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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
幕間 家族の問題が片付いてきたら家族の問題に巻き込まれた
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119話 皇剣様にちょろいとか言ってはいけない

 




 それは気の重い仕事だった。

 少女はとても良い子だった。成績優秀で授業外のレクリエーションにも積極的に参加する姿勢を見せ、友達も多くクラス内を明るくして、さらには教師への敬意もあって素直に言う事を聞く、優等生の鑑のような子だった。


 だが課外授業が終わり、数日の欠席を挟んで登校したその少女の態度は大きく変わっていた。

 笑顔は少なくなったし、クラスメイトとの喧嘩も増えた。納得できないことがあれば教師にしつこく質問し食い下がって困らせることが増えた。

 そしてなにより困ったことに、模擬試合の授業で他の子を叩きのめすようになったのだ。


 その少女はもともと才能があった。

 だが生来の優しさからか試合ではどこか相手に怪我をさせないように気遣う節があって、そのせいで負けることもあり、あくまで成績優秀という範囲に収まっていた。

 その優しさが課外授業以降、無くなってしまった。


 当初、実技指導の教師たちはそれを喜んだ。

 少女の才能が同世代の中で頭ひとつ抜けているだろう事は早い段階から分かっていたが、優しさが才能に蓋をしているのではないかという危惧も同時になされていた。


 そうして蓋の開いた才能は、紛れもなく輝かしいものだった。

 この二週間の模擬戦では全戦全勝。上級生との交流試合――これは上級生が勝つことは当然で、上級生たちには手加減を学ばせ、下級生たちには大きな目標を与えるためのものである――でも勝利をもぎ取っていた。

 それ自体は別に悪いことではない。才能の差は歴然として存在するし、上級生(こども)たちにとっては年下に追い抜かれる経験もまた、必要な学習だ。

 だがしかし、だからといって学生生活が荒んで良いという訳ではない。


 その少女は弱い者いじめをしているわけではないが、同年代で少女の相手をできるものはすぐにいなくなった。

 それまで少女のライバルだった少年とは大きく差がついていた。

 それは少女が手加減をやめたことだけが理由では無い。

 開かれた才能はそれまでの鬱憤を晴らすかのごとく目覚しい成長を見せ、ほんの数週間で容易く同年代の少年少女たちを置き去りにした。


 もはや実技の訓練を一緒に受けさせるのは少女とクラスメイトの双方のためにならず、少女には実技のみ上級生の授業を受けさせることにした。


 それで一応、当面の問題は解決した。

 ただ授業合間の休み時間も昼休みも自主訓練に明け暮れるようになった少女の周りからは、次第に人が離れていった。

 このままでは少女はクラスで孤立してしまう。

 そんな学校生活は、ともすれば過去の暴れん坊少女と同じ道である。


 強さを求めることは確かに良いことだ。

 だが騎士を養成する学校は戦い方だけを学ばせる場ではない。人として、ひいては騎士として成熟できるように学んでいく場なのだ。

 今の少女のあり方が良いとは学校側としては思えなかったし、現場の教師としてはもっと切実に優しくて素直な頃に戻って欲しいと願っていた。


 そんな現場の嘆願は、グライ教頭の下にも届いた。

 そしてグライ教頭は考えた。

 少女(セルビア)暴れん坊少女(ケイ)と違い、もともとは社交的な性格だった。

 それが歪んでしまった理由はどこにあるだろう。

 きっかけは間違いなく課外授業からの数日間であろう。

 その間に起きたブレイドホーム家の大きな変化といえば、マージネル家のものならば誰でも知っている。

 グライ教頭もよく知っている。


 ブレイドホーム家からは魔人すらも諌める理知的な人格者が離れ、暴れん坊少女が厄介になっているのだ。

 それ以外の理由がどこにあるだろうか。


 グライ教頭は胃の痛くなるような思いで、家庭訪問を決めた。

 ちなみに本来これは担任教師の仕事だが、魔人の家には行きたくないと泣いて嫌がったため、過去に訪問経験があり責任ある立場のグライ教頭に白羽の矢が立った。

 そしてもっと責任ある立場の校長は逃げた。



「セルビアくんが、学校で暴れています」



 自分の置かれた状況に不満があったのだろうか。

 ついついグライ教頭はそんな風に言ってしまった。


「いえ、失礼。暴れているというか、好戦的になっているといいますか。

 ……そうですね。少し今までとは違ってきておりまして、その、学校で暴れていた卒業生の影響を大きく受けてしまったのではないかと思いまして」

「ちょ、え、どういう事!?」

「このままではセルビアくんがクラスで孤立してしまいそうなので、相談がてら伺った次第です」


 困惑するケイを尻目に、グライ教頭はそう続けた。


「セルビアは子供だ。喧嘩ぐらいするだろう」

「いえ、喧嘩はしていません。ただ模擬試合で相手を必要以上に叩きのめし、また自由時間には訓練に明け暮れるようになりまして……」

「む?」


 グライ教頭の言葉に、ジオはそれの何が問題なのだと首をかしげる。


「このままではセルビアちゃんがお嬢様のようにぼっちになってしまうと言いたいのでしょう」

「ちょっとマリアっ!!」

「ええ、そういうことです」

「教頭先生っ!?」


 嘆くケイは無視され、ジオは考える。

 セルビアが強くなろうとしていることには当然、気が付いていた。

 だがそれが理由で友達がいなくなるというのが理解できなかった。

 しかしこれを知ったセージが、何してるのバカ親父と怒るのは容易く想像できた。


「……俺はどうすればいいんだ」

「何を、という訳ではないのですが、もう少しセルビアくんには落ち着いてもらって、以前のように周りを大事にする子に戻って欲しいとは考えています……。友人関係もそうですが、今のセルビアくんは危うくも見えるのです」

「……それで、お嬢様はセルビアちゃんに何を吹き込んだんですか?」

「私は悪くないからねっ!?」


 心当たりがまるでないケイとしてはそう答えるのは当然のことだったが、生憎とマリアとグライ教頭はまるで信用しなかった。


「落ち着かせるなら簡単だ。セージに会わせればいい」

「……ああ、生まれた時から一緒ですもんね」

「そうですね。そう言えば、そういう理由も考えられますね。課外授業では実力の違いを目にすることになったようですから」


 ジオとしては深く考えたのではなく、セージに丸投げすればたいてい上手く片付くと思っただけだったが、マリアとグライ教頭は勝手に深読みして頷いた。

 双子の兄――と思われている――であるセージの不在がセルビアの精神に大きな影響を与えているだろうし、さらにはセージがすでに十分な実戦経験を積んでいると知って置いていかれていると感じても不思議ではないと。


「むー、じゃあやっぱり私悪くないじゃない」

「いえ、セイジェンド様の不在はお嬢様とベルーガー卿に原因がありますので、お嬢様はとりあえず悪いです」

「とりあえずって何よっ!?」


 ケイの反論はやっぱりスルーされる。


「しかしセイジェンド様の手を煩わせてもいいものでしょうか? あちらは今どのような状況になっていますか? 虐められたりしていませんか?」

「私も直接話をすることはできていませんが、順調に馴染んでいるようですよ。順調すぎて、一部のものがマージネル家を乗っ取るつもりではないかと危惧するほどですね」


 心配そうなマリアの声に、グライ教頭はその一部の人間への嫌悪感を隠しながらそう言った。


「それは大丈夫なのですか?」

「あいつなら心配いらんだろう」

「変わりませんね、あなたは。

 しかし当主様も目を光らせていますからね。心配することはないでしょう。そもそも彼になにかすれば、それこそマージネル家が危うくなりますから」


 シャルマー家から勢力争いを仕掛けられているマージネル家だが、しかし今回の件の責任の全てをアールが背負い、そして最大の被害者であるセージがマージネル家を責める様子を見せないことから、そう大きな被害は出ていない。

 だがここでセージに手を出すようなうかつな真似をすれば、それこそマージネル家全体の責任を大きく問われることになるだろう。

 そうなればあるいは不気味に静観を決め込んでいるスナイク家までもが手を伸ばしてきかねない。


「とは言え今のセイジェンドさんに頼るのはどうなんでしょうね。こう言ってはなんですが彼に心労をかけすぎでは?

 正直なところ、今回の交換留学の話を聞いたときはあなたの正気を疑いましたよ。ああ、いえ、もともとあなたの正気なんて信じていなかったんですが」

「……あいつなら、大丈夫だろう」


 ジオはそう言ったものの、しっかりしてよね親父と嫌みを言ってくるセージの姿が脳裏によぎって顔を顰めた。


「なら、私がやる」

「は?」

「え?」

「えっ?」

「セイジェンドの代わりをすればいいんでしょ。私がやるから。それでいいでしょ」


 慎ましやかな胸を張るケイのドヤ顔を見た三人は揃って、


「無理だ」

「無理ですね」

「止めなさい」


 否定の言葉を口にした。


「なんでよ!!」

「いや、無理だろう」

「お嬢様、セイジェンド様は双子の兄です。それがいない事の寂しさをどう埋めるというのですか。代わりなんて効きませんよ」

「加えて、セイジェンドさんとは人間としての成熟度が違いますね。ああ、もちろんケイくんの方が幼いですよ。勘違いしないように」


 ぐぬぬと歯ぎしりをするケイを尻目に、大人たちは会話を続ける。


「じゃあアベルだな。アイツなら上手くやるだろう」

「自分でやるという発想はないのですか、ベルーガー卿」

「まあ、自分を知るというのは大事なことですね。

 とにかく、こちらとしての用件はそんなところですね。

 念のために言っておきますが、セルビアくんは少し不安定になっていますが、弱い者イジメをしている訳ではありません。学習態度も真面目です。

 この件で叱るようなことは止めてあげて下さいね」


 グライ教頭はそう言って席を立った。


「ああ、そうだケイくん」

「……なんですか?」


 色々と面白くないため、ケイは憮然とした表情でそう返した。

 グライ教頭は苦笑した。


「ご当主様を始め、マージネル家の皆さん寂しがっています。出来れば、帰ってきてくださいね」

「――っ!!」


 グライ教頭はにっこり笑って、応接室から出ていく。ジオもそれを見送るために部屋を出ていった。


「お嬢様、顔、赤くなってますよ」

「うるさいっ!!」


 部屋に取り残されたケイは恥ずかしそうにそう叫び、マリアはそれを見てにこやかに笑った。





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