124話 さすがに何かしよう
気が付けば、二週間が経った。
事態はそんなに進展していない。相変わらずマージネル家の偉い人たちとは話も出来ていない。
とりあえず訓練には慣れてきた。訓練以外に勉強なんかもあるが、そっちも問題ない。
最初は同い年以下の子供たちと一緒に絵本の読み聞かせ会や文字の書き取りの練習なんかに参加させられたけど、今はコモンクラスの人たちと一緒に魔物の生態や騎士として守るべき法律や規律、道徳などの座学を受けている。
意見具申って大事だよね。
さらに下働きの人たちとも引き続きちゃんとコミュニケーションを取っている。
彼らは今は下っ端だが、将来はきっと出世してくれるだろうから、そういう意味では将来の偉い人と仲良くなれたということで満足してもいいかもしれない。
いや別に下心というよりは、お世話して貰っている感謝の心を忘れないようにと思いながら接しているだけだけど。
正直なところ、家事全般から解放されて私は浮き足立ってますよ。
訓練は疲れるし大変だけど、何もしなくてもご飯が出てきて服が洗濯されて部屋の掃除までしてもらえるとか天国です。本当にありがとうございました。
……まあとにかく、交換留学はあと二週間ちょっとあるから、引き続き仲良くなっていこうと頑張ってはみるんだけどね。
さて、一週間に一日は休日がある。
最初の休みは普通に訓練をして過ごした。
別に訓練大好きってわけではないのだが、休みがあることを知らなかった。
休みは日曜固定ではなく、各人個別に休みが特定の曜日に設定されており、私の休みは日曜だった。
ちなみに私にそれを教えるのを忘れていた先生は、後日青い顔をして謝罪に来た。なぜ私は日に日に恐れられているのだろうか。
◆◆◆◆◆◆
「ちっ、別にいいじゃねえか。声かけるぐらいよ」
「だめだ。何度言わせるんだ。彼をなるべく刺激しない様にと、厳命されただろう」
槍兵のベックが不満げにそう言って、リーダーであり剣士のリオウがそれを諌める。何度となく繰り返したやり取りだ。
それでも繰り返すのは、ベックが納得しかねているからだ。
養成校で学んだ純粋培養の騎士であるリオウと違って、ベックはギルドで上級まで成り上がり、そこからスカウトされた中途採用者だ。
そしてギルド上がりという事は、つまるところ性根が自由人で素行が悪い。
大昔はそうでもなかったという話だが、ギルド上がりの実力者と言えば結果さえ出せば命令は無視してかまわないと本気で思っている節がある。
命令を守った上で結果を出せと厳しく教え込まれた騎士とは、どうしても相いれない部分は出てくる。
もっともリオウにとってパーティーの中で最も仲が良く、頼りにしているのがベックなのだから不思議な話ではあるが。
「刺激するなって事はよ、喧嘩売るなって意味だろ。声かけて、ちと手合わせしようって誘うぐらい良いじゃねぇか」
「ダメだ。お互いの関係を思えば、相手はそうは思わないだろう。雪辱の為に決闘を申し込まれたとも捉えられかねない」
「いや、そりゃまあ……雪辱のためだけど、決闘じゃねえよ」
「何度も言ってるだろう。これに関しては、相手がどう思うかが問題だ」
この問答も、何度となく繰り返した内容だった。
「あー、わかったわかった。でも声かけるだけならいいだろ。ほら、お前だって謝りたいって言ってただろ」
「それは……そうだが、あの件は公式に無かったことになっている。それを蒸し返す権利は私には無い。そして開き直って謝りもしない私を見れば、彼も気分を害するだろう」
「面倒臭い奴だな。ま、俺には関係ないから、サクッと謝って来るわ」
じゃ、と手を上げてその場から離れてコモンクラスの道場に向かおうとするベックの首根っこを、リオウが捕まえる。
「ダメだと言ってるだろう。なぜそこまであの子に拘る」
「あん? そりゃ普通に興味あるだろ。あんな立ち回り見せられてよ。ぶっちゃけ一対一なら負ける気のしない相手に、良いようにやられたんだぜ。
どっちがガキかわかんねぇ醜態さらしちまったじゃねぇか」
そう言われて、リオウは押し黙る。
確かにその通りなのだ。
あの時のセージの魔力量は上級に届いていたが、しかしそれでもリオウたちから見れば二段階は劣る。
戦闘技術も高い水準を持っていたが、それにしても年齢やランクを考慮すれば破格の物というだけで、上級の騎士として百戦錬磨のリオウたちに届くほどでは無い。
それでもあの時、ケイの危機に思わず参戦したあの戦いで、リオウたちはセージに良いようにあしらわれていた。
竜の襲撃というアクシデントが無ければ、全滅すらあり得たかもしれない。
まず驚くべきはガスターの魔法〈バレットスコール〉を乗っ取ったこと。もともと制御の難しい魔法であり、むしろ制御しないことで広範囲に高威力の散弾を降り注ぐことが可能になっている。
その結果、一度魔法を起動してからは魔力を供給し続けるだけの雑な構成式にはなっている。
しかし雑な魔法とは言え、それを乗っ取ったという事は構成式にガスターよりも繊細に魔力を通してその式を浸食したという事であり、それは魔力制御の技術ならば上級上位すらも超えているという事に繋がる。
次いで、セージはその散弾が降り注ぐ中で戦闘を続行した。
普通に考えれば自殺行為だ。
五対一で、さらに相手は格上という不利な状況で自身にも累を及ぼしかねない魔法で場をかき乱す。地力で勝る相手に使う手では無い。
だが実際にはセージは場の悪影響をまるで感じさせず自由に動き回り、動きに制限のかかったこちらを振り回した。
普通では、無い。
満足に視界の効かない夜間。魔力場が乱れ、魔力感知が著しく制限される荒野。
そんな中で、セージはまるで一人だけ全てが見えているかのように動き回った。
後ろから襲い掛かったリムも、容易く一撃でやられた。
思い返して考えれば完全に誘いに乗ってしまいカウンターを受けたのだとわかる。
セージの知覚は常識から外れている。魔法で場をかき乱したのは、それを最大限に生かすためだった。
そしてケイすらも利用してリオウたちの連携を阻害し、的確にこちらにダメージを与え続けた。
そのプロセスは実に丁寧で、無駄が無い。
セージは実力の差を理解し、その上で勝利する最適な手段をとっていた。
前情報のあるリオウが、何も知らず襲われたセージに戦術で敗北したのだ。これではどちらが奇襲をかけたのか、どちらが経験で勝るのか分からない。
リオウとしても叶うならば、セージに前回の戦いの総評を聞いてみたいという思いもある。
きっと勉強になる意見が聞けるだろう。
そしてセージと戦術を討論するのは、きっと心躍るものになるだろう。
だがそんな事はできるはずもない。
お互いの関係はそういうものだし、その引き金を引いたのは他ならぬマージネル家のリオウだった。
「それによ、あいつの師匠とはちょっと縁があってな」
リオウの気持ちを知ってか知らずか、ベックはそう話を続ける。
「……師匠? ああ、ベルーガー卿では無く、ギルドの指導員か。たしかベンパー教導騎士殿だったな」
「なんだよ、知ってたのかよ。教えろよな」
「すまないな。事前に資料で読ませてもらった……ん? ブレイドホーム氏の資料には目を通すように言ったはずだが?」
セージの調査資料は先の一件まではごくごく限定された人物にしか渡されていなかったが、セージを預かるよう決まってからはその限定も大分緩和された(ただし公式には存在しない事件は除く)。
少なくともベックはその資料を見なければならない立場であり、見るようにと厳命した記憶があった。
「はっはっは。そんな事もあったか?」
ベックは笑ってそう誤魔化した。ベックは資料室独特の静かで紙の匂いが充満した空気が苦手で、さらに言えばそもそも文字を読むのが嫌いな男だった。
リオウはやはり命じるだけではなく首根っこ引っ張って資料室に連れて行かなければダメかと思ったが、生憎とそれどころではなかったのだ。
リオウは先の一件の、実行犯たちのリーダーである。
先の一件自体は極秘の任務として認められ、過失責任も含め全て命令を下したアールが請け負った。
命令に従った一介の騎士であるリオウやその部下たちの責任はさして求められることはなかったが、それでも聞き取り調査などには協力する義務があった。
さらにはアールからは直接これからのマージネル家を支え、ジオやセイジェンドたちとの溝を取り除くために力を発揮してくれと頼み込まれたが、リオウとしては事件の裏を知っておきながら主を諌めることもなく、ただ一人に責任を取らせる事に忸怩たる思いがあった。
そのためアールの処分――名家の一員としての責任では無く、偽の政治犯罪告発を信じ、無実のギルドメンバーへ殺害命令を出した事による軍の査問会からの処分――に情状酌量を求め嘆願書を作成し、また同僚たちに嘆願書同意の署名を求めて駆けずり回っており、忙しい日々を送っていたのだった。
「まあとにかくよ、あいつの使う技に見覚えがあってよ。手紙で確認したら、当たりだったな」
「クライスさんから手紙が来たんですか?」
ベックがしれっと話を戻すと、物陰からひょっこり現れた少年がごく自然に会話に混ざってきた。
言うまでもなくその少年はセージである。
「うおっ!!」
「わぁっ!?」
「あ、すいません。驚かせました。
それで、クライスさんとお知り合いなんですか?
今あの人、何やってるんですか?」
ごく自然に混ざったといっても、リオウとベックからしてみれば奇襲もいいところだ。
聞かれて困るような話をしていたわけではないが、それでも話題に上らせていた少年が急に現れたことで、何とも言えない後ろめたさを感じてしまう。
つまりは簡潔に言うと、かなりビビってしまった。
「い、いや、詳しくは知らねぇけどよ。まあ元気でやってるんじゃないか。どっちかってーと、お前のこと心配してたし」
「そうですか、元気でやってるんですね」
咄嗟にベックがそれだけを返すと、セージは心から安堵したような笑みを零した。騎士の二人は何だか意味がわからなくてきょとんとしたが、すぐに気を取り直した。
「あー、これから返事書くんだけど、伝えといたほうがいいことあるか?
一応騎士の軍規だの、機密情報の保全だので、検閲はいるし書けないこともあるんだけど、お前が今ここにいて、竜の角へし折ったことぐらいは自慢できるぞ」
「いいんですか。じゃあお願いします。っていうか、僕も手紙書きたいんですけど、どうすれば良いんですか?」
「ちょっと待て、ベック。そ、そのセイジェンド君? えーと、その、なんだ……」
何だかまともな会話が始まるが、どうにもよくわからない義務感に突き動かされてリオウは口を挟んだ。
とはいえ、何か考えがあるわけでもなく、その言葉はしどろもどろになってしまったが。
「セージでいいですよ。長いですから」
「そ、そうか。それでセージ君、どこから聞いていたのかな」
答えは最初からである。
やることもなくフラフラとしていたら見知った騎士二人を魔力感知で見つけ、その二人は仲良くなっておきたい立場のある実力者であったのだが、先の一件――さんざん痛めつけて嘲笑までした――で相当恨みを買っていそうだなぁという考えから、隠れて様子を伺っていた。
ただセージとしてはそれを馬鹿正直に伝える気もなかった。
「ついさっきですよ。クライスさんの名前が聞こえたので、つい話しかけました。ベックさんはクライスさんと親しいんですか?」
「まあ、親しいってほどじゃねえがな。
同じ都市の生まれで、守護都市で世話になった道場の先輩だな。槍の腕は俺の方が上だったんだが、クライスは面倒見のいい兄貴分で、道場じゃ慕われてたな。
たまに顔合わせたら飲みに行ったりすることもあって、お前の使ってた貫散らしも見たことがあったんだよ」
「へぇ~……」
セージとしてはたまに飲みに行くという言葉と、物騒な貫散らしという技を見ることがどう繋がるのかはわからなかったが、なんとなく高校時代に仲の良かった先輩後輩のような関係かなぁと思った。
「それで、手紙だったか。こんなところでぶらぶらしてんなら暇なんだろ。来いよ。俺のと一緒に出してやる。ただ、さっきも言ったように検閲――あー、知らん奴が勝手に見るし勝手に塗り潰しもするから、それは覚悟しとけよ」
「あ、はい。大丈夫です。事情はわかります。それじゃあお世話になります」
「おう、気にすんな。
その代わりってわけじゃねぇけどよ。あとでちょっと付き合えよ。お前もコモンのやつら相手じゃ欲求不満だろ」
ベックはそう言って好戦的に笑い、たまらずリオウが割って入る。
「おい、ベック!!」
「ああ、いいですよ」
「セージ君!?」
「おっ、話せるねぇ。さすが魔人の息子」
セージは困ったように笑った。まあどつき合って仲良くなるのは守護都市の文化のようなものなので、諦めたのである。
「いいですけど、手加減はしてくださいよ」
「わかってるって。訓練で無茶はしないさ。つーか、お前も本気になって道場荒らすような魔法使うなよ」
こくりと頷くセージを、じゃあ付いてきなとベックが先導し、そのあとを渋々とリオウがついていく。
「なんだよ、来るのかよ」
「目が離せないからな。それにお前は検閲の規定なんて覚えていないだろう」
「はっ、真面目な奴だぜ」
そんなこんなでセージは二人と面識を持ち、その後二人から紹介されたガスターやリムとも仲良くなった。
ただしリオウも含めた四人からはしっかりとリベンジはされ、
「……手加減してって言ったのに」
「あ、あれ? お前もっと強くなかったっけ?」
ズタボロになったセージとそれを見下ろすベックとの間でそんな会話もなされたが、とにかくセージは少しばかり禍根のあった四人と仲良くなることに成功した。
そしてそれを見ていた指導員は、厳しくしてもいいんだと悟った。