132話 産業都市といえばひいおじいちゃん
一ヶ月ぶりにマイホームことブレイドホームに帰ってきました。
台所や洗面所の排水口周りとか掃除が行き届いていなかったり、家庭菜園の野菜が枯れたり雑草が生い茂ったりしているかと思ったが、別にそんなことはなかった。
なんでも私が帰るのに合わせて徹底的に掃除をしたとのこと。
気を使って貰って嬉しいんだけど、口うるさい奴とかみんなに思われてないよね。
託児や道場の実務はともかく、事務仕事の方は兄さんだけでは回りきらなかったようだけど、シエスタさんが手伝ってくれたということでおおむね綺麗にまとめてあった。
ハイオーク戦での通信魔法の時からシエスタさんには迷惑をかけっぱなしなので、今度なにかお礼をしたいと思うんだけど、何がいいだろうか。
美容グッズか?
ただ普段から身だしなみに気を遣ってるシエスタさんに私から渡すのも兄さんを経由するのも微妙な気がしないでもない。
まあいいか。今度兄さんやミルク代表に相談してみよう。
さて家のことは特に問題ないけれど、もうすぐ産業都市では竜討伐の祝勝会が行われます。
都市を挙げての大きなお祭りで、パレードなんかも行われる。その主役は当然、竜を倒したラウドさんと家のバカ親父だ。
困ったことに竜を発見した(事になっている)私にも参加の依頼が回ってきているので、参加しなければならない。あと似たような理由でケイさんも来る。
祝勝会はまず馬車に乗ってパレードで街中をぐるりと一周して見物人に見てもらって、その後はお役所の前の大きな広場で表彰式が執り行われる。
その後は食事会で、偉い人と仲良くしてって内容だ。
正直、あまり気乗りしない。
いや、頑張ったことを褒められるのは好きなのだが、大げさなのはちょっと苦手なのだ。
それに親父と一緒ということは、もはや騒動が起きて当然ということでもある。胃の痛い一日になりそうだ。
まあそれはもう少し先の話で、今はその前に片付けておきたい問題があった。
******
私は産業都市に降りて、そのお店を訪れた。
親父を誘っても良かったのだが、最近はよくお客さんが来るのだ。
そのお客さんとはマリアさんの事で、面倒を見るはずのケイさんがアールさんにべったり張り付いて手持ち無沙汰で、仕方なく時間を潰す必要ができることが多くなって、たまたま近くに用があったついでに我が家に顔を出す機会がとても増えたのだ。
まあたまたま用事があったなら仕方ないですよね。
そんな訳で親父には家にいてマリアさんを歓迎してもらおうと思うのだ。
そんな訳で私は一人で産業都市の有名な呪鍊鍛冶師こと、カグツチさんのお店にお邪魔した。
「なんじゃい、セージか」
「はい、セージです」
今日は工房に引き篭っておらず、カグツチさんは普通に受付に座って退屈そうに新聞を読んでいた。
「よく来たの。しかし全くぬしも無茶するわい。竜の角を取ってこいゆうたらその日のうちにホントに取ってくるんじゃからのう」
「いや、竜に襲われたのは偶然なんですが……ん? 竜の角、ここにあるんですか?」
「なんじゃ、ジオのハナタレに聞いて取りに来たんじゃないんかい。ぬしが叩き折ったから刀にしろちゅーて持ってきたぞい」
聞いてない。もはやいつものことだが、あのバカ親父はそういうことは言っておいて欲しい。
「――で、じゃ。ぬし、やはり契約者じゃったな」
「……何の事ですか?」
「その様子じゃと自覚はあるようじゃな。別に隠さんでもええ。ワシやアーレイの小僧もそうじゃ。
いや、妖精族ちゅーんは契約の強さこそ違えど、だいたいみんな契約者なんじゃがな。
じゃが、儂らは生まれた土地の精霊に幼い時分に祝福をもらうんじゃが、ぬしが契約しとるんはわしらとは比べ物にならんぐらい強い力を持っとる」
……。
「ふむ。ちと説教臭い話になるが、ちゃんと聞けい。
ぬしはおそらく契約者の中でも、神子ちゅーやつなんじゃが、まあ詳しいことはアーレイの小僧にでも聞くとええ。
ぬしにとって大事なのは契約の中身じゃ。精霊ちゅーんは儂ら妖精族からしてもよく分からんもんじゃ。じゃが、わしらは契約でもらった力で、精霊の役にたたにゃならん。それが力をもらう対価じゃ。
この国の皇剣なんちゅーのが、竜や魔物と命懸けで戦ったりするのもソレじゃな。
でじゃ。ぬしは契約をした相手、おそらく精霊よりももっと上の強い力を持った亜神か、あるいはそれすら超えた現世神じゃろうが、それと会った覚えはあるかの。
ああ、いや、答えんでええ。会ったならその時言われたことはしっかりと守れ。それがぬしのためになる」
「……わかりました」
「うむ。では、来るがええ。ブレードはもう出来とるぞい」
そう言ったカグツチさんに促されて、鍛冶場に入る。
「ほれ。出来立てじゃ。
この角はの、はなたれのと違って竜の魔力が死んどったからの。加工も簡単じゃったぞい」
「魔力が、死ぬ?」
「まあ、怨念みたいなもんかの。そういうもんが死んだもんの体には宿っとる。それを上手いこと加工して使い手の力に変えるんが腕の見せどころなんじゃが、ぬしの折った角は綺麗さっぱり未練なく死んどったの。おかげで好き勝手に色んな力が込めれて面白かったわい。
……おそらくはまあ、それがぬしの契約者としての力じゃろう。
まったく、竜と戦うとわかっとればもっと立派な武器を渡してやったんじゃがの。よく生きとるもんじゃわい」
かかかと、カグツチさんは大口を開けて笑った。
あの時、私は全力でぶつかって行って竜の角を折ったが、私は技の反動だけで体を痛め、さらに手にした槍は粉々に砕け散った。
相打ちとも言えない結果はしかし、思い返せばよくそれで済んだと言えるような幸運の結果だ。
激突するあの瞬間に、竜が手加減をする素振りを見せ無ければ、私は間違いなく生きてここにはいない。
そしてそれはきっと、デス子と何かしらの関係がある。
「――あ、そう言えば槍。せっかく頂いたのにその日の内に壊してしまって、すいません。鉈も、無くしてしまって」
あの日、私は槍を失い使い慣れた鉈も失くしたので、今はまともな武器を持っていないのだ。
最初に使ったナイフは地下室にしまってあるが、今更あんなちびたナイフを使おうとは思わないので、ここに来たのだ。
「うん? 鉈ならハナタレが角と一緒に持ってきたぞい。まあもう使いもんにはならんがの」
「え?」
「なんじゃ、これも聞いとらんかったんかい。ぬし、というよりはぬしに力を与えたもんの力を受け止めきれんでの。
ジオの大剣とおんなじじゃい。芯が折れて武器としては死んどる。まあ炉にくべて一から叩き直してもええが、もっとええ武器使うほうがええじゃろ」
そう言って、カグツチさんは改めて竜角刀を示した。
親父の竜の角よりもふた回りは小さく、二つに折れて細くなったそれは大太刀ではなく、小太刀や脇差しを思わせる長さになっている。日本刀の事なんてよく知らないから、あくまでイメージがそれに近いってだけだけど。
竜の角は二つに折れたから、それが二本。これは回転して六連斬りを習得せねばなるまい。
私は恐る恐る手を伸ばし、竜角刀を両手に持つ。
からんっ。
そして手を滑らせて床に落とした。
「あ」
スパーンッ、と私の頭が叩かれる。痛い。
「大事に扱わんかい、馬鹿もんっ!!」
「すいません」
改めて慎重に竜角刀を手にする。握りが太い。持てなくはないが、しかし持ちづらい。
私は一つを台に置き、もう一つを両手で持とうとするが、上手くいかない。持てないことはないのだが、明らかに片手で持つ様に作られた柄は、両手で持つには短く、しかし片手で持つには私の手が小さすぎた。
「うむ。やはり太すぎたか」
「分かってたんですか」
「いやのう。強度がの。
まあ両手で持てるようにしても良かったんじゃが、折角なんじゃから二刀流にしたいじゃろ」
いや、分かるけど。そのロマンは分かるけど。
「これじゃあ、とてもじゃないですけど実戦では使えないんですが」
「うむ。仕方ないの。とりあえずこれは持って行って、身体が育つまでは別の武器を使えばええじゃろ」
「え? あの、柄の部分だけ作り直せば……」
「いやじゃ」
えー……。
「これはわしの渾身の傑作じゃ。約束がなけりゃあ、ぬしのような青二才に渡すようなもんじゃないんじゃぞい。
それを作り直すなんぞわしのプライドが許さん」
「いや、使い手に合わせて調整するぐらいいいじゃないですか」
「嫌じゃ嫌じゃ!! これはハナタレに壊された大剣を超える傑作なんじゃ。手直しなんぞしたくない。これはこの形が最高なんじゃ!! 文句があるならぬしがすぐさま大きくなれい!!」
無茶を言わないで欲しい。あと私は小さくない。あくまで七歳の平均身長(※騎士養成校調べ)よりは大きかった。
だがしかし説得は無理そうだ。
まあせっかく作ってもらったわけだし、あと一年か二年あれば十分使えるようになるだろうから、まあいいか。
もともとこんな立派な武器をもらおうと思ってきたわけではないし。
「分かりました。分かりましたよ。じゃあ、斧と鉈を見せてもらえますか」
「なんじゃ。ハナタレと違って聞き分けがええの。しかし、斧か」
「はい。メインで斧を。予備武器として慣れた鉈を」
フムと、カグツチさんが一つ頷く。
「鉈はまあええとして、斧か」
「……ダメですか?」
「ヌシはちっこいからの、重量のある得物は向かんのじゃないか」
「いえ、まあそうなんですけど。今までのフットワークと手数重視のスタイルだと、本気で格上の相手と戦った時に威力がまるで足りなかったんですよね」
ケイさんや竜と戦えたのは、ひとえにデス子からの魔力供給のおかげだ。あの時に使えた最高の技でも、ケイさんには牽制の一撃にしかならなかった。
まあそんな訳で、新しい戦闘スタイルに挑戦したいのだ。マージネル家の対人戦闘も面白かったので、基本の長剣やナイフ、無手なんかにも手を出してみたいが、まずは攻撃力重視で先手必勝の、捨てがまりスタイルを身につけたい。
いや、妖怪首おいてけに憧れているのではなく、ケイさんの竜への突撃は見事だったので。
相手が竜だったから殺しきれなかったけど、あの時の一撃は凄まじかった。
あれを受けたあとの竜でなければ、私はきっと角を折る事は出来なかっただろうし、親父達にしても楽に勝つことは難しかっただろう。
そんな訳で、あえて取り扱いや小手先の技が難しそうな斧と、いざという時のために使える慣れた鉈が欲しい。
「そうか。わかっとるんならええ。それじゃあどんな斧がええかのぅ」
「そうですね、まずは――」
そうしてしばらく希望を話し、まあ私は斧というか武器全般に詳しくないのでカグツチさんにツッコミを入れられ、修正をかけられて、図面が出来上がった。
その後は鉈についても聞かれ、カグツチさんは同じく図面を引いた。
今回は出来合いのものを組み立てるのではなく、一から作ってくれるらしい。
「まあまだ実力不足なんじゃがの、しかしぬしは実力に見合わんもんと戦う星の下に生まれとるみたいじゃし、まあええじゃろ」
「え、何それ怖い」
「かかか。ええじゃないか。強い敵と戦うんは男子の本懐じゃろう。さて、今回はちと時間がかかるからの。一週間後にでもまた来い。金もそんときでええぞい」
え、お金とるんですか?
「なんじゃい、その顔は。いつもいつもタダ働きなんぞ出来るわけがないじゃろうが」
そう言ってカグツチさんは斧と鉈の代金を提示した。
「……あ、あれ? これって、桁が二つ多くないですか」
「一から作るんじゃからこんなもんじゃい。それともワシの武器を守護都市のぼんくらどもが作るなまくら武器と一緒にしとるんか」
「いえ、そんな事はありません。不満なんてこれっぽっちもありません」
私がそう言うと、カグツチさんは呆れたような顔になる。
「まったく。ぬしも変な小僧じゃな。防衛戦に竜討伐と活躍して、金の心配なんぞ必要ないじゃろが」
「ああ、そう言えばそうですね。いくら振り込まれてるのかまだ確認してなかったので、ちょっと払えるか不安になってしまいました」
「別に払えんならツケでもええがの。ハナタレみたいに踏み倒す気もなさそうじゃし」
親父そんな事してたのか。最低だな。
「きっちり額面は控えとるから、なんなら親父の分もぬしが払うかの?」
「あ、いえ、謹んで辞退させていただきます」
即答すると、カグツチさんはカカカと大きく口を開けて笑った。
とりあえず明日にでもギルドに行って、預金残高の確認と、必要なら仕事を受けよう。産業都市に接続中といっても、探せば引き受けていい仕事の一つくらい見つかるはずだ。
武器はまあ、たしか昔アリスさんに買ってもらった鉈も地下室にしまってあるし、ちびたナイフでもこの際構わない。
そもそもたいていの魔物は魔法で殺せるんだし。