127話 寄り道というか、大事な用ができました
あれから、何事もなく一週間が経ちました。
すぐにでもアールさんを問い詰めに行きたかったけれど、まあ大人の事情といいますか、アールさんの都合といいますか、私は重要参考人でアールさんは被疑者ということでお話をするのがちょっと難しかったのですよ。
いやまあアールさんは在宅起訴されている上に起訴内容は機密指定される厨二ちっくな秘密裁判なので、普通の裁判の常識とか当てはまらないんですが、それでもまあ判決前に会うのはよろしくないと、避けられました。
そんな訳で、一週間経ちました。
判決は出ました。
刑事罰としては罰則金の支払命令。
あわせて重大な不祥事を起こしたという理由で、職場である軍からも処分がありまして、アールさんは将軍職だか警視総監みたいなのだったけど、懲戒解雇になった。
名家の一員としての処分は住居の移転と、マージネル家の滞在に日数の制限などがかけられました。
滞在日数の制限というのは、実家に居ていい日にちが、一ヶ月の間に六日だけで、年間通してだと六十日以内にしろという内容で、期間は十年間だ。
まあこの内容が妥当かどうかはよくわからないけど、とりあえず判決は出たので今度こそ会いに行こうと思います。
アポは取れてないし取ろうとすると邪魔が入りそうなので突撃敢行です。最低限エースさんやリオウさんへの根回しは済んでいるので、さあ行こうと思ったあたりで見知った顔を見つけました。
「どうも、こんにちは」
「ぶ、ブレイドホームさん。お久しぶりです」
妹がお世話になっている学校のグライ教頭先生だ。挨拶すると、驚いた様子で挨拶を返してくれた。折角なので、ずっと気になっていることを聞いておくことにする。
「グライ教頭先生はお仕事かなにかですか。ああ、ご存知かもしれませんが、今、僕はマージネル家でお世話になっているんですよ。
ところで妹の様子を聞きたいんですけど、今お時間ありますか?」
「うっ」
「ど、どうしたんですか? 胃が痛いんですか? 大丈夫ですか」
急にグライ教頭が胃と口元を抑えてうずくまったので、近寄って背を摩る。
「だ、だいじょうぶ。大丈夫ですよ。……ええ、大丈夫です。ありがとうございます」
「あの、そうは見えないんですが……」
グライ教頭はすっと立ち上がってそう言ったが、足がちょっと震えている。そして口元を覆っていた手には赤いものが滲んでいる。
どう見ても血でした。
いや、うずくまった時から魔力感知で精査したからわかってたんだけどね。体調が悪いというか、胃に穴が空いているの。
「それよりもブレイドホームさん。あなたには謝らなければならないことが……」
「……ああ、妹か親父がなにかしましたか。いえ、大丈夫ですから落ち着いてください。ちょっとお水持ってきますね」
グライ教頭を近くのベンチに座らせて、家の中に入った。水もそうだけど、胃薬と何か口にできるものも持ってこよう。下働きの女の人を捕まえてお願いすれば、出してもらえるはずだ。
「ああ、本当にあなたは人間できてますねぇ……」
背後でグライ教頭がそんな事を呟いていたけど、生徒に気をかけて胃を痛めるお人好しほどではないと思います。
******
グライ教頭が胃薬と水を飲んで落ち着いたところで、事情を説明してもらいました。
端的に言うと、妹がオヤジ化しました。
まあそれだけだとわかりづらいので補足すると、学校でいきなり友達に殴りかかって怪我をさせました。
喧嘩ですらなく、虫の居所が悪かったのか話をしている最中にいきなりキレたと。まさにオヤジ化。つまり妹に悪影響を与えた親父が悪い。
……いや、もしかしたら私のせいかもしれないんだけど。
殴られたのはマージネル家のご令嬢で、一週間前に妹をよろしくねってお願いしたデボラだった。
頼んだことはもとより、私がマージネル家で生活している――人質扱いされている事は教えられてはいないはず――事で、ややブラコン気味だった妹はマージネル家に悪感情とか持ってしまったのかもしれない。
「……ん~。まあ、こっちの方が大事か」
「ブレイドホームさん?」
「いえ、ちょっと妹の学校に行ってきます」
「え?」
グライさんはそう言って、また胃を抑えた。
「心配しないでください。問題を起こそうって訳じゃなくて、妹が情緒不安定になってるかもしれないので声をかけてくるだけですよ」
「そ、そうですか。そういう事なら私がご一緒しましょう」
「いいんですか? その方が助かりますけど」
私がマージネル家の敷地から出るには許可と護衛が必要になる。グライさんがいれば許可は間違いなく降りるだろうし、さらにほとんど初めて訪れる――妹の入学前の下見や送り迎えで訪れたことはある。ただ敷地の中はほぼ知らない――騎士養成校の案内もお願いできるだろう。
ただグライさんはわざわざマージネル家を訪れたようだったので、何か用があったのではと思ったのだが――
「いえ、当主様への報告をしなければならないので、少しでも事態を好転させておきたいのですよ」
「ああ、そういう事ですか」
――私の方を優先してくれるようだ。
マージネル家と我がブレイドホーム家は冷戦状態と言えなくもない。アプローチこそ違うもののそれを解消しようと考えているのが私とマージネル家当主のエースさんで、そのエースさんに子供たちの喧嘩を報告するのは気が重いだろう。
被害者は冷戦の継続派、あるいは好戦派と言っていいトムスさんの娘さんで、身内の心情を考えればマージネル家がブレイドホーム家に何も求めないのはおかしいし、かといって今マージネル家はブレイドホーム家にケイさんという弱みを握られている状態だ。
報告を後回しにして独断専行するのは組織人として褒められたことではないが、状況を少しでも好転させてから報告をしたいというグライさんの心情は理解できるものだった。
まあ第一報はもう連絡済みだろうし、妹がグライさんの胃に大ダメージを与えているのだから、当然の事ながら私はヘタレのエースよりも良識人なグライさんの味方をするのだが。
「それでは行きましょうか」
******
そんな訳でグライさんとやって来ました、騎士養成校。
その初等課分校――分校といっても同じ敷地内にあるし、体育館などの施設も多くが共用化されている――の校舎に入り、受付で来客者名簿に名前を書く。用件の欄に家族との面会と書くと、『パパは先生なの?』と事務のお姉さんが良い笑顔で話しかけてきた。
そして私が『いえ、妹がここの生徒なので』と答えると、事務のお姉さんは可哀想にと同情的な表情になった。
どうも私は出来の悪い兄で学校には入れなかったと思われたようだった。
グライさんが苦笑しながら、学校に通う必要のない英才なのですよとフォローしてくれた。やんわりとした口調で事務員を窘めつつ私を持ち上げる心配りに、苦労人な社会人だと感じてしまう。
何と言うかね。私の周りには常識が欠如した大人が多過ぎると思うのですよ。
グライさんはシエスタさんに続く数少ないまともな大人です。
そんなこんなのやり取りを経て校舎の中に入ろうとすると、グライ教頭のもとに職員が駆け寄ってきた。私には聞こえないように小声でグライさんに耳打ちをする。
ただあいにくと私の耳は高性能なので、しっかりばっちりその内容を聞き取りました。
早速、魔力感知を広げて校舎を精査していきます。
ちょっとした補足になるが、私は日常生活の中で魔力感知を広げることは滅多にしない。なぜならこの魔力感知は高性能すぎるので壁なども透過して、お花を摘んでいるところとか、コウノトリが運んでくる行為なども覗けてしまうからだ。
いや、目で見るのとは少し違うんだけど、それでも無闇に魔力感知を広げると、プライベートを覗き見してしまうリスクがあるのだ。
そんな訳で普段は自重しているのだけど、別に覗き見したとしても誰にバレる訳でも捕まるわけでも無いので――ちなみに探査魔法で同じことをしてバレると普通に捕まる――理由があれば普通に使う。まあトイレとかはなるべく見ないように気をつけながら。
そうして調べると、すぐに慣れ親しんだ妹の魔力と、そして見知った魔力を感じ取った。
「あー、あー……、ブレイドホームさん。言いづらいのですが、急用ができました。
もうすぐお昼休みですから、セルビアくんとはそこで会うとよいでしょう。案内の教員を手配します」
「ケイさんとマリアさんですね。お二人共そう身構える相手だとは思いませんが、確かに今、僕と彼女が顔を会わせるのは良い事ではないですね。昼休みには退散して、こちらでも接触しないよう気をつけます」
「……重ね重ね、ありがとうございます。護衛の騎士は事務室前で待機させておきますから、帰る前にひと声かけてください」
こうしてグライ教頭と別れて、妹に会うことになりました。
……実はちょっと、緊張してます。
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謝ろうと思った。
悪い事をしたのは分かっている。
だから謝ろうと思った。
朝学校に来たとき、すぐにデボラの教室に向かった。でもそこにデボラはいなかった。病院に行ってから学校に来ると、先生に教えられた。
昼休みまで待てと、そう言われた。
授業は耳に入らなかった。胃がグルグルして気持ち悪い。昨日はちゃんと眠れなかった。吐きたい。トイレで吐いて、水を飲んで、少しだけ落ち着いた。友達が保険室に行こうといったけど、行かなかった。
早く謝って楽になりたいと思った。
謝るのが怖くて昼休みが来て欲しくないと思った。
頭の中もグルグルしている。
何もかもが気持ち悪かった。
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昼休みは、やって来た。
それと同時に教師がやって来て、セルビアは連れて行かれた。
ホッとしたような後ろめたいようなおかしな気分で、セルビアは教師の言うとおりにした。
そして連れて行かれたのは応接室で、そこにはずっと会いたかったセージがいた。
セルビアはすぐさま駆け寄ろうとして、足を止めた。
違和感を覚えた。何かがおかしかった。
セージはセルビアに笑顔を向けていた。でもそれはセルビアの記憶にある笑顔とは少し違っていた。
作り物のような、人形のような、お客さんに向けるような笑顔だった。
セルビアは、泣いた。
ミルク「おい、なんで俺がまともな大人に入ってないんだ」
セージ「あははっ、やだなー代表、冗談がきついっすよ」
ミルク(無言でアイアンクロー。ちょっと本気で怒った)
セージ「いたいいたいいたい!! 暴力反対!! 児童虐待反対!!」
ミルク「やかましいわっ!! エセ児童が!!」
セージ(……いやだって、最近の代表、マフィアの女ボスみたいになってきたんだもの)
ミルク「……なんだ?」
セージ「何でもないです。何も考えてないです。ミルク代表はとても素晴らしい人格者の大人でございますですはい」
ミルク「この野郎」




