144話 八歳編始まるよ
いきなりテンションの下がる夢を見せられましたが、まあそれは置いといていつもの近況報告始めます。
とりあえず私は八歳になって、身長は128cmまで伸びました。順調ですね。でもまだ竜角刀はうまく使えないです。たぶん来年にはいけそう。
ちなみに親父がたまに使っていたりする。
早く俺のもできないかなぁ、なんて心の声をダダ漏れにしながら私の竜角刀で遊んでいるのだ。
そんな親父だが、マリアさんとの仲はあんまり進展していない。
親父はヘタれではないんだけど甲斐性無しなので相手の気持ちを汲み取れず、マリアさんがあんまり踏み込めないでいる。
そしてそのマリアさんも露骨に粉かけるのは苦手で、しかも姉さんがこの件に関しては完全に敵視しているので『わ、わたし別にベルーガー卿の事なんて好きじゃないし』なんてベタな誤魔化し方をしているのも原因だ。
そういうのは十代の余裕のある時期で卒業しないと婚期を逃してしまいますよと、アドバイスしたいけど出来ない。
だって私も命が惜しいから。
兄さんは十五歳になって、一応この都市での成人を迎えた。
その日はもちろんケーキを買ってささやかにお祝いをした。
そして親父と初めてのお酒を飲んで、変な顔をしていた。その後シエスタさんも買ってきていたお酒(アルコールの度数の低いシャンパン)を美味しそうに飲んで、また変な顔をした。
たぶん女性が好きそうな甘くて軽いシャンパン(多分シエスタさんは自分の好みというよりは、ジュース感覚で飲めるという理由で甘いのを選んだ)がワインよりも美味しかったから、子供っぽいとか気にしたんだと思う。
まあ十五歳なんてまだまだ子供だし、この国の法では咎められていないにしても成長期のアルコール摂取はよろしくないので、お酒の美味しさはおいおい覚えていけばいいと思う。
姉さんはちょっと塞ぎ込むことが多くなった。
何か悩み事があるようだけど、しかしそれを私には教えてくれない。
適当に買っておいた教養書を読みあさって、色んなものに手を伸ばすようになった。最近は刺繍を始めたようだけど、どうもそれは趣味という感じには見えない。
全然楽しそうではなく、むしろ悲壮感というか、強迫観念みたいなものを背負っている。
少しばかり趣味を見つけろと、しつこく迫りすぎたのかもしれない。
次兄さんはバイトに道場での稽古と頑張っている。
時折お店にはケイさんが来るようで(というか、次兄さんが誘ったようで)ご飯をご馳走しているらしい。
胃袋を掴むところから始めるとは次兄さんらしからぬ策士っぷりだが、たぶん考えてやっての行動ではない。
なるべくケイさんと話したいとは考えているだろうけど。
あんまり言いたくないけど、私の魔力感知は人の感情を見通す。誰が誰に好意を向けているかもだ。
……ケイさんには悪いけど兄さんは一途な感情の持ち主で、ケイさんのことは大事なお客様ぐらいにしか思っていない。
そして兄さんの大事な女性には恩義がでっかくあるので、私はそっちの味方です。
そっちはもうやる事やってる事だし。
妹は騎士養成校で順調に勉強中。
ただ勉強面は年相応だが、実技では三年飛び級なんてしているらしい。将来が恐ろしい妹だ。
そして身長が130cmにまで成長した。
……この件に関しては将来と言わず、私は来年が恐ろしい。
今はまだ目に見えるほどはっきりとした違いにはなっていないが、幼い時分は男の子よりも女の子のほうが身長の伸びが良い。
将来的には兄である私の身長が上回ると確信をもち、一応念の為に信念をねじ曲げて血反吐を吐く思いでデス子に背が伸びますようにと祈りを捧げてもいるが、来年あたり妹に見下されるのではないかと不安を抱いてしまうのだ。
いやまあもしも万が一そんな青天の霹靂とでも呼ぶべきありえない事態が起こったとしても、私は決して兄(姉)の座は譲らないけど。
さて家族の近況はこんなところで、私の方はといえば特段の変わりはない。
斧を主武器に変えてみたが、正直なところ私との相性は良くなかった。
一撃必殺の攻撃力で先制するという考えには間違いは無かったのだが、それなら斧よりも槍の方が向いていた。だって槍の方がリーチがあったから。
そしてリーチの問題を除いても、正直なところ斧でなくとも同等のランクの武器(予備武器として買った鉈)に魔力を込めれば十分な威力が発揮できた。
重量があるので遠心力を乗せやすいが、動きが単調で素早い魔物には手こずるし、さらには体勢が限定されるので私の命綱であるフットワークにも問題が生じた。
……いやまあ、これ全部使う前からわかってたんだけど、それでも使ってみれば何かわかるかなぁと思っていた。そして別にそんな事はなかった。
親父曰く、戦斧ならもう少し大きくないと意味がない。その大きさなら片手で自由に使えれば面白いだろうが、戦斧として使うには小さすぎる、だそうだ。
今は柄の細いものしか使えないので、大型の戦斧には手が届かない。そして同様の理由で手持ちの斧を片手で使うこともできない。
そんな訳でせっかく買った斧だが、今は地下室で親父の武器と一緒に眠っている(ちなみに一部だけだけどラウドさんにあげたので、地下室はいくらか整理された)。
今の武器はど定番のロングソードと、予備武器は変えずに鉈で仕事をしている。
ちなみにロングソードは親父が持っていた武器で、十五歳ぐらいの時に使っていたものらしい。武器としての出来はあんまり良くないそうだが、丈夫で扱いやすいので使わせてもらっている。
ちなみに新しい武器にロングソードを選んだ理由は、親父が長剣だけは普通すぎて面白くないから嫌いだ、と言っていたから。
非常識な親父がそういうのだから、平凡な常識人の私には良くマッチすると思うのだ。
あと最近覚えた面白技と相性が良かったのも理由です。
まあ武器はそんな感じで、ギルドの仕事も変わらず近場での狩りをメインにやっている。
中級中位にランクアップしたということで、アリスさんは多少足を伸ばして特殊依頼(いつぞやのハイオークの集落探索など)をして欲しそうだったけど、あんまり遠出すると晩御飯の支度が間に合わなくなるんですよね。
ここ一年は救援依頼の数も激減したので、近場の仕事なら朝早くから出れば買い物をしても十五時前には帰れるんですよ。
救援依頼が減った理由は新人だったハンターさんたちが成長したのと、管制がちゃんと仕事しているのが理由として大きい。
こまめに探査魔法を使って、現場と密に連絡をしてと、ごくごく当たり前な事をちゃんとすることで、現場のギルドメンバーの危険度がだいぶん下がったとのこと。
今までは荒野の魔力ジャミングが邪魔でまともに見えないということでろくに探査魔法は使われず、現場に出ているパーティーの斥候に探索は丸投げされていた。
しかし新しい管制官室長のヴァインさんが出来る限りのことはやれ、泣き言はそれからだと、檄を飛ばして改善させたとのだ。
管制官の負担は増えて大変らしいけど、そのおかげで目に見えてギルドメンバーの損害は減った。
知り合いのギルドメンバーたちは、管制官って役に立つんだなと感慨深げに言っていた。
ちなみに私にはスーパー魔力感知があるのでその恩恵は小さい。五十メートル先に魔物が隠れている可能性があるなんて言われても、あらかじめ分かっているからそっちに向かっているので、むしろ緊張感高めているところに通信が入ってきて、水を差された気分になる。
ただスーパー魔力感知のことなんて説明できないし、管制官がちゃんと仕事してくれるようになったのは良い事なので『ありがとうございます。助かります』なんて返して、好感度上げに尽力している。
まあギルドの方はそんなところで、あとは商会だ。
店に荒くれ者が来る頻度は警邏騎士の見回りなどで落ち着いたが、深夜にある店の店長が襲われるなんて事件が起こった。
守護都市の店は一部を除いて日暮れ前に閉まるが、その一部の店が狙われたのだ。
翌日の朝、痛ましいことにその男性の店長は死体になって発見された。彼は刀剣類で斬りつけられ、大量に失血して死んでいた。
財布などの貴重品が無事だったことから酔っ払ったギルドメンバーの不興でも買って襲われたのだろうと、調査を担当する警邏騎士が言っていた。
ただその店長はミルク代表も信頼する人当たりの良い人物で、そうそうそんなヘマをする人物では無かった。
殺されたのはその一人だけだけど、念のためにどうしても深夜に出歩かなければならない従業員には護衛が付けられるようになった。
そしてミルク代表のお店の人では無いけど、多方面に敵がいるということでシエスタさんにも護衛が必要になった。
こっちは深夜だけではなく、家にいるとき以外は常にだ。
本来は監査室に配属されている騎士がその役目に就くけど、日陰な部署の監査室は十分な人員が配置されておらず、ちょくちょく騎士とは別に護衛を雇っている。
ただギルドに頻繁に依頼するだけの予算はないということで、コネのあるミルク代表の従業員(ギルド上がり)や、私がやっている。
シエスタさんとしては八歳の私に護衛をされるのは不思議な気持ちになるものの容認できることであったが、たまに親子と間違われる事だけは本気で嫌そうだった。
そしてシエスタさんの護衛に私が就くのを兄さんが嫌がるかとも思ったのだが、お前なら安心だなんて言われた。
どうも私の都合が付かないようなら親父に頼もうという話があったらしい。たしかにそれは不安だ。
いや、私は兄さんが自分でやりたいんじゃないかと思っていたのだけど、僕じゃあ本当に何かあった時に守りきれないからと、すこし寂しそうな顔でそんなことを言った。
余計なことを聞いてしまった。
大丈夫だと思っていたけど、兄さんも思春期に突入して、多少は不安定になっているようだ。
そして当然のことだけど、不安定じゃなくても偽物には会わせたくない。
でも起きて欲しくないことほど、起きてしまうんだよね。
どうにかして偽物を見つけられないものか。そして偽物をひどい目に合わせられないものか。