123話 イジメられると言ったな。あれは嘘だ
お待たせ。説教系エンジェルセイジェンドの出番だよ。
守護都市には四つの、実質的には三つの名家がある。
そして守護都市である以上、どの名家にも武力と戦果を誉れとする意識はある。
しかしそうは言っても求める名誉のあり方は各家によって違いがあり、ギルドに力を伸ばすスナイク家は魔物を狩ることと金銭面の損益を重視しており、騎士の名家であるシャルマー家は都市を守り損害を出さないことに重きを置いている。
そしてマージネル家はシャルマー家同様に騎士の名家であり、その中でも警邏騎士の役目を負っている。
その役目は外敵である魔物から都市を守るのではなく、テロリストや強盗、殺人などの都市の内に潜む凶悪な犯罪者から秩序を守る事にあった。
そしてマージネル家はその役割から対人戦闘のスキルを鍛えており、結果として皇剣武闘祭においてはたびたび好成績を出す名家として知られている。
守護都市に住むものからすると意外なことなのだが、そういった理由からスナイク家やシャルマー家に比べ、マージネル家の名は他の都市の住民によく知られていた。
そして守護都市に上がってくる将来有望なハンターたち――特に守護都市上がりの先輩たちから話を聞くなどの下調べをしなかった、実に守護都市にふさわしいハンターたち――は、聞きかじったことのあるマージネル家の道場の門を叩くことが多かった。皇剣武闘祭で活躍しているんだから間違いないだろうと。
最近ではそんなハンターも数を減らしていたが、一年前にケイが皇剣武闘祭で優勝したことは記憶に新しい。
マージネル家の道場は実に活気のある賑やかなものだった。
そんな道場に、小さな新入りが入ってきた。
マージネル家の大きな道場ではランク別にグループが分かれている。
上級のみのグループ。上級と上級を目指す中級のグループ。中級と中級を目指す下級のグループ。下級のみのグループはなく、その下は騎士養成校に通う未成年のグループと、養成校でも初等科以下(十歳以下)の小さな子供向けのグループの五つのグループだ。
その新入りは明らかに十歳以下だったが、中級と中級を目指す下級のグループであるコモンクラスに入った。
当初は戸惑う道場生たちだったが、新入りの少年の名前がセイジェンドであることを知ると、すぐに納得して受け入れた。
ハイオーク防衛戦の活躍は新聞報道されよく知られるところであったし、さらに偶然とは言え竜を発見し逃げずに足止めした――対外的にはそうなっており、マージネル家でその真相を知る者はごく一部に限られている――勇敢さは讃えられるものだった。
一部ではその両事件において、引退した英雄であるセージの父ジオレインが同行していることを絡め、偽りの活躍ではないかと疑惑の目を向けるものもいた。
実際のところ、中級の下位やそれ以上成長の見込みのない中級の戦士が所属するコモンクラスに割り当てられているのだから、中級としての実力はあってもハイオークの軍勢を足止めできるかは疑問が出るし、竜と対峙することもできないだろうと。
ただそんな疑惑はすぐに消えた。
一対一の組手や、一対多数の乱取りの訓練において、セージは常勝無敗だった。
セージの魔力量は中級中位から変わっていないが、その戦闘技術はハイオーク戦とケイ戦を経て格段に向上していた。
特にケイ達との戦いで得た経験はとても大きく、魔力量が同等以下の相手ではもうセージの相手は務まらなかった。
もっともそんなセージにも弱点はある。
鍛えられてこそいるものの、基本となる身体能力はやはり七歳児のもので、体重も軽い。
魔力がなければ他の道場生とは打ち合うことはできず、一日を通した訓練ではどうしても魔力が底を突く。
実戦でギリギリまで追い詰められた時、自身の限界を知っているかどうかはの生死の分かれ目ともなりうる。
実戦と違い死ぬことのない道場で心身を酷使し、その限界を経験することはむしろ必要なことではあった。
それを踏まえればセージが常勝無敗なのはおかしな事なのだが、道場の指導員はセージに無理をさせなかった。
通常の道場生ならたとえ魔力が尽きようが体力が尽きようとも、罵倒を浴びせ、水をかけ、蹴り飛ばして訓練を続行させる。
セージも最後まで訓練は続けるのだが、最後まで魔力がもつように訓練のペースを温存していた。
通常なら、指導員はそれを咎める。
ペース配分は実地においては必須のスキルだが、訓練でそれをやるのは怠け者だと考えているからだ。
厳しく追い立て限界まで体を酷使させることは、むしろ指導員としての義務である。
さらにセージは七歳だ。延々と勝ち続ける戦いをしたのではその心には増長が生まれ、良くない成長をするだろう。
強くなるためには負けることは絶対に必要だと、マージネル家では教えられていた。
しかし指導員は他の道場生にするような厳しいことを、セージにはできなかった。
セージはジオの息子であり、一時的に預かっているお客様であり、さらには皇剣のケイとマージネル家でもトップクラスの実力者であるリオウたちを圧倒するという、実力以上の実績を成した事も聞かされていた。
そして極めつけに当主のエースから、くれぐれも大切に扱えと厳命されていた。
ぶっちゃけ指導員は、セージが怖かった。
◆◆◆◆◆◆
腫れモノ扱いされてます。
セージです。
マージネル家で生活を始めて、一週間が経ちました。
その間に少しだけ家に戻ることもできました。
いや、普通に許可をもらおうとしてもダメだったので『家族に、会いたいんです……』と、ホームシックを装って上目遣いでエースさんの奥さんとか、娘さんたちにお願いした。
プライドを捨てた甲斐もあって、お昼休みの間だけでかつ見張り付きという条件でマージネル家を出る許可を頂きました。
全力で走ってもさしたる時間は作れなかったけど、なんとか最低限のことは出来たと思う。
遠くから魔力感知で覗いてみたところ、向こうもやっぱり混乱はしていたけど、一応なんとかなりそうなので顔は出さないつもりだ。
いやね、心配は心配なんだけど、あんまりトラブルが起きるたびに首を突っ込むのも過保護かなぁと。
……デス子の事を考えると、私はいつ死んでもおかしくないし、私がいなくても問題ない環境ができているに越したことはないので。
それにやっぱりマージネル家の人たちは私がブレイドホーム家へ帰るのに良い顔はしないのですよ。
なのでマージネル家と仲良くなるのに支障を出さないためにも帰らないのは必要な事です。
もっとも家に帰らなかったことを知った奥様方から、たいそうな可愛がり(※直喩)を受ける事となったので、かなりの辱めに耐える事になりました。
ともあれマージネル家と仲良くなるのは、今のところ難儀しています。
同じ道場の人たちとは一緒に汗を流してご飯食べて寝泊まりして、それなりに仲良くやれてます。まあ私が子供なので気を使われてはいるけれど。
あとは給仕の女の人とかとも仲良くなりました。ご飯食べたあとに食器を下げて『ごちそうさま、美味しかったです』と声をかけてたら仲良くなりました。
それが悪い訳ではないのだけど、どちらも外部からの人なので、肝心のマージネル家の人たちとはあまり仲良くなれていません。っていうか、接触を避けられているフシがあります。
もう一度言おう。
私はここで、腫れモノ扱いを受けています。
「セージくん。疲れただろう。今日はもう上がってシャワーを浴びてくるといい」
「あ、いえ。ちゃんと片付けしてからあがりますよ」
訓練が終わった夕刻、道場の先生に言われて私はそう言い返した。
このセリフはほぼ毎回言われている。最初は素直に従って、他の道場生よりも早く上がっていたんだ。
当主のエースさんやその長男のアールさんの気持ちはともかく、マージネル家からするとやっぱり私は敵の息子で、政治的な弱味を握っている脅威なのだろうから、むしろ気を使ってその言葉に従っていた。
私がいない方が明らかに先生は気が休まるようだったし、私だけくん付けだし、たまに敬語が出るし。
ただ他の道場生からするとそれはやっぱり面白くないわけで――訓練が終わったあとは道場の掃除や訓練道具の清掃がある。ちなみにこれは全員参加で一年だけがモップかけたりボール磨きするわけではない。そもそもボールなんて無いし年功序列もないけど――仲良くなった道場生からそれとなく気をつけろと忠告された。
繰り返すが、私の目的はマージネル家と仲良くなることである。先生に気苦労をかけるのは申し訳ないが、お互いに顔色を伺ってこのまま何もせず一ヶ月が経っては意味がないのだ。
そんな訳で、先生の言葉にちょっと反抗して訓練後の後片付けにも参加します。
「そ、そうか。ではやるといい」
「はい」
私がにっこり笑ってそう返すと、先生は視線を逸らしてそういえば用があったのだと言わんばかりの態度で歩き去っていった。
……笑顔力には自信があったのだが、先生はちょっとつれない。まあ少しづつやっていこう。
訓練と片付けが終わればシャワータイムだ。
守護都市ではお風呂はちょっとした贅沢に分類される。
ブレイドホーム家にはそこそこでっかいお風呂があって、魔法でお湯も簡単に張れるのでそんな意識は薄いのだが、守護都市の一般的な住居であるアパートではお湯を張る浴槽がないのが当たり前だし、安アパートならシャワールームすら無いこともある。
大衆浴場はあるが、そこもシャワールームが大量に有るだけで、日本の銭湯とは大きく違っている。
守護都市生まれの守護都市育ちである親父の家になんでお風呂があるのかはよくわからないが、まあ私としては嬉しいので別に文句はない。
ちなみにシエスタさんが生活している離れの住居にも小さめながら浴槽付きのバスルームがあるが、もっぱらシャワーしか使っていないらしい。
いや、別に覗いたわけではなく、普通に教えてもらったのだ。珍しい入浴剤をミルク代表が仕入れたとの事で、勧められるままに買ってみて、お裾分けしたときに。
なおシエスタさんはお風呂が嫌いなのではなく、浴槽を洗ったりお湯を張る手間を惜しんでいるだけで、入浴剤も喜んで受け取ってくれました。
ちょっと話がそれたが、シャワーで汗を流した後は、下働きの女の人たちがふかふかのタオルを持ってきてくれる。
いや、別に持ってきてもらう必要はない。タオル置き場はちゃんとあるし、他の人たちはそこから勝手に取って体を拭いている。
ただどうにも愛想をよくしすぎたせいで構われてしまう立ち位置になってしまったというか、ペリエさんやアリスさんの仲間が増えたというか、まああの二人と違ってシャワー室にまで入ってこないのでまだ節度はあるのだが、隙あらば体を拭いたり服を着せたり過剰に世話を焼こうとするのでちょっと困る。
そして着替えたあとは夕食だ。
イメージ的には運動部の合宿みたいな感じで、道場生が一斉に大きな食堂に集まって食事をする。
交流を深める目的もあって、私が所属するコモンクラスだけでなく、大人の道場生はおおむね全員が同じような時間だ。ただし未成年たちのクラスだけははっきりと時間が違う。そして私は大人用の時間帯である。
まあ一緒といっても同じ訓練をやっているとなんだか連帯感が生まれてくるので、コモンクラスの人たちと集まって食べているんだけど。
ちなみにいつぞやの剣士や槍使いも同じ食堂を使っているけど、あの人たちはいたりいなかったりするし、私がいるコモンクラスの上のシニアクラスの、さらに上のマスタークラスに所属しているので同じ食堂でも目が合うこともなく、スーパー魔力感知がなければ姿を確認することもできない。
彼らともいつかは仲良くしたいけど、煽ったり痛めつけたりした私の心証は恐らくひどいものだろうから、まあ後回しにしよう。
いや、向こうは向こうで私を殺しに来ているけど、それは偉い人からの命令であって、騎士の彼らには拒否権とかないだろうから、この場合悪いのは命令したアールさんであの人たちは悪くはないんだよね。理屈の上では。
お腹いっぱい食事を取って、食器を下げて賄いのお母さん方にごちそうさまを言って、与えられた部屋に帰る。
コモンクラスの道場生はみんな四人一組の相部屋だが、私には個室が与えられている。ちなみにこれはマスタークラスの権利だったりする。
まあ深くは考えるまい。私はお客様だ。
夕食後は限られた貴重な自由時間なので、他の道場生なんかは庭で遊んだり部屋でトランプしたりして遊んでいるが、私はもう寝ます。
良い子なので夜はおねむなのです。そもそも追加で遊ぶような体力がないのです。朝から目一杯に体を動かしているのです。
そして明日も朝から訓練なのです。
こうして、しんどいけど充実した一日が終わり、寝ているところを襲われるなんて事もなく、ぐっすり眠って、気持ちのいい朝を迎える。
……平和だ。