなると思う。
でももしも本格的にギルド崩れの実力者が雇われたらと思うと怖い。
私の実力は守護都市で中堅どころになってはきたけど、上には上がたくさんいる。しかも普段からシエスタさんの護衛をしている騎士や、ミルク代表のところの用心棒さんたちは私よりも弱いくらいだ。
「――今回は行政指導ということで、通達書をお渡しさせていただきます。何か質問はありますか」
「お待ちください、トート監査官。たしかにおっしゃるように一部の規制品を見逃していたのは事実だ。しかしこれらは都市の中でも重要なものだろう。特に薬に関しては十分な数が出回らなければ、有事の際に助かる命も助からなくなる」
「はい。ですので早急に規制品の仕入れ手続きや、仕入れ限度数に関する見直しをお願いします。またそれが終わるまでは一律して税額の免除を」
「無茶苦茶だ。そんな事をすれば適切な額の税収も物資の管理もできなくなる。この守護都市に積載できる物資の量には限りがあるんだぞ」
「ええ、存じています。ですがそのために現場の官吏が法を破っている現状は心がとても痛みますので、法整備をしたいのです。
もちろんそれは私の権限を大きく超えている問題ですが、違法行為が必要となっている現状を詳らかにすることで、しかるべき部署に要請することはできます。
現場の方はどんな物資が必要とされているか良くご存知かと思いますので、法整備のためにも意見具申をお願いしているのです。
どうぞご理解とご協力の程、お願いいたします」
恭しく頭を下げるシエスタさんは、下を向いて舌を出している。
どっちも建前しか言っていないが、いくらでも簡単に仕入れが出来るようになったら袖の下が貰えないと官吏さんの代表は怒っており、そんなものもらって仕事するなとシエスタさんは怒っている。
ちなみに守護都市に積載できる物資の量に限りがあるのは事実だが、薬を大量に仕入れたところでその限りに達することはない。
そもそも荒野では魔物の死骸や岩石などを採集するので、積載量には大分余裕が持たされているし、薬だけでなく今回規制緩和の対象(一時的な規制撤廃の対象)は総じて軽くて小さいものが選ばれており、官吏さんの言葉は本当に建前でしかないものだった。
「ああ、それと民間企業から賄賂を受け取られていた方が何名かいらっしゃったようですので、調書を取らせていただきたく思います。
もちろん、ご協力いただけますよね」
にっこりといい笑顔のシエスタさんに、管理さんは言葉を失っていた。
ミルク代表のところに厳しくしていたから、袖の下って他の商会からしか受け取ってなくて、つまりはシエスタさんは手加減する理由がないわけで、まあ大勝利というやつである。
そしてこんな感じで勝ちまくっているので、シエスタさんは恨みを買っているのである。
真面目で優秀なんだけど、もう少し控えめに勝ったほうが敵が少なくなって楽なんじゃないだろうか、なんて思ってしまう私は小市民。
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「それじゃあ次はシャルマー家ですね」
「はい。規制緩和の内容確認ですよね」
「ええ。事前に打ち合わせは終わっているけど、中身をもう一度確認して、あとはなるべく早く規制撤廃の状況を終わらせないと」
シエスタさんと連れ立ってクラーラさんのいるシャルマー家に足を向ける。
規制撤廃しても問題が起きないようなことを言ったが、それはあくまで重量の問題で、関税かからないのなら今のうちに大量に仕入れようとする業者は多いだろう。
そういった人間が問題を起こす前に、規制の一時撤廃と新しい規制法案のスピード可決が必要になってくる。
幸い守護都市は外縁都市との接続の間に早くて二週間、遅ければひと月以上を荒野で過ごす。その間は関税がどうのと言う以前に、そもそも物を仕入れることができない状況に陥る。
なのでその間を狙っていくのだ。
「まあ早めに片付けないと市場に混乱が起きるでしょうからね。でもこれ、ミルク代表にも教えてないですよね」
「ええ。教えたら次の都市接続まで先延ばしにさせて、色んなものを無理矢理にでも仕入れるでしょうから」
「……あとで僕が怒られるんだろうなぁ」
シエスタさんとミルク代表の仲は良好だが、基本方針ですれ違うこともある。
シエスタさんは真面目で弱みを作る事を嫌うので、ミルク代表にあらかじめ情報を流すことをよしとしなかった。
ミルク代表も状況は理解しているからシエスタさんを責めることはないけど、なぜか二人の中間みたいなポジションに陥っている私のことは容赦なく責める。
「怒られるって言うか、二人はよくじゃれあってますよね」
「まあ、ミルク代表とは気が合うんですよね」
「そうなの。ところで最近、商会の周辺が慌ただしくなっているようだけど、セージさんは何か聞いてますか」
シエスタさんがそう言って話題を変えた。
店長が殺されたので慌ただしくなるのは当然だが、どうもそれだけではないようだ。
「え? いえ。最近はちょっと忙しかったので商会に顔を出す機会が減っているんですよね」
「あれ? ギルドの仕事も護衛もない日は外で過ごしているから、てっきり商会に行っているのかと思っていたんですが」
「うーん。まあ隠しているわけではないんですが、図書館で古い新聞を読んでますね。昔の事件を調べている……のかな。あとは街の見回りを少し」
兄さんの家を襲った犯人の顔はしっかりと覚えている。夢の中と現実では辿っている歴史が違うが、顔の作りはそう大きく変わらないだろう。
ただ犯人を見つけても今のままでは捕まえることができない。なのでまずは事件の全容を子供だった兄さんの視点ではなく、新聞という報道機関の視点で知ろうと思ったのだ。
まあこの国の報道機関には自由がないので、あんまり頼りにもしていないのだけど。
「……? えーと、また何かあったの?」
シエスタさんが不思議そうに問いかけてくる。
話すべきか、話さずべきか。
正直なところ、私は迷った。
「何かあったというか、何も起きないように……。
うーん、ちょっと危ないことなので巻き込みたくもないのですが、聞いてもらっていいですか?」
「え、ちょ、いや、まあタダ同然で護衛なんてしてもらってるから、文句はないんですけど、もうちょっと言い方を……。
私、危ないこととかホントにダメなんですよ?」
「わかってます。巻き込むって言っても、ちょっと意見が欲しいのと、むしろ危険から遠ざかってもらうための忠告です。
それと、兄さんのことをどう思っているか知りたいので」
「――アベル?」
シエスタさんが不思議そうな顔をする。
そういえば今朝はシエスタさんは職場に泊まり込んでいたから顔を合わせていなかった。
もしシエスタさんがいたら、今朝の兄さんの微妙な変化の原因がもう少しちゃんと分かったかもしれない。
「ええ。兄さんのことです。どうやら深い仲になったようですが、シエスタさんはどう考えているんですか?」
「どうって、それは……」
私が真剣な顔をしているからだろう。
性的な話をしてもシエスタさんは恥じらったり躊躇した利することなく、問いかけたことを真剣に考えてくれているようだった。
「気持ちが定まっていないならこの話は終わりです。シエスタさんも忙しいんですから、忘れてください」
「ちょっと、その言い方。それは、遊びのつもりはないけど、でも、やっぱり歳の差が……。
今はまだいいけど、十年たったら私なんてオバサンになっちゃうし、アベルはもっと格好良くなってるでしょ。だから――」
冷たく突き放すような言い方なのは許して欲しい。
危険から遠ざけるといったが、偽物を調べることは藪をつつく事にもなりかねない。
そして事態が悪い方に転がればシエスタさんに危険が及ぶわけだし、なし崩し的にそこに巻き込みたくはないのだ。
「兄さんの気持ちははっきりしていると思いますが……。まあその不安はたしかにどうしようもないですね。
じゃあこの話はなかったことで。
それじゃあクラーラさんのところに行きましょうか。
――なんですか?」
先に進もうとする私の服の裾を、シエスタさんがその細い指先で摘んだ。振り返れば可愛らしいふくれっ面をしていた。
「セージさん、ちょっと今回は冷たくないですか」
「いやだって、こればっかりは安易に口を挟めないですよ。
そりゃあシエスタさんがちゃんと我が家のお義姉さんになってくれれば嬉しいですけど、シエスタさんは踏ん切りつかないんでしょ。
あとはもう二人で決めてくださいよ」
別に急かしているつもりはない。
あくまで偽物の件には関わらせないというだけで、そことは関係ないところで二人の将来は、二人でゆっくり決めて欲しい。
「えー、もうちょっと慰めてくれてもいいじゃないですか――って、そうじゃなくて、アベルのことで大事な話って」
「いや。それはとても繊細な話なので、軽々しく言いたくないんですよ」
……ああ、つまり気持ちは決まっているけど勇気が欲しいというか、背中を押して欲しいとか、愚痴を聞いて欲しいということか。
でも私としてはやはり関わらせない方に気持ちは傾いている。
兄さんも思春期に突入したことだし、二人で平和に青春してて欲しいよ。
危ない事は不死身な私と、そういう問題でしか父親らしくできない親父で何とかするから。
「繊細……。もしかして、実は小さい男の子が好きとか」
ぶっ!!
「性癖の話ではないです。っていうか、なんでそんなにピンポイントなんですか」
「じー……」
「ちょっと、やめてください変な目で見るのは。兄さんにそんな目で見られたことなんてないですからね」
つい吹き出してしまった。人が真面目な事を言っているのに何を言い出すのだろうこのショタコンは。
というか兄さんが普通に女性が好きじゃなかったら、シエスタさんとの関係は何だというのか。
「あはっ、そうだね。ごめんごめん。それで、アベルがどうしたの」
リラックスできたとでも言いたげな、安心させるような優しい笑みでシエスタさんがそう言った。
困った。
どうやらそれこそ藪をつついてしまったようだ。
冗談めかしているけど、シエスタさんの感情からは、絶対に聞き出すという強い決意が感じられた。
……まあ、いいか。
どのみち兄さんが偽物と鉢合わせするリスクはあるのだから、知っておいてもらおう。
「兄さん、この家に引き取られる前に家族を殺されているんですよ」
「――っ」
「ああ、そうか。まあ兄さんが自分から話すわけないし、知らないですよね。
でも本題はそこじゃあなくて、兄さんと次兄さんの二人以外その時家にいた人はみんな殺されて、放火もされているんです。
その事件を調べていたら、色々と不可解なことがあって。
まあそれはいいんですが、とりあえず兄さんの家族を殺した人間を見つけて――」
「こ、殺すの?」
「――いえ。親父じゃあないんで、法の裁きを受けさせたいんです。
まあちゃんと捕まえることができれば死刑になるでしょうから、殺すといえば殺すんでしょうね」
なるべく淡々と、事実だけを告げる。
シエスタさんは俯いてしばらく考え込んでいたが、顔を上げて(←比喩的表現)こちらの目をしっかりと見てきた。
私の考えを見通そうとする、疑いの目だった。
「……でも証拠がないでしょ。それに今更犯人が見つかるとも思えないんだけど」
「犯人の人相はわかっています。まあ証拠はないですけど、それはおいおい。犯人を見つけたらエースさんのところで相談しようと思っています」
シエスタさんは押し黙った。
犯人を殺すつもりがないのは本当だ。
復讐に意味がないなんて奇麗事を言うつもりはないが、もしも報復として殺人を行うならそれは兄さんか、あるいはその時の記憶を取り戻した次兄さんの手で行われるべきだろう。
私がやるべきではないし、そして二人にそんな事をさせたいとは思わない。
ただ偽物は親父の名を騙って、人を殺した。
兄さんの両親に何の罪もなかったかどうかは知らないが、しかしどんな理由があったにしろ、偽物は自分が犯した罪の汚名を親父に被せた。
ならばそれに関しては私に報復の権利があるだろう。
だから私は偽物を捕まえるし、そうすれば兄さんの心も晴れるだろう。良い事づく目だ。
「……一応、本当みたいですね。昔の話である以上、確実に犯人だと証明できる可能性は低いですよ。
そうなった時に思い込みでおかしなことをすれば、私は止める側になります。
止められなかったら、裁く側に回ります」
「ええ、大丈夫。親父みたいなことはしませんよ。
それにシエスタさんには意見も欲しかったんですけど、そもそも何かして欲しいんじゃなくて、知っておいて欲しかったって意味が強いんです。
兄さんのトラウマになっていることですから。
本当は本人から聞くほうがいいんでしょうけど、ちょっと嫌な予感がありまして」
「……嫌な予感?」
今回の件で、不安要素はある。
証拠がないのもそうだが、偽物が出た更に十年以上前から親父の名を騙るバカはいたらしい。
しかし実力が伴っていなければ親父に心酔するギルドメンバーからリンチを受け、さらに親父に恨みつらみの溜まっている騎士からは目の敵にされるため、そんなバカはいなくなっていた。
それを考えれば偽物はそういったマイナス要素を跳ね除けるぐらいの実力があると考えるべきだろう。
いや、親父並みの記憶力でそんな過去を忘れているハンターの可能性もあるが、現時点では偽物は私よりも強いと評価しておくべきだろう。
そして偽物は兄さんの両親を拷問でもするように生きたまま解体して殺した狂人であり、睨まれたというだけの理由で兄さんを容易く痛めつけ、暴言を吐かれただけで殺した短慮な人間だ。
兄さんもシエスタさんもそんな偽物の前に立たせる気はないが、しかしデス子の夢が何かしらの啓示なら気を抜くことは許されない。
「ええ。予感です。その犯人を早めに捕まえておかないと、後悔しそうなんですよ」
……自分で言っておいてなんだけど、これ変なフラグになってないよね。大丈夫だよね。