141話 私を一緒にしないで下さい
「なんであんた制服着てんのよ。騎士がそばにいると目障りだとかクダまいてたことあるでしょ。私服で来なさいよ」
「昔のこと持ち出されると弱いんだけどよ。これを着てれば警護の連中顔パスして、セージのところまでいけるかと思ってよ」
「はぁ!? なにあんた抜け駆けしてんのよ!!」
「ちょっと、ペリエうるさい。周りに見られてるし、落ち着いてよ」
「落ち着けるわけないじゃない。こいつ一人で勝手に会いに行ってんのよ」
「別にいいじゃないか。クライスは政庁都市だろ。俺たちと違って、守護都市が来たら顔を見に行くなんてできないんだしな」
「でも……ぅぅ、もうっ。それで、セージ君どうだった」
「いや、会えなかった。普通に部外者だってバレて、顔見知りだから取り次いでくれって言っても追い返された。やっぱ騎士って頭カテーわ」
「あんただって今は騎士じゃない」
「ま、そうなんだけどな」
パレードは一般の大通りを通るため、当然無料で観覧することができる。
大通りはパレードの通り道に沿って人で埋まり、通りに面した商店や民家の窓には、多くの目が張り付いてた。
防衛戦の合間に準備されたということで、祭りの規模や華やかさでは精霊感謝祭に大きく劣るものの、おおよそ十年に一度しか開催する機会がなく、そして皇剣武闘祭のようなお祭りの勝者ではなく、竜殺しをなした戦場の英雄が一目見られるとあって、その熱気は決して劣ってはいなかった。
セージのかつての指導役であるクライス、ペリエ、ドルチ、ロックはそんな熱気の中で雑談をしていた。
ただクライスたちがいるのは一般道ではなく、パレードの終着点である産業都市行政官庁に特設された観覧席だ。
今回の主役であるジオとセージにはその席の優先購入権が割り当てられていた。また今回の竜討伐は極めて異例な少人数での戦果であるため優先権を多く行使することが許され、クライスたちのチケットもセージが購入し、アベル経由で渡したのだった。
そんな訳でクライスたちの傍にはアベルを初めとしてブレイドホーム家の子供達と、引率のミルク代表とアリスも来ていた。
シエスタのチケットも手配はしてあったし、本人も後から来るのだが仕事で遅れている。
ちなみに観覧席は五百名ほど収容可能で、同じく功労者枠でマージネル家とスナイク家の関係者が大半の席を占めている。残りは産業都市や政庁都市の有力者やその関係者だ。
余談となるが、シャルマー家の当主様はコネ作りに最適なこの場と、この後の祝賀会に強引に参加しようとして失敗している。
そして今はあの年増が横から出てこなければ関係者としてねじ込めたのに、と家で歯噛みしていたりする。
「そんな事よりペリエ、この後セージ君の家に行くんでしょ」
「ええ。というか、私たち全員泊まっていく予定よ。ホテルもとってないわ」
「私も行っていい?」
可愛らしく上目遣いでオネダリをするアリスに、ペリエはゲンナリとした顔になる。
「……私に聞かないでよ。アベル君?」
「え? あ、すいません。聞いてませんでした。
……ええと、ああ。泊まっていくんですか? いいですよ。ああ、でも、部屋が余ってたかな」
「物置にしてる部屋なら空いてるけど、そこでいい?」
あまり深い意味はなく、ごく自然にマギーはそう言った。
「あ、うん。いいんだけど、マギーちゃん私のこと嫌いだったりする?」
「え? いえ、でもセージに変なことするのは止めてね」
「……はい」
マギーは言われてから、お客様を片付いていない部屋に通すのは良くないと思い、しかしまあアリスだから良いかと考え直した。
「なに傷ついてんだ。自業自得だろ、ビッチエルフ」
「ビッチじゃないしっ!」
「娼婦が処女アピールしてるみたいだよ、それ」
「ドルチ、子供たちの前で変なこと言わないで。アリスは私と同じ部屋でいいでしょ」
「……うん」
そんなこんなで賑やかな談笑で時間は過ぎていく。そしてとある話題が登ることになった。
「しかしまさかジオさんがこんなイベントに出るなんてな」
「そうだな。守護都市の都市伝説が一つなくなっちまったな」
「なんだ、それ?」
クライスとロックのやりとりに、カインが割って入る。
「いや、ジオさんって言ったら役所や騎士の言うこと聞かないのが当たり前でな。この手のご立派な表彰式に出たら守護都市が崩壊するってジョークがあるんだよ。だからジオさんは守護都市を崩壊させないためにわざと無頼漢を気取ってるんだってよ」
「……え、何? わけわかんないんだけど」
それの何が面白いんだろうと、カインは頭をひねった。
「ああ、それは昔のデマだな。ジオ殿の無作法は都市や国のためにやっている事だから、若いのがまともな理由もなく反社会的なことをしないようにと流した与太話だ」
「なんだ、ミルク。オチを取るなよ」
「おっと、これはすまんな」
クライスとミルク代表は互いに気にした様子もなく、そうやり取りする。
「なんだそれ。そんなの本気にする人いるわけないだろ」
「そうだな。それも含めてのジョークさ。その頃のジオさんはくだらない噂を流すぐらいしか手が打てなかった、てな」
その当時を思い出し、痛快な笑顔を浮かべるロックだったが、それを笑えないものもいた。
「……お父さん」
「い、今はアニキがいるから」
情けないと気落ちするマギーを、慌ててセルビアが慰める。
「ああ、そうだな」
クライスはそう言った。
その短い相槌に込められた感情は、とても一言では表せない。あの子供の指導役になれたことは、きっと死ぬまで誇りとなるのだろう。そしてその思いはクライスだけでなく、他の三人も同じだった。
アベルたちはそんなクライスを見て黙った。
彼らの言葉にならない感嘆を、特に強く受け取ったのはカインと、そしてセルビアだった。
二人には竜の強さというものが想像つかない。多くの戦士が死んでようやく倒せる強大な魔物と言われても、そもそも実戦経験のない二人には魔物の恐ろしさすら想像があやふやだ。
それでもセージを想う四人の感情、あの時の戦いで憔悴しきって入院したセージの姿、そして夢かと思うような豪華なお祭りの主役になっていること。
それらは確かに、二人の心に届いていた。
セージは凄いと、二人は思った。
俺は追いつけないかもしれないと、カインは思った。
私なら追いつけると、セルビアは思った。
そして二人は、追いつきたいと思った。
その気持ちに結果が出るのは、ずっと先の話だった。
******
そうしていると観覧席の一部が沸いた。
官庁の敷地正門に近い席の方からだった。式典をよく見えるようにと設置された観覧席は内向きで、外から来る馬車の姿を見るには適していない。
だがそれでも外から聞こえてくる大きな歓声が、ゆっくりと近づいて来るのはわかる。
正門に近い観客は身を乗り出して外の様子を伺い、そして入ってくる馬車に向けて惜しみない歓声と拍手を捧げる。
ゆっくりと入ってくる馬車に、アベルたちも興奮が隠せない様子で待ち構え、そして拍手を送る。
最初に目に入ったのはケイだった。貼り付けたようなカチコチの笑みで周囲に手を振っていた。ただその笑顔は観客席のマリアやエースを見て、少し柔和なものに変わる。
ついで目に入ったのはラウドだった。愛想を振りまくというよりは、楽しんでいる様子の笑みで観客席の子供や女性に手を振っていた。
そして馬車の上にいる主賓はその二人だけだった。
「……ま、守護都市が崩壊しないためだよな」
状況をいち早く理解したクライスは、そう言ってため息を吐いた。
アベルと大人組もそれで理解したが、マギーたち三人の子供の頭には疑問符が乱舞していた。
「セージはどこにいるの? 馬車ってもう一台来るの?」
「いや、あの、マギー……たぶん父さんは――」
なんと言えばいいのか、アベルを含め全員が言い方に困ると、横から告げて欲しくない真実が語られる。
「なんだよ、またジオレインは不参加か。それに天使っていう子供も。ふざけてるな、まったく」
「だから言ったろ、昔っから防衛戦でも感謝祭でも顔を出したことないってよ」
「つっても関係者席もあるんだし。
――なあ、あんたら。あのジオレインの身内なんだろ。息子をお披露目するって言うからこっちはこうして高い金払って見に来たのに、なんであの英雄様と天使の姿がないんだ?」
はるばる政庁都市から来たギルドのエースは、無遠慮にそう話しかけてきた。もちろんエースといってもハンターとしての有望株であり、クライスたちからすればまだまだひよっ子だった。
「あの、ごめんなさい。たぶんお父さんが……」
「ちっ。天使ってのも評判はいいらしいけど、やることは魔人と変わらないんだな」
悪意があるというよりは期待していたものが見られなかった失望から、そのハンターは愚痴をこぼす。
ただ悪意がないといっても娘であり姉であるマギーの責任感は苛まれたし、それを暴言と捉える男もいた。
「おい、小僧。ちょっと黙ってろ」
「ぇ、ぁ、はい。……すいません」
ロックに凄まれたハンターはすぐさま格の違いを感じ取り、目を逸らした。
「セージでもどうにもできなかったかぁ……」
クライスの嘆きに応える声はなく、目の覚めるような快晴のもと、表彰式はつつがなく終わった。
彼らが家に帰ると玄関前で正座し微動だにしないジオに出迎えられ、まるでストレスをぶつけるように豪華な夕食を作るセージの姿を目の当たりにすることになった。
******
時間はいくらか遡り、場面は移る。
ひとりの男が、多くの荷物を持って馬車を待っていた。
名前はアール・マージネル。
待っている馬車は都市間を移動する大型の長距離馬車。
本来は日に一回だけしか出ないその馬車は、祭りに合わせて臨時便が設けられているが、しかし今はまだ陽も高くメインイベントであるパレードも始まっていない時間だ。
馬車を利用する変わり者はアールぐらいなもので、そして待っている馬車も臨時便ではなく定期便だった。
この国は時間にルーズなものが多い。特に今回のような利用者が極端に少ない場合は御者が仕事を面倒がって遅れることも多い。ちなみに都市間馬車は国営の仕事なので、客がいなくても必ず走らなければならない。
守護都市を離れることは滅多になくとも、真面目な性分からそういった情報を事前に調べていたアールは焦れた様子もなく、停留所のベンチに座って本を片手に待ち続けていた。
「……期待はずれなんだよ、カスが」
そのアールを、物陰から侮蔑の目で見る人物がいた。
そしてその人物は、腰に下げた得物に手をかけた。