139話 ラウドさんは親父のライバル
おおよそ十年に一度訪れる竜という大きな災厄を討伐した祝勝パレード。
その規模は入念な準備が行われる四年に一度の精霊感謝祭ほどの規模にはならないが、しかしそれでも普段の防衛戦勝利祝いとは比べ物にならない規模となった。
また今回は竜出現が早く、魔物の活性化が後を引いて多くの防衛戦が発生したことが結果としてよい準備期間となった。
産業都市はあまり観光には向いておらず、他所の都市から来る者といえば仕入れの商人か、食い詰めた出稼ぎ労働者か、あるいは守護都市の荒くれ者くらいだったが、このお祭りには多くの人間が訪れた。
訪れた人間の内訳としては防衛戦とも縁のない政庁都市がもっとも多く六割を占め、三割が隣接する東の農業都市と商業都市、残りの一割がはるばる遠方の都市からやってきたもの好きたちだ。
******
「人が多いわ……」
物憂げに女性がそう呟いた。商業都市から来た女性だった。
大通りはパレードを待ち構える人で溢れかえっており、その集まった人たちを狙って多くの出店が立ち並んでいる。
出店は多種多様で急ごしらえの屋台から道に布を広げ商品を並べただけの簡素な店もあれば、普段から路上販売をしているのであろう移動販売車などもあった。
ともあれパレードを待ち望む多くの人と人が交じり合って熱気を生んでおり、女性はそれを倦厭していた。
女性の年齢は二十代前半で、道行く全ての人が思わず振り返ってしまうような美貌を持った黒髪黒目の美女だった。
その美女の纏う雰囲気にはどことなく陰りが有り、それが美貌を引き立てる何とも言えない色香となっていた。
「私はホテルに戻っているから」
「そう言うな。せっかくここまで来たんだ、是非とも英雄の顔を拝んでいこうじゃないか。強い男は好きだったろう」
「……別に」
女性はそう言うと、背を向けてその場を去った。
言われて置いて行かれた男――恰幅のいい壮年の男性であり、商業都市の名家の当主であり、女性の父親――はため息をついて、それとなく護衛たちに娘を警護するよう命じた。
護衛たちも慣れたもので、すぐに人員を分けて、娘を刺激しない程度の距離から警護する。
娘はその美貌から悪い虫に狙われることが多く、その結果、過去には大きな不幸に見舞われることにもなった。
今でも塞ぎがちな娘を気遣ってこのお祭りに連れ出したが、亡くなった夫のことを思い出したのかその顔色は晴れることはなかった。
「叔母さん勝手ばっかり。ねえおじいちゃん、私ホットドッグ食べたい」
「ああ、わかったわかった」
男は孫娘の言葉にそう答えた。娘のことは心配だが、このお祭りに来たのはもともとは孫――娘の子ではなく、娘の兄の子供――のためだった。
手を引かれるまま路上に停まる移動販売車に並ぶ。人気店らしくその行列はそれなりに長い。孫娘をあやしながら待っていると、ふと噂話が耳に入った。
「だから、皇剣や竜殺しの英雄だけじゃなくて、その息子? が、いるんだよ。そのパレード。なんか天使って呼ばれてるのが。その天使が竜を早めに見つけておびき出したから、今回は誰も死なずに済んだって」
「知ってるけど、どうせいつものお偉いさんたちの嘘だろ。その天使っての。だって七歳って話じゃん。できるわけねーよ」
「俺もそう思うけどよ、でもギルドで働いてるダチがホントだって。その前にも助けられたって」
「信じられねー。その天使……えと、あれ、なんて読むんだっけ。セイ……サイジッド?」
「いや、あー、そういや、なんて読むんだったかな。ダチも天使としか言わなかったし」
「お前の友達ってほんとにギルドで働いてんのかよ……」
とりとめのない噂話を聞くとは無しに聞こえてくる。男も立場のある人間であるから、その天使の噂は耳にしていた。
だが否定的な男と同様に、その出来過ぎた戦果は英雄の息子を祭り上げるための意図的な宣伝だろう。
新世代の魔人という傑物が生まれ、勢いのある守護都市にわざわざ新しい英雄の卵を産み出す意図は測りかねていたが、時折訪れる守護都市の住人は粗暴ではあるものの金払いの良い客だ。その都市が活気づくことに否はない。
そんなことを思いながら行列を待っていると、横から割って入る輩がいた。
「おい、君。順番は守りたまえ」
男は咄嗟に声をかけた。割って入ったのはガラの悪い青年の三人組だった。
「あん? うっせーよ、ジジイ」
青年たちは注意をした相手が小さな子供を連れた年配の男とみると、途端に小馬鹿にするような笑みを向けて威嚇をしてくる。腕力ばかり鍛えて学のない、男が嫌いなタイプの人間たちだった。
男は目を細めると、少し離れたところにいる護衛達に向かって合図をしようとしたが――
「おいおい、そりゃ随分な言葉だな小僧。ちっとばかり世間の常識ってものを勉強しとくか?」
――それより早く、別の男が口を挟んだ。
使い込んだ槍を背にし、騎士の制服を着崩した精強な男だった。少しでもその方面に知識のあるものなら、ギルド上がりの、つまりは十分な実力を持っていることが確実な騎士だとわかる雰囲気の男だった。
「あ、いや、俺たちは別に」
「そうかい、それならさっさと後ろに並びな」
青年たちは目配せし合うと、列から離れ、騎士の男から逃げるように人ごみの雑踏に紛れていった。
「なんだよ。
悪いな店主、客追っ払っちまった」
「いえいえ、助かりましたよ。あの手のガラの悪いのには手を焼かされてますんで」
「そうかい。ならよかった」
騎士の男は人懐っこい笑みを浮かべて、店主に手間賃を要求するでもなく背を向け、しかし思い出したようにもう一度振り返った。
「そうそう。天使の名前はセイジェンドだ。セイジェンド・ブレイドホーム。噂がホントかどうかは、これからの活躍ですぐにわかるぜ」
騎士の男――正しくは教導騎士の男はそうにやりと笑って、その場を去っていった。向かった先は、かつての仲間たちとの待ち合わせ場所だった。
男の孫娘はそれを熱のこもった目で見送り、男に『格好いいね』と語りかける。その目はキラキラと輝いていて、あの人が欲しいと書いてあった。
だが男の見立てでは騎士の男は守護都市上がりのようであった。孫娘にねだられたからといって簡単に囲い込めるような相手では無く、さらに言えばここは地元の商業都市でもない。
その願いを叶えることはできず、ホットドッグで我慢してもらうことにした。
結果として機嫌の悪くなった孫娘の相手にかかりっきりになったことで、男は騎士の男の言葉を忘れることになる。
もしも覚えていて、ホテルに引きこもった娘に話をしていればそれはおそらく大きな転機になっただろう。
だが男は英雄の影で活躍した天使の名を娘に伝えることはなく、防衛戦やパレードのいわゆる荒事に彩られた新聞を娘が読むこともなく、二人がセイジェンド・ブレイドホームを知るのはもう少し先の事になるのだった。
◆◆◆◆◆◆
そんな訳で、始まります。祝勝パレードです。
朝早くからピカピカの鎧を着込んだ騎士様に連れられて、今は待合所というか、待機場所にいます。
さすがに国を挙げてのイベントなので、待合所の中はとっても豪華で、高そうな調度品やら立派なお茶請けやらが置いてあります。
部屋の中にいるのは私と親父だけで、窓から外を見ればかぼちゃの馬車とは方向性の違う、装飾華美なファンタジー馬車が用意されています。
そしてこの部屋に来る前、メイクルームで私も親父も化粧とかもしました。
私は用意しておいた礼服だけですが、親父は礼服の上にゴテゴテとした勲章をつけてます。
うん。落ち着かないというか、緊張してくるね。
「面倒だな」
「親父、思ってもそういうこと言わない」
「……帰りたい」
聞けよ。
「……はぁ」
「こっちまで気が滅入るから露骨にため息つかないで」
「そうは言ってもな。俺のガラじゃない」
……むぅ。まあ知ってるけど。
「じゃあ帰る? って訳にはいかないよ。これだけ準備に手間をかけてもらってるんだからね」
「俺が頼んだわけじゃない」
「それでも今から投げ出すのは無責任だよ」
私がそう言うと、親父が舌打ちする。どうにも本当に嫌そうで、機嫌ははっきりと悪い。
だが言わせてもらおう。私だって本当は気乗りしない。
街の噂を聞いてみれば、七歳の子供がこんな活躍するはずがなく、バカ親父が親バカを発揮して嘘の名誉を与えようとしているっていう至極まっとうな見解が囁かれていた。
私の周りの人とか、親父の性格を知っている守護都市の人たちはそうでもないんだけど、産業都市とか、パレードを見に来たよその都市の人たちは私のことを七光りとしか見てない。
ご立派な馬車に乗ってそんな視線にさらされるのかと思うと、気乗りなんてするはずがない。
しかし私が嫌そうな顔をすれば親父の事だ、その後の面倒事とか全部無視して『じゃあ帰るか』とバックれるに決まっている。
親父が逃げたあと私が皇剣のラウドさんとケイさんと一緒にパレードの主役面するとか、ひどい拷問だ。
かといって親父のように社会人としての常識と責任を捨て逃げ出す気にもなれない。
なのでここは英雄の親父に矢面に立ってもらい、私はその影で小さくなっていたいのだ。
つまり何が言いたいのかというと、親父は決して逃がさない。
そして親父は何とかして、私に帰っていいと言わせようとゴネている。
「少しいいか」
私と親父がささやかな神経戦を繰り広げていると、待合所に第三者が入ってきた。
声を発したのはラウドさんで、知らない人を連れていた。
「あ、どうぞ。お久しぶりです。そちらの方は?」
「ああ、紹介を頼まれた。守護都市の新しい情報管制室の室長だ」
「リード・ヴァインです。よろしく」
紹介されたヴァインさんはそう言ってにこやかな笑みを向けてきた。
「君はきっと管制室に対して不信感を持っているだろう。だが管制室では真面目に仕事をしているものも多い。そしてそれを分かって貰いたいというのは、きっと欲張りだろう。
それでもこれからは君たちギルドメンバーに信頼される管制でありたいと思っている。
今日はそのためにスナイク家の方にお願いして連れてきてもらった。これからよろしく頼む」
「あ、はい」
手を差し伸べられたので、とりあえず握手した。
「……すまない。
着任して、べルールの悪行を聞いた。すぐにでも君には挨拶に来たかったんだが、しかし君に会う許可はなかなか降りなくてね。どうも気が逸っていたようだ」
「あ、いえ。おかしな事をしたのは前任の方ですし、現場の人たちにしたって仕事柄、命令系統を順守しなきゃいけないでしょうから、あまりお気になさらずに」
私がそうフォローのような事を口にすると、ヴァインさんは驚いたようだった。
「えと、何か?」
「いや、スノウから聞いた通りだと思ってな。
君は七歳で、しかもギルド以外の社会経験に乏しいはずなのに、管制の業務に理解を示した。普通のギルドメンバーなら、ここは怒るところなのだ。
お前も管制の人間なのに無責任だ。謝れ、と」
「あー……、どうなんでしょうね。別にヴァインさんが悪いとは思っていないというか、終わったことなので、言われるまで忘れていましたから。
真面目なギルドメンバーなら怒って当たり前なのかもしれませんね」
私がそう言うと、ヴァインさんはふっと笑った。
「なるほど。君はやはり、心が広いようだ。天使と呼ばれるのにも納得がいく」
「……いや、そんな事はないですよ」
そう、最近気付いたのだが、私はいつの間にか天使と呼ばれるようになっていた。
マージネル家から戻ってきて数日は気付かなかったのだが、事あるごとに天使という単語を耳にする機会があり、カグツチさんの所に斧を取りに行くついでに、産業都市での私の評判とか調べた際に発覚した。
なんでそう呼ばれているかはわからない。
ハイオーク防衛戦や竜討伐で活躍したのだから、二つ名がつく事はおかしなことではない。
親父だって英雄や魔人と呼ばれるし、それより前のただ暴れまわっていた時にだって悪童だの鬼子だの呼ばれている。
他にもラウドさんは最強の皇剣。ケイさんは新世代の魔人、あるいはシンプルに魔人。クライスさんも昔は二つ名があったし、戦士としてイケイケの時にはなんかあだ名がつけられるのは当たり前なんだろう。
だけど、なんで私は天使なんだろう。
デス子の事が知られている訳もないのだから、もうちょっと落ち着いた、恥ずかしくない二つ名にして欲しかった。勤労少年とか、そんな感じの。
「しかし天使って、誰が付けたんでしょうね。あんまり僕に似合っているとも思えないんですが」
私がそうボヤキをこぼすと、ラウドさんが指差した。
その先には親父がいる。
そしてその親父はドヤ顔でこう言った。
「よく似合っているだろう」
お前かよっ!!
「親父、来月の小遣い抜き」
「何でだ」
くそっ。英雄になった親父が今でも魔人って呼ばれることを考えたら、天使って間違いなく大人になってからも呼ばれるだろ。
今はまだ子供だから呼ばれるのが恥ずかしいですんでいるけど、親父と同じ歳(四十代)になってまで天使と呼ばれるなんて恥ずかしい奴と後ろ指さされてるのと変わらないじゃないか。
おのれ。
しかし今はパレード前だし、ラウドさんとヴァインさんというお客さんの前だから、あまりおおっぴらに親父に報復ができない。
何か、何か手はないものか。
「……ああ、そう言えばケイとの試合はどうした」
「あ、いえ。そちらはまだ。ラウドさんに立ち合ってもらうという約束でしたから」
「ふっ。父親に似ず、律儀だな」
良い事だと笑ってラウドさんが私の頭を撫でる。
そしてそれを見て親父が仏頂面になる。
この時、私は天啓を得た。
親父にはここしばらくひどい目に合わされ続けている。
ハイオーク戦後は放置して一人で帰っていくし、他所の家にいきなり人質として送り込むし、その家の偉い人をぶん殴るし、伝言とかちゃんと伝えないし、恥ずかしいあだ名付けるし。
結果的には色々上手くいったけど、それはそれとしてここいらでちゃんと報復をするべきだろう。
「そう言えば、ラウドさんにはお世話になってますよね。お礼に、家にある武器とかいりませんか?」
スノウ「ありがとう。セージくん。本当にありがとうございます」