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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
3章 お金お金と言うのはもう止めにしたい
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111話 その夫婦の結末

 




 ジオはアシュレイに引き取られ、その下で最低限の読み書きや社会常識を学びつつ、同時に戦う技を教わった。

 エースは週に一度はその様子を見に足を運び、あるいは我が子に接するようにジオへ稽古をつけた。そこにはアシュレイ同様ジオの才能が類希なものであると見抜き、そしてその才能がどれほど輝くのか見てみたいという欲があったし、単純にジオの生い立ちの過酷さへの哀れみと、その中で生き抜くたくましさへの敬意もあった。


 ジオはアシュレイとエースの指導を受けて数年を過ごした。そしてなんとか最低限の常識を身につけたと認められ、ギルドに正式に登録してからは単独で目覚しい活躍を見せるようになった。

 その頃には鬼子の名は凶悪な殺人者に向けるものではなく、十五歳以下という未成年でありながら一端のギルドメンバーとして働き、喧嘩沙汰の多い守護都市らしい粗忽者に向ける侮蔑と愛情のこもった呼び名に変わっていった。



 そしてアールはそんな(エース)とジオを見て育った。

 アールはジオとほぼ同年代であり、スノウとは騎士養成校の同期でもある。そしてアールはスノウを抑え、養成校の首席卒業となった逸材だった。


 そんなアールは幼い時分に一度だけ、ジオと直接戦ったことがある。

 真剣での勝負ではなく、エースが経験を積ませるためにジオをマージネル家の道場に呼んだ際に、無理を言って試合を行った。

 騎士養成校の主席とはいえ当時はまだ中等科で十二歳だったアールと、アシュレイの指導を受け当時はギルド未登録ながらも実力的には上級の壁を見据えていた当時のジオとでは、実力に開きがありすぎた。

 エースは止めたが、アールは聞かなかった。


 そして当然の結果としてアールはジオにあっけなく敗れた。その日の事を、アールは決して忘れることができない。

 エースはアールに失望しなかった。エースはアールを叱らなかった。

 ただ何でもないように、だから言っただろうと、慰めの声をかけただけだった。

 アールはエースからまるで期待されていなかった。

 本来長男であるはずのアールがエースから受け取るはずのものを、受け取っているものがいた。

 それがアールにとってのジオだった。



 ジオとマージネル家の良好な関係は、しかしアシュレイの死を境に大きく崩れることになった。

 アシュレイの死をきっかけに、ジオは街中で暴れる機会が増えた。もともと喧嘩っぱやいジオだったが、アシュレイの死後数年は特にひどかった。

 ジオはアシュレイを殺した犯人を殺そうと探し回り、行く先々で騒動を起こした。

 そんなジオの常識はずれの直感に、警邏騎士を総動員したエースの捜査網、さらには侮辱されたと怒りに震えるラウドとそれを支えるスノウもその情報網で力を尽くしたが、結局その犯人は見つからなかった。

 それは彼らがまだ若く力が足りなかったせいでもあるし、そうでない理由もあった。


 そして結果としては暴れまわるジオと、それを取り締まらなければならないマージネル家の対立が生まれた。

 エースはそれをどうにかしようと暴れまわるジオを諌め、ジオに殴り飛ばされた騎士たちの不満を解消しようと尽力した。

 それでも両者の溝はどんどん深くなったし、そこにはまだ若く血気と嫉妬に燃えるアールの行動も関わっていた。

 エースはそのことに嘆きながらも、しかし名家の当主であり、警邏騎士をまとめるものとしての責務から最終的にはジオとの対立の道を選んだ。

 ケイが生まれるのはそれからおよそ十年近く先のことだ。



 ケイを生んだのはエースの末の娘であるカレンだ。

 アールとは七歳離れた可愛い妹であり、その初恋の相手は父に連れられ道場に通い、敬愛する長兄が――嫉妬は混じっていたものの――戦う者としての目標と認めるジオだった。

 そのカレンにはジオとの縁談もあったが、素行の悪いジオと名家の箱入り娘であったカレンでは釣り合いが取れないというエース以外の家族の反対もあり、流れた。

 そしてカレンは十七歳の時に道場に通う青年に告白され、そちらと結婚した。青年の名はダックスと言った。


 結婚から二年が経ったが、カレンとダックスの間に子供はできなかった。

 長男であるアールは妻が最初の子供を流してしまい、さらにその後の流行病で妻を失ってしまったため子供がいなかったが、それ以外の兄弟や従兄弟達夫婦は多くの子供を産み育てていた。


 結婚して二年で子供ができないことはそう珍しいことではなかったが、子供が欲しいと熱望していたカレンを気遣い、ダックスは学園都市の有名な大学病院に夫婦で訪れた。

 ダックスとしては子供は精霊様からの授かり物だから病院に行っても仕方ないとは思っていたが、妊娠するために病院で医者の助言を求めるのは政庁都市などでは珍しくないという話を聞き及んでいたので、少しでも妻の気が紛れればと訪れた。

 そこで、ダックスには子供を作る機能がないのだと診断された。


 そこから夫婦の仲は少しずつ冷めていった。

 カレンは兄弟や従兄弟達が我が子を慈しむのを、物欲しそうに見ることが多くなった。

 夫婦は同じベッドで寝ることがなくなった。意味がないんだからと、カレンがダックスを遠ざけた。カレンにとって夜の営みは道場での訓練とは別種の痛みに耐えるものであり、子供を作れないその不毛な痛みに耐えるのはとても嫌だった。


 若い夫婦である以上溜まるものはあったが、無理を言って結婚した入婿のダックスは立場が弱く、その事に否ということが出来なかった。

 そんな二人を見かねたアールは何度となく世話を焼いたし、早くに妻を失った身の上から理解できる部分もあったので、次期当主候補という立場に従わせるという体裁でダックスを夜の店にも連れ出した。


 カレンはそんな兄の行為を理解していたが、しかし夫の不貞にまで理解を示したつもりはなく、さらに言えば子供ができないというダックスへの不満は日に日に募っていった。

 ある日、カレンは父親(エース)に愚痴をこぼした。子供が欲しいと、叶わないと分かっている愚痴をこぼした。

 エースはジオが旦那だったらなと、何の気なしにそう返した。


 その当時はまだジオレインとマージネル家の良好な関係を覚えているものは多かった。

 カレンもその一人だったし、さらに言えばジオはカレンにとって初恋の相手でもあった。

 カレンが幼い頃に憧れた青年はその当時、皇剣武闘祭で前人未到の二連覇を果たし、三連覇も確実視されている破格の実力者になっていた。

 そんな魔人に叶わぬ恋をする女性は多かった。


 叶わぬ恋を夢と諦める女性は多かったが、諦めずに玉砕した女性も多く、さらには一夜限りの思い出を作った女性も同じぐらいに多かった。

 マージネル家で下働きをする女性の中にも、そういった人物はいた。ジオは娼婦のフリをすれば誰とでも寝ると、そう教えてくれる人がいた。


 カレンはエースにだけその計画を話し、決行した。

 エースは止めようとしたが、末の娘に『お兄様だけじゃなくて、お父様までダックスの肩を持つの?』と言われて、折れた。

 カレンはダックスが月に最低一度はアールに連れられ娼婦を抱いているのを知っていたし、そのことで娘が傷ついているのをエースは知っていた。


 そしてカレンはジオと一度だけ関係を持った。

 半分はダックスへのあてつけだったから、子供ができなくてもそれでいいと思っていた。

 だがその一度で、カレンは子供(ケイ)を身篭った。


 ダックスが種無しということはマージネル家の一部のものにしか教えていなかったが、しかしそれは知っているものがいるということでもある。

 エースはその一部の、つまりはマージネル家の中心人物を集め『ジオの血を取り入れるため、カレンに関係を持てと命令した。生まれてくる子供はカレンとダックスの子とし、大切に育てろ』と、宣言した。


 エースは非道であると多くの謗りを受けたが、愛娘の名誉を守るためにそれらの一切を否定せず、甘んじて受け止めた。


 その会議の翌日の朝、カレンはダックスの寝室を訪れた。

 新婚当初は寝起きの悪いダックスを起こすのはカレンの仕事だった。

 関係が冷えて寝室を分けてからは使用人に任せていたが、その日はカレンが直接起こしに行った。

 浮気を繰り返すダックスが悪いんだからと、自分に言い訳をしながら、ダックスが素直に謝るなら自分も謝ろうと、そんな都合の良いことを考えながらダックスの寝室に向かった。



 その寝室でダックスは首を吊って死んでいた。



 アールはエースの言葉をそのまま信じたが、ダックスは真実を察していた。

 心から愛した女性が、自分ではない男に恋をしているのを察した。

 カレンの欲しがっていたものを、ジオはたった一度で授けてくれた。さらには多くの女性との経験で鍛えられたジオの技術は、ダックスのようにただ痛いだけのものではなかった。

 カレンの心は完全にジオに惹かれていた。だからこそ、ダックスに後ろめたさを感じていた。

 そんな察した事実に耐えられなくて、さらには当主の言葉からマージネル家がカレンを庇っているのを理解して、ダックスは首を吊った。



 カレンの心も、それで壊れた。

 一時の過ちで心を奪われてしまったが、ダックスは生涯を誓い合って結婚した夫だった。

 色々と思う所があって冷たくしたが、それは愛していないというわけではない。ジオへの熱情は恋と呼べるものだったが、ダックスの事もやはり愛してはいたのだ。


 他の男に体を許したのだって、カレンからしてみればやり返しただけだ。

 子供にダックスの血が入っていないのは確かに裏切りかもしれないが、それでもカレンが子供を欲しがっているのはよく知っているから、今度も理解してくれると甘えていた。

 首を吊って糞尿や唾液を垂れながして汚れる夫を見たカレンは、それで自分の甘えに気がつき、取り返しのつかない死体(あやまち)を前に、心が壊れた。



 カレンはその後、執念で赤子を産み落とし、産み落とした赤子の姿を確認して、眠るように息を引き取った。

 そして生まれたその赤子はケイと名付けられ、アールが引き取った。



 ◆◆◆◆◆◆



 長いようで短い話が終わる。

 要約してしまえばこれは夫婦のすれ違い。妻はマージネル家という大きな力を持つ名家の甘えることが許される令嬢で、夫は言いたいことが言えない立場の弱い入婿だった。

 エースがちゃんと止めていれば、こんな事にはならなかっただろう。

 あるいはアールがもう少しうまく立ち回っていれば、もっと違った結末が待っていたかもしれない。

 だがそれは言っても仕方のないことだ。


「私は、お母様が浮気をして出来た子供……」


 ケイさんが言葉もなく立ち尽くす。

 話しておいてなんだけど、やはり思春期の子供に聞かせるべき内容ではない。

 ただそれでも話した方が良いと思った。


「ケイさん、(うち)に来ませんか?」

「え?」

「普通の家族みたいにってわけにはいかないでしょうけど、もともと家は孤児の集まりですからね。普通からは離れてる。そんな場所で良かったら、一緒に暮らしませんか? もちろん、マリアさんも一緒に」


 私がそう言うと、ケイさんは呆然とした様子で私と親父を交互に見つめた。


「ダメだ!! そんなことは許さんぞ」


 大きな声で反対の言葉を叫んだのは、アール・マージネルだった。


「ダメと言われましてもね。ケイさんは親父の娘ですよ。あなたたちの血縁者(かぞく)でもありますが、騙して人殺しをさせるような人間に親としての権利があるとは思いません」

「――っ!! だがケイを皇剣にまで育てたのは俺たちだぞ」


 その言葉にケイさんがびくりと肩を震わせる。怒鳴り散らすアールは、それが見えているのに見ようとしていない。

 どうしようもない馬鹿だ。


「つまりケイさんが皇剣だから手放せないんですね」

「それはっ」

「ならお金を払いましょう。さて、人一人を成人まで育てるのには平均でいくらかかるんでしたっけかね。あとで調べて、その十倍のお金をお支払いしますよ。それでいいでしょう?」


 私がそう言うと、ケイさんは耐えられないといった様子で体を震わせた。


「ふざけるな、金の問題じゃない。ケイは――」


 そう言って、アールは言葉を詰まらせる。その先を言う資格が無いと、ケイさんを視界に収めて詰まらせる。


「ケイは――の後に、俺の娘だと胸を張って言えないんですね、あなたは」


 アールの心臓が大きく鳴る。その心の揺らぎを把握する。


「本音を喋ってくれませんか。どうしてもそれができないって言うんなら、ケイさんを自由にしてください」

「お前は、何を……」

「あなたは何故、ケイさんに私を殺させようとしたんですか?」


 アールが押し黙る。答えは出せそうにないので、エースに視線でお前が口にしろと、促した。


「二人が死ぬことになった、復讐だろう。逆恨みなのは分かっているだろうが……」


 搾り出すように、エースは己の子の咎を、的外れに告白した。


「それは違いますよ。アール氏は親父に責任があるなんて思っていない」


 そう言うと、その場にいた全員が一斉に私を見た。


アール(あなた)は親父に殺して欲しかった。そうでしょう」





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