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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
幕間 家族の問題が片付いてきたら家族の問題に巻き込まれた
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137話 ケイとアールのその後

 




 脳天に向かって、唐竹割りの一撃が襲いかかる。

 得物は衝撃緩和の呪鍊が施された木剣。しかしそうは言っても振り下ろされるその一撃の速さと重さは、常人ならば脳天を割られ、致命傷になるであろう一撃だった。


 ケイはその一撃を同じく木剣で迎え撃つ。正面からの打ち合いでは腕力と体重に劣るケイが不利だ。そして訓練ということで精霊からの魔力供給を絶っているため、魔力量でも分が悪い。

 なので横合いから打ち据えて弾き、正面に割り込んだ木剣の切っ先で、相手(リオウ)の顔面を串刺しにせんと狙う。


 鋭い突きはしかし、即座に後ろに下がったリオウの判断で空を切る。

 リオウは弾かれた木剣を片手で振るい、ケイの顔面を横合いから打ち据える。

 だがケイはそれよりも一瞬早く、木剣を戻してそれを防いだ。

 突きが躱されるとわかった瞬間に守りに回ったから、かろうじて間に合った。


 木と木が打ち合って、乾いた音が大きく響く。


 正面からの打ち合いならば押し切られただろうが、リオウの一撃は後退しながらのもの。手打ちの一撃の威力を防ぐのは、そう難しくもなかった。

 ケイはそこから前に出る。ケイとリオウの体格にはふた回り近い差がある。間合いを詰めればそれだけ小回りの利くケイが有利になるのが道理であった。

 リオウはそれをいなそうと、手打ちで木剣を振るいながら横へと回り込もうとする。

 だがそれよりも一瞬早くケイはリオウの足を踏み抜いた。

 逃げようとした体は半端に伸びて、尻餅でも付きそうな体勢に乱された。


 ケイは木剣を振るう。正面からの振り下ろされる木剣をリオウはなんとか受け止め、次いで、痛みと衝撃に襲われる。

 発生源は脇腹。ケイの長い脚が強かに打ち付けられていた。

 木剣をおとりに廻し蹴りを決めたケイは、そのまま踏み込んで木剣を振るっていく。

 脇に痛みを抱えるリオウはよく持ちこたえたが、しかし焦ることなく着実に有効打を積み重ねていくケイの前に、膝を屈することになった。



 ******



 勝敗がついて、パチパチパチと、道場の中に気のない拍手が響いた。


「随分強くなったな、お嬢。魔力の扱いも様になってきたようだ」


 勝者であるケイに声をかけた拍手の主は、壮年の男だった。

 名前はワルン・レクターズ。年齢は五十路を超えているが、保有する膨大な魔力量のおかげで外見の年齢は三十代前半で抑えられている。

 マージネル家の皇剣の片割れであり、エースの腹心と呼べる男だった。


「あ、叔父様。帰ってきたの?」

「ああ、ついさっきな」

「じゃあ私と試合して。今すごく調子がいいの」


 ワルンは苦笑した。気乗りしなかったわけではない。むしろほんの二ヶ月ほど姿を見てなかった孫娘のような少女の目を見張る成長は嬉しくもあるし、それに付き合うのはやぶさかではない。ただ生憎とワルンには急ぎの用事があった。


「すまんな、少し様子を見に来ただけだ。これから当主とアールに用がある」

「そう、残念。お父様たちなら引越しの準備の最中だと思うよ」

「わかった。じゃあ、またな」


 ワルンはそう言って道場を後にし、アールの私室に向かう。途中、多くの門下生や下女から挨拶を受け、手を挙げて軽く応える。

 たどり着いたアールの私室には、コーヒーを楽しむ親子の姿があった。


「邪魔をするぞ。荷造りはしていないようだがな」

「なんだワルンか。よく帰ってきたな。芸術都市の方は落ち着いたか」

「ああ、あちらは産業都市の裏側だからな。たいした防衛戦は発生しなかった。それよりも俺が不在の間に色々と起きたようだな」


 ワルンはそう言って咎めるような視線をアールに向けた。遠方にいたワルンには正確な話が伝わっていない。それどころか情報の漏洩を危惧して、一般に公になっている事柄しか伝えられていない。

 だがワルンはその伝えられた話の矛盾を見抜くだけの経験を積んでいた。


「ああ、それについては私の口から話そう」


 アールはそう言って、正直に己の罪を白状する。

 黙って話を聞き終えたワルンは一言、


「馬鹿だな」


 そうまとめた。

 アールは苦笑した。


「否定はできないな」

「……まあ、馬鹿だと気付けただけマシだったか。それで、随分とその天使に入れ込んでいるようだな」


 後半はエースに向けてワルンはそう言った。そこには少なからず警戒心が含まれていた。


「恩を受けた。当然だろう」

「悪い癖だな、エース。ジオの時と同じく、目を曇らせているんじゃないのか」

「そんな事はない。お前も会えばわかる」

「……常識の及ばない逸材だというのは話を聞くだけでわかる。ここに来るまでにケイを見てきた。大きく成長していたが、きっとその天使と、魔人の影響を受けたんだろう。

 だからこそ危険だとも感じるな」


 エースが視線で先を促す。

 口にしたのがトムスあたりなら叱りつけただろうが、ワルンは長くマージネル家を支えてきた男だった。

 その意見を無下にする気はなかった。


「天使が成長し、恩師を失った際の魔人のように暴走した時のリスクに備えるべきだ。天使の暴走を止めるとすれば、それは他ならぬケイの役目だろう。

 あまり懇意にしすぎて情に流されるような事になってはまずい。距離を取るべきだ」

「暴走など起きぬように、むしろ懇意にするべきではないのか」

「暴走を未然に防ぐというのなら、ケイに注意するべきだ。俺たちはな。

 そしてもしケイが暴走した場合、それを抑えられるのは天使だけになるだろう。少なくともあの子がこのまま成長し、年齢と共にラウドや魔人が衰えればそうなるだろう。

 守護都市の最強は一人であってはいけない。それは危険な状況だ。そして最強同士が馴れ合ってもいけない。

 違うか?」


 エースは目を細める。

 それは確かに一つの道理だった。国防を担い、守護都市という都市とも移動要塞とも呼べる特殊な都市の管理運営を任された名家の一つとしては、確かにその考えには頷かなければならない一面があった。

 だがエースは感情的な部分でその意見を頭から追い出した。あるいはそれは感情ではなく仁義や騎士道という、性根の部分だったかもしれない。


「正しいが、それがどうした。恩を受けた。ならばそれを返すのが道理だろう。

 ケイもセイジェンドを意識している。関わらせたほうが良い刺激になるだろう。

 なによりあの子から弟を遠ざける気はない」

「だがワルンの言いようももっともだ」

「アールっ!!」


 エースが許されぬ裏切りに向けて怒りをあらわにする。だがそれを向けられたアールは涼しい顔だった。


「なに、私はもう名家としてのマージネル家とは関係のない身だ。そんな男の言葉にいちいち腹を立てるな、親父。

 スノウやクラーラも、ワルンと同じ危惧は抱いているだろうからな。体裁だけでも取り繕うべきだろう」

「俺は建前の話を言ったつもりはないがな」

「ふっ。だが当主の言葉には従う。それがお前だろう、ワルン。

 まあ何にせよ、難しい問題だ。トムスも加え、存分に論議してくれ」


 私は関係ないと言わんばかりの態度で、アールはコーヒーをすする。


「……昔は張り詰めすぎと思っていたが、良くも悪くも開き直りができるようになったな」

「それもジオとセージのおかげだ」


 その言い様に、ワルンはこれ以上は無駄かと、そう思って軽くため息をついた。

 続きをやるなら次期当主候補のトムスも加えて、改めて家の方針を話し合うべきだった。


「わかった。とりあえずは引き下がろう。

 それでアール。お前はこれからどうする。騎士を辞めさせられ家を出るなら、ギルドの仕事でも始めるのか? それともよその都市の騎士になるのか?」

「いや、騎士はすっぱり辞めようと思う。ギルドも悪くはないが、私ももう歳だ。いまさら戦いの場に身を置きたいとも思わないな」


 年齢で言えばワルンよりも一回り下だが、しかしそれでもアールは四十歳を超えており、順調な出世街道を歩いてきたため現場から離れて久しい。

 一時期は上級の中位にまで上り詰めたが、今ではもう体は鈍っているし、実戦の勘など残っているかも怪しい。


「なんだ。では優雅なリタイア組というやつだな。

 それなら趣味のひとつも早めに見つけることだ。弟分のボケた姿は見たくはないぞ」

「いやいや、仕事はするさ。趣味も見つけたほうがいいのかもしれんがな。今更ながらに振り替えれば、私は随分と忙しく生きていた」

「まったくだ。それで、新しい仕事とは何だ?」


 ワルンは重ねて聞いた。特に機嫌が悪いというわけではないが、実直な性格なので回りくどい話が苦手だった。


「おいおい、せっかちだな。軍の連中だって、もう少しやんわりと聞いてきたぞ。

 まあ、なんだ。

 ……教師だよ」


 私には似合わないだろうと、少し恥ずかしそうにアールは答えた。





ケイ 「えっ? 私出番これだけ?」

マリア「……私なんて、出番もありませんでしたよ」

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