131話 そしてその日を迎えた
おおよそひと月が経って、産業都市への再接続がなされた。
私はのんびりマージネル家でお客様生活をしていたけど、ギルドや軍の方は結構本気で忙しかったようだ。
対外的には竜との戦闘で負傷したことになっている私だが、わりと早くから回復していたのでお仕事をサボってしまった様な後ろめたさがある。
まあ今はそれよりも大事な問題が差し迫っているのだけれど。
マージネル家に、ケイさんが帰ってくる。
正確には、答えを告げに戻ってくる。
マージネル家は総出でその準備をした。端的に言うと〈お帰りケイちゃん歓迎会〉の準備だ。
アールさんもエースさんもしっかり気持ちは定まり、『まあそれはそうですよね』という周囲の反応にも後押しされて、ケイさんを迎え入れようと遅まきながらあれこれ考え始め、その結果が歓迎会の開催だった。
そして当日を迎え、何故かスノウさんと護衛にギルドの戦士、クラーラさんとその護衛にカナンさんもやって来た。
「何をしに来たんですか?」
「いやいや、ちゃんと用件はあるんだよ。もうすぐ竜討伐の祝勝会だからね。事前の段取りは産業都市と政庁都市から派遣されてきたスタッフがやっているけど、功労者である君たちには是非とも出席して欲しいところだし、その打ち合わせも必要だからね」
ジトーっと私がスノウさんを見ると、はっはっはと、胡散臭い笑い声を上げて、
「まあ、建前だけどね」
「スノウ様」
あっさりと白状したスノウさんに対して、クラーラさんが嗜めるような責めるような口調で口を挟んだ。
まあ二人は政治家さんなので、言葉の表現が大切なのだろう。
そんなこんなでひと月前のメンバーも集まって、ケイさんが帰ってくるのを出迎えた。
やって来たのはケイさんとマリアさんだけでなく、親父に兄さん、姉さん、次兄さん、妹、そしてシエスタさんと、ブレイドホーム家が総出でやって来た。引率で親父は来るだろうと思っていたけど、全員で来るとは意外だった。
っていうか、今日は休日だから託児の仕事はないけど、完全に家を空にしていいのだろうか。いやまあ、久しぶりに顔が見れて嬉しいんだけどね。
「元気そうだね、セージ」
「うん、まあね。そっちは大丈夫だった?」
「まあ、なんとかね」
「……セージ、ギルドのお仕事してたんだってね」
「ああ、うん。黙っててごめん」
「ばか」
「けけっ、怒られてやんの」
「まあこればっかりは仕方ないからね」
「……ふん。今日はお前が飯作れよ。もう作るの面倒くさい」
「アニキ」
「やあ」
「へへへ……」
兄さん達と話し、抱きついてくる妹の頭を撫でながらケイさんの様子を眺める。
一番最初にケイさんを出迎えたのはアールさんだった。
「……その、元気だったか」
「……はい」
「ああ、それはよかった」
アールさんがぎこちなく笑いかけると、ケイさんは体を固くした。そんな反応にアールさんの感情が怯えるが、それを強い意志で押さえ込んで、声をかける。
「お前には、言わなければいけないことがある。聞いてくれるか」
「――その前に、私の話を聞いてください」
「あ、ああ。わかった」
ケイさんの言葉に、あっさりとアールさんは従う。あんまり強い意志でもなかったようだ。
「私は、ブレイドホーム家にはいきません」
……え?
「は?」
「だから、お父様やお祖父様がなんと言おうと、私はマージネル家のケイです」
ああ、そうか。
ケイさんの立場だと、捨てられるかもって考えるのか。
そうか。そう考えられなくもないか。うん。当事者からすれば親に捨てられるかもって不安になってもおかしくないか。
一瞬『この子はアホなの?』と思ってしまったけど、ケイさんからすればブレイドホーム家に来いっていう話の最中に気絶させられて、強制的に連行されたんだからそう考えてもおかしくないか。
フォローしておくべきだったな。
……いや、それも余計なお世話か。
自分でちゃんと答え出してはっきり口にできたんだから。
親がヘタれだと、子供はしっかりするもんだな。
それともマリアさんの指導や兄さんの影響かな。
「……ふっ。そうだな。お前はうちの子だ。ああ、すまなかったな」
そう言ってアールさんは恐る恐る手を伸ばし、ケイさんの頭を撫でた。
「色々、お前とは話をしたいな」
「はい。……私もしたいです」
◆◆◆◆◆◆
そんなこんなで、〈お帰りケイちゃん歓迎会〉はつつがなく開催されることになった。
せっかくなので、ブレイドホーム家の面々も御呼ばれして一緒に宴席を囲む。
セージはベッタリと張り付く妹とデボラの相手をしながら、久しぶりの家族と歓談を楽しんだ。
「一応は、一件落着ですね」
「そうだね」
そしてスノウやクラーラたちも、招待されたわけではないが追い返されもせず同様に宴席を囲んでいた。
「今回は、随分と中途半端な介入でしたね」
「そうかい?」
「ええ、管制の方にはテコ入れをしたようですけど、マージネル家の権威には手を付けようとしませんでしたし、何が狙いなのかと不思議でしたわ」
スノウは肩をすくめた。
確かにクラーラが言うとおり、今回の騒動でスナイク家が得た実益は少ない。
「その気になればマージネル家をお取り潰しにも出来たでしょうに」
「物騒だね、クラーラは。ここはマージネル家なんだよ」
「そうですね。失言でしたわ」
しれっと謝るクラーラに悪びれた様子はない。これはマージネル家にとっても興味のある内容だろうと踏んでの発言だった。
マルクがセージを虚偽の告発をするのとほぼ同時に、セージが産業都市での強制労働につくことがリークされた。
証拠はないが、しかしそれがスノウの手によるものだろうという目星をクラーラは付けていたし、マージネル家でも同じ様に考える者はいた。
「セイジェンド様の性格を知りたかった」
「……うん?」
「理由はそれでしょう」
「まあ、ね」
隠す気もないといったやる気のない様子で、スノウはそう答えた。
ただそれだけの為にマージネル家と争わせようとするというのは大げさと思わないでもないが、ケイやジオをも超えるであろう才能と、一か月前にアールを相手に見せた立ち振る舞いから、それだけの関心を持ってもおかしくないとクラーラは考えた。
そしてその考えが大きく外れてはいないと、スノウの態度から判断する。
「怒りに任せて人を容赦なく殺そうとし、また悪人とは言え助けを求める声を無慈悲に切り捨てる魔人の気質。
街に多くいる孤児たちの不遇な環境を許せず手を差しのべ、また殺そうとした相手を救おうとさえする天使の気質。
さて、スノウ様はどちらがセイジェンド様の本質と思いますか?」
「両方だね。あの子は自分のルールに従っているだけだよ。ジオがアシュレイに課せられたルールを守るように、ね」
まともな親のいなかったジオを一応とはいえ社会に馴染ませるために、アシュレイはルールを作り、ジオにそれを守るよう厳しく躾けた。
ジオには人間らしい道徳がない。常識がない。普通の人間が躊躇する行いを、人を殺すことを、なぜ躊躇するのか共感ができない。だからルールを作って、それを守らせることで代替とした。
スノウはセージに、それと同じものを感じていた。
人間として有るはずのものの欠如と、それを補うためのセージだけの規律。それがセージを聖人のようにも無慈悲な人形のようにも見せていると。
そしてそんなセージの歪さに、スノウは共感を覚えていた。
「……そうですか」
クラーラはそう言って、その場から離れた。聞きたいことを十分に聞けたわけではないが、これ以上は無理そうだと踏んだ。
それにこの場にはシエスタを含め多くの有力者やその候補がいる。そういった人物に顔を繋ぐため挨拶をしておくのは、名家の当主として重要な仕事だった。
一方で、もう一人の名家当主であるスノウはその場を動かず、思索に耽っていた。
クラーラに答えた言葉は嘘ではない。ジオとセージの共通点は、確かにその通りだろう。
ただセージのルールを推測すると、それがジオよりも複雑で、おおよそ守護都市という環境に適応するために生まれたとは思えないという矛盾に簡単に行き当たる。
もっともそれはスノウにとって重要なことではない。
セージがまともな子供でないのはなんとなく察していた。経歴を考えれば身につけているはずのない教養の高さなどからも、それは明らかだった。
そしてセージが神子であるという事実が、その考えが正しいことを証明していると判断した。
だからスノウにとって重要なのは一点、セージがこの国の害となるか、益となるか。
クラーラはスノウならばマージネル家を取り潰してその権威を吸収することが出来ただろうと口にしたが、しかしそもそも言えば、シャルマー家の前当主が急逝し、その代替わりでごたついた時にもそれは出来た。
ただそれをするメリットがデメリットよりも小さかった為にしなかっただけで。
今回もそれは同じだ。
セージが報復を望むのならば、あるいは権威を欲しがるのならば、マージネル家の力を奪ってブレイドホーム家の下に付ける事もしたが、セージはそれを望まないと判断した。
「騒乱を撒くのは、良い」
それは良い。むしろ必要なことだ。クラーラあたりは騒乱は起きないほうがいいと考えているし、短期的に見れば確かにその通りだ。
しかし安定した環境ではマルクのような人物の台頭を許す。安全な結界と肥沃な大地という精霊様の権威によって人々が生かされているこの国では、公権の力が強すぎる。
それらが腐敗しないよう定期的に刷新するには騒乱が起こることが望ましい。
「だけど彼は……」
優秀すぎると、スノウはそう心の中で呟いた。
◆◆◆◆◆◆
妹と久しぶりに戯れていると、緊張した顔のケイさんがやってきた。
「こ、こんにちは」
「こんにちは。久しぶりの我が家はどうですか?」
「う、うん。まあ、やっぱり落ち着く。
……その、ありがとう。色々と」
上手く言葉にできないといった様子で、ケイさんはそう言った。私は安心させるように微笑んで、どういたしましてと答えた。
「こちらこそ、妹が迷惑をかけました。デボラさんに取りなしてくれたんですよね」
「うん。でも、あの二人なら、私が世話を焼かなくても大丈夫だったと思う」
「そんな事ないですよ。ありがとうございました」
「そ、そうか。それなら、良かった」
そう言ってケイさんは、私の顔と横の席をチラチラと見た。
私は席を引いて、どうぞと声をかけた。
私の横にケイさんが座る。そこはちょうど先ほどまでデボラが座っていた席で、今は父親であるトムスさんの使いの人がやって来て、そちらへ行った。
「セイジェンドの家族は、みんな優しかった」
「そうですか」
「みんな、お前のことを心配してた」
「それは……ちょっと恥ずかしいですね」
「そうなのか?
……私は、たぶんお前が羨ましい」
「そう、ですか」
「うん。そうなんだ。
……父様は、ジオに勝てなかった。私も、お前に負けた。
だからいつか、私はお前に勝つから」
「うん。わかりました」
「ふふっ。うん。ありがとう」
「どうしたんですか?」
「いや、きっと笑われると思ってたから」
「笑いませんよ。大事なことなんでしょ」
「うん。そうだな。
セイジェンド、強くなれ。私も強くなるから。
次の竜は、ちゃんと二人で倒そう」
ケイさんはそう言って握った拳を私に向けた。私も拳を握って、それに合わせた。
竜なんて危ないのとは戦いたくないと思ったのは内緒である。
そうして私たちは日が暮れるまでマージネル家でご馳走になった。
トムスさんやその周囲の人達はちょっと不機嫌そうだったけど、まあ概ね皆と仲良くなって、帰り際にはいつでも遊びに来てねと、そう言ってもらった。
まあこれで、めでたしめでたしかな。
いやまあアールさんは家から追い出されるから、ハッピーエンドとも言えないかもしれないけど、そう悪くない結果だろう。