133話 久しぶりのアリスさん
今回の話はやや下品かもしれません。苦手な方はご注意ください。
そんな訳でカグツチさんのお店を訪れた翌日、守護都市のギルドにやって来ました。
ちなみに竜角刀のことを親父に問い詰めたら、言ってなかったか、とすっとぼけられました。そしてその上、そんなことよりジジイの家に行くなら一声かけろ、と怒ってきました。
まあ言いたいことはわかるけど、親父はもう四十すぎなんだから降って沸いたチャンスものにして身を固める努力をしなさいよ。
いや、前世で独り者だった私が偉そうなことを言えた義理でもないし、言ったら二人共、変に意識しておかしな事になりそうだから言わないけど。
まあその辺りの事は置いておくとして、ギルドに来ました。
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「あ、天使だ」
「……え?」
ギルドに入った私を見るなり、アリスさんは開口一番そう言った。
久しぶりなので解説しておくと、アリスさんの本名はアリンシェスさんで、苗字のない妖精種だ。
お仕事は言うまでもなくギルドの受付で、見た目は十代後半(実年齢は四十代)の可愛らしい感じの美人で、男の人によくモテて、よく男の人とデートしているらしい。
そしてデート相手の男の人はほぼ毎回違うビ●チさんという噂もある。
まあちょっと悪く言ってしまったけど、私がギルドの仕事を始めてからずっとお世話になっている人で、性的な事柄を除けば面倒見の良い優しいお姉さんだ。
そして性的な問題点を除いても、お笑いの道を目指している節があるというか、賑やかな人でもある。
「お久しぶりです、アリスさん」
「うん。ホント久しぶり。病院にはお見舞い行ったけど、ずっと寝てたし、退院してからも全然顔出してくれないんだもん」
「ああ、それはすいません。ご心配おかけしました」
マージネル家で生活している間は当然、危険なギルドの仕事なんてできるはずがなく、そもそも敷地から出ることにも制限が掛かっていたので、顔を出せなかったのはごく当たり前の事だ。
だがそれはそれとして心配をかけたのは間違いないのでそう謝った。
「あははっ、いいんだよ。事情はなんとなく知ってるし。大変だったんだよね」
「まあ、そうですね。
――ところで、なんとなく知ってるっていうのは、どの程度なんですかね」
「……うちのアニキがいるでしょ。あれが知ってるのと同じくらいには知ってるよ」
あ、全部知ってるんだ。アリスさんは口が軽いイメージがあるので、あんまり知られたく無かったんだけど。
「あ、何その目。私は言いふらしたりしないからね。うん。約束するよ。セージ君がいいって言わない限り、絶対に他の人には言わないから」
「……そう言ってくれるのは嬉しいんですけど、そんなに気楽に約束なんてしていいんですか」
エルフは契約を重んじる森の民で、約束に対して強い思い入れを持っている。
アリスさんは一度、仕事に対する誠意が足りないという理由で、危うく実の兄であるアーレイさんに死刑宣告されそうになった事がある。
「うん。そもそもアニキとおんなじ約束してるしね」
「あ、そういう理由ですか」
「――む。
そうじゃないよ。私たちが約束っていう時は、ちゃんと理由があるんだからね」
この約束はセージ君の為にするんだからねと、恥ずかしげもなく口にするアリスさん。こっちが少し恥ずかしくなってしまうね。
「わかりました。信用します。
……ありがとうございます。
それで、ギルドカードを返してもらおうと思ってきたんですけど」
「あ、そういえばそうだね。奥の金庫にしまってあるからちょっと待って」
そう言ってアリスさんは一枚の書類を取り出し、私にサインを求めた。そのあとでその書類を持って裏の事務室に消えていく。
待った時間はほんの数分で、すぐにアリスさんは戻ってきたが、その手には何も持ってはいない。
「おまたせー、って言っても担当の人が金庫から出すのにまだ少しかかるんだけどね」
「そうなんですか。それじゃあついでに仕事見せてもらっていいですか?」
「え? いいけどセージ君、仕事受けられないから見るだけになるよ?」
え? なんで?
「あ、その顔は知らなかった顔だ。
セージ君、祝勝パレードに出なきゃいけないでしょ。何かあったら困るから、仕事するの禁止って命令がでてるよ。あとは荒野に出るのも禁止になってるから、勝手に出たりしたら罰としてまたスノウにおかしな仕事押し付けられるよ」
「あー、そうか。そう考えれば確かに当然の措置ですね。
いや、ちょっと出費の予定があるので働いておきたかったんですが……」
「え、いや、セージ君は立て続けに防衛戦二つも活躍してるんだから、ちょっとやそっとじゃ別に問題ないでしょ」
うん。ちょっとやそっとじゃ、問題ないんだけどね。
「……え? 何買うの? もしかしてお家?」
「――いえ、まさか。武器です」
「……ああ、ちゃんとした武器高いもんね。ちなみにいくら?」
お金の問題なのでややデリケートな部分はあるが、アリスさんは仕事柄、私の預金残高を正確に把握している人だ。
そんなわけで正直にカグツチさんから請求された金額を伝えた。
日本の物で例えを出すと、最初に持っていたナイフやアリスさんから買ってもらった鉈は中古のスクーターぐらいの値段で、アリスさんやペリエさんと見た呪練された武器は中古の大衆車ぐらいだった。
カグツチさんが一から作る武器は、私としては高くてもCMに出てくる大衆車の新車ぐらいの価格を考えていた。
うん。正しくは超高級車の新車のような値段だった。あの赤いお馬さんの車とか、そんな感じの。
いや、今の私ならなんとか払えるんだよ。
託児所と道場の経営は軌道に乗ってきて、助成金ありきではあるものの黒字経営に持って行けている。つまりは親父の恩給や私の稼ぎはそのまま貯蓄に回せるようになった。
まあ溜め込んでも不健康だからミルク代表の商会に寄付したり、託児所や道場の設備投資やあるいは働いている保育士さんの資格習得支援とかに当てているけど。
つまりは今回の臨時収入がなくとも、一括では無理でも今ある貯蓄に合わせて一年ぐらい節約して、追加でお金を貯めればなんとか払えるんだよ。
なんとか、払えるんだけどね。
でも正直、そんな立派なものが必要なのかとも思ってしまうのだ。一年か二年経てば竜角刀がメイン武器になるわけだし。
「……うわぁー、私の年収の数倍なんだけど。改めて考えると、セージ君て稼いでるよね。こんどご飯に連れて行ってくれてもいいんだよ?」
「まあ食事ぐらいならいつでも奢りますけど、そういえば報奨金って幾らになるんでしょうか?」
「ん? 私もまだ知らないよ。まあ渡すときに確認するけど、その時にはギルドカードに入ってるのが見れるしね。
あ、そうだ。今度ジオ様にギルドカード持ってきてって伝えておいてくれる。ジオ様、竜とかハイオークとかたくさん殺してるから特例で報奨金出すんだって。
手紙出したんだけど全然来てくれないから、処理待ちで困ってるのよ」
「あー、わかりました。すいません。たぶん親父のことだから手紙ちゃんと読んでないですね。
……大事な手紙はとって置いてあるんですけど、僕もまだ帰ったばかりで全部には目を通してないんですよね」
私がそう言うと、何故だかアリスさんが遠い目をした。
「いや、うん。もう慣れたと思ってたんだけど、こうして聞くと時折おかしな気分になるんだよね。
なんで、セージ君がお家の事を管理してるんだろう」
「……星のめぐり合わせとかですかね」
前世でも母親がろくに家事をしない専業主婦だったから(出来ないわけではないし、単身赴任の父が帰っている間は完璧にやっていた)、立場の弱い私はいろんな家事を押し付けられていた。
それを思えば七歳でこそあるものの中身が大人の私が、自営業の経営に口を出すくらいはおかしくはない……事もないな。
うん。ちゃんとしていない親父が悪い。
「すごい適当……。そういえば、カグツチだっけ、セージくんとジオ様がお世話になってる呪練鍛冶師。ドワーフだよね。やっぱり臭いの」
「臭くないですよ。何なんですかいきなり」
カグツチさんを不当に侮辱すると親父が怒ると思う。割と本気で。
「あ、ごめんごめん。故郷だとドワーフって言えばお酒臭くてがさつで乱暴だって言うから、つい」
「ああ、臭いってそう言う……。カグツチさんはアーレイさんと面識があるような事を言ってましたけど、アリスさんは会った事ないんですか?」
「うん。アニキにしたって、共和国代表の引継ぎとかで会っただけだと思うよ。故郷は同じ国だけど、部族が違うし、住んでるとこもだいぶん離れてて、それに大昔にはせんそ――喧嘩もしてたからね。どうしても仲良くはないんだよ」
……戦争、あるのか。ふぁんたじぃのくせに。
いや、ファンタジーでも別に戦争はあるか。
まあでも荒野に囲われてるこの国だと他人事かな。その代わり政治犯罪結社の蛮行がひどいけど。
しかしそう言えばカグツチさんはドワーフもエルフも私や皇剣様と同じ契約者だと言っていた。
好奇心に駆られて、アリスさんの魔力を覗く。肉体の奥に隠されている魔力はしかし、ケイさんやカナンさんのようにはっきりとした形で他人の物が混じっている様子はない。そういえばカグツチさんもそうだった。私にしたって、死んで蘇った時や扉を開いた時はともかく、普段は私の魔力しか存在しない。
しかし私の心臓にはおかしなものが埋まっている。
つい最近までわからなかったが、あるとわかって調べれば何とか気づけるぐらいの違和感が心臓にある。巧妙に偽装されているが、おそらくこれがケイさんにとっての腕の刺青のようなものだろう。
アリスさんにもあるのかと思って心臓周りの魔力を丁寧に視るが、見つからない。
「……セージくんのエッチ」
「え?」
「もう、胸ばかり見て。セージくんもそういう年頃なんだね」
ひどい風評被害が発生しかけている。これは即座に訂正せねばならない。
「いえ、それは――」
「セージくんがそんなに見たいって言うんなら、いいよ?」
「いえ、お断りします」
「ほァっ!?」
変な奇声を上げないでください。
「とりあえず話を聞いてください。
そのカグツチさんからアリスさんたち妖精種が契約者だと聞いて、体ではなく私たちとの魔力的な違いってあるのかなと。わかりやすく心臓周りに契約者の印みたいなのがあるかなと。
不躾な視線だったのは謝りますが、性的な意味ではないので、あまり興奮しないでください」
「う、うん。わかったけど、なんかすごく早口だったね。
……でも、祝福の印がみたいなんて、やっぱりエッチだよ」
「……すいません。それは不勉強でした」
どうやら契約者の証は人に見せるものではないようだ。ケイさんのは二の腕に彫られた刺青だけど、タンクトップなどの普段着でも特に隠していないので、そんな常識があるようには思えなかった。
しかしカグツチさんは皇剣様は少し特殊のような事を言っていたから、アリスさんたちとは違うのだろう。
そもそもアリスさんたちは違う国の違う種族の人だ。文化の違いには気をつけるべきだろう。
「印を見せるのは、さすがにセージくんがもう少し大きくなってからね」
「あ、いえ。別に見たいわけじゃないんで、結構です」
「なんでよ!! 失礼!! セージくんそれ凄く失礼!!」
「え、ちょ、なんで!?」
「女の子に恥をかかせたらダメなんだからね!!」
アリスさんは顔を真っ赤にして怒り出す。
支離滅裂としたアリスさんの罵声からは何に怒っているか理解できなかったので、後日アーレイさんから話を聞いてみた。
アーレイさんは色々と言葉を濁していたが、祝福の印を見せるというのは早い話女性から男性に送るオッケーサイン(性的な意味)とのこと。
ちなみに貞淑を良しとするエルフとしては事実上の結婚申し込みに当たるらしい。
……偶然ではあるものの、回避できてよかった。この歳で婚約とか勘弁して欲しい。
なお、そのまた後日にアリスさんに会うと『チクるなんてひどい』と涙目になっていた。
七歳の子供に変なことを言ったんだから、青少年健全育成条令(アーレイ式)でしょっ引かれても文句は言えないと思います。