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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
3章 お金お金と言うのはもう止めにしたい
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110話 メインイベントを始めよう

 




 アールは沈黙を続ける。ただしその内心の激情は凄まじい。

 どうせ記録されるのは音声だけだ。理屈ではさっさと表面的に謝ってしまえばいいと理解しているのに、それが出来ないでいる。

 それは絶対に行えないと、家の存続と天秤にかかっているのだと、相反する感情と信念がぶつかり合い、とてつもない葛藤を起こしていた。

 だが沈黙を続ければ謝罪の意思が無いという意味になる。


 それを自覚する彼は意を決して口を開き、


「す――」

「まあこれくらいでしょうか」


 私が遮った。


「査問会議としての結論は出たと思います。スノウさん、閉会の宣言をしても良いのでは?」

「ああ、そうだね。クラーラもそれでいいかな」


 私の言葉に、スノウさんはもう一人の名家の当主であるクラーラさんに声をかける。


「ええ、名家の査問会議としては。でも起こした問題に対し、ただこれだけで済ませては罰が軽すぎると思いますから、マージネル家にも何かしらの制裁が必要ではないかしら。

 例えば警邏騎士の重役はマージネル家の血縁者で占められています。今回の件を鑑みるに、やはり身内以外の人間がいた方が暴走を抑えられてよろしいのではないのでしょうか?」

「確かにそうだね。でも都市運営管理についてはここで話すことではないよ。その話は長くなりすぎるからね。

 それではアール・マージネルの家督継承の権利剥奪を以て、今回の査問会議を終了とする。それでは記録装置の停止を」


 クラーラさんの提案にはイエスともノーとも言わず先送りにし、スノウさんは会議室の隅にいたお役人さんに命令をした。

 お役人さんが録音装置を機能停止させたのを確認してから、私は声をかける。


「感謝して欲しいですね、アール・マージネル」

「……恩着せがましい小僧だ。生まれ育ちにたがわず浅ましいな。欲しいのは金か? 好きな額を言え。後で送ってやる」

「ふぅん。会話が録音されないくらいで、ずいぶん強気になるじゃないですか。根性が汚いのはどちらかな」


 アールの怒気が膨れ上がり、それに合わせてそばに控えていたリオウが立ち上がる。

 こちらは親父がテーブルの下でわずかに拳を動かしただけだったが、一触即発には違いない。

 もっともこの場で武装が許されているのは第三者という立場であり、さらに信頼できる社会的地位――皇剣の座――を得ているラウドさんとカナンさんだけである。


 ただしこの場にいる私たちやリオウたちは非武装ではあるものの、会議室の外にはマージネル家の手練たちが待機している。

 武器に関しては入ってきた相手から奪えばいいので大きな問題ではないが、数の差は圧倒的だ。

 ケイさんを含めた皇剣三人が中立でいてくれたとしても、戦力的に見て不利なのは私たちの方だろう。

 加えてこちらには戦闘能力のないシエスタさんがいる。


 スノウさんがはっきりと親父のそばに座れと指定したのには、有事の際にスノウさんたちはシエスタさんを守る気がないという意思表示であり、それは詰まるところ暴力沙汰を起こすなという忠告だろう。

 いくら親父でも会議室の外を囲っているマージネル家の戦士すべてを相手取って、さらにシエスタさんを守るなんて芸当は難しいし、私にしてもデス子の助けがなければ自分の身すら守りきれない。


 しかしそれでも私は強気に言葉を発した。

 賭けられているのは自分ではなく、シエスタさんの命。

 否応なく胃の痛くなる緊張が体を支配し、それを悟らせぬよう不敵に笑った。


「さっさと帰れ、小僧。ここでの争いはお互いに望んでいないはずだ」


 アールがそう言ってシエスタさんに視線を送った。わざわざそう示して教えるということは、いざとなればシエスタさんを人質として最大限利用すると言うことであり、その事を後ろめたく思っている証明でもあった。

 ここで武力に物を言わせれば、向こうは勝てると思っている。実際にはシエスタさんさえ見捨てればそうでもないのだが、もしそうなったとしても私たち二人の死と引き換えに、マージネル家はスナイク家とシャルマー家にその暴挙の責任を問われて零落する。


 アールは強気だが、しかしそれはハッタリ半分、自滅願望半分の危うい精神が言わせているものであり、それは私のように仮神の加護を得ていなくとも、察しのいいシエスタさんやスノウさん、そして彼の父親であるエースなど、わかる人間にはわかるものだった。


「やめろ、アール。その子の怒りは当然のものだろう。大人のお前がそんなことでどうする」

「親父は黙っていろ」

「なにを他人事のように上から物を言っているんですか。そもそも貴方が諸悪の根源でしょう」


 私がそう言うと、アールを諌めた現当主のエースとリオウが同時に目を見開いてこちらを見た。

 アールを挑発する時以上に、はっきりと敵意が混じってしまったせいだろう。実のところ単純な嫌悪感で言えば、私はアール以上にこのエースを嫌っている。

 このエースに明確な落ち度や責任があるわけではなく、その性根も行動も善良なものだが、それでもこの男が親として立派であればと思ってしまうのだ。

 いっそ親父のように気に入らないもの全てを殴り飛ばして、何もかもがうまくいかないものか。


「――お祖父様」


 私の発した敵意で場の空気が凍りついた一瞬に、それまでずっと大人しく押し黙っていたケイの声が滑り込んだ。


「教えてください。お父様と話していたことを、私の本当の父は、そこの、その、ジオレインなんですか?」


 その場にいた全員が押し黙る。

 先もそうだが、名家の当主であるクラーラさんや長く生きているカナンさんもその事は知っていたのだろう。この場で動揺をしたのはラウドさんだけだった。

 そしてそのラウドさんは驚くことのない親父を見て、その後スノウさんを睨んだ。

 まあそんな寸劇は置いておくとして、クライスさんから教わっていないはずの親父も、しかしここに来るまでの間に時折ケイさんのことを妙な目で見ていたからもしかしてとは思ったのだが、やはりその事実を知っているようだった。


「それは――」

「今話すことじゃあない、控えろケイ」

「今こそ、話すべき問題でしょう。口にする勇気がないなら私から伝えましょうか?」


 私がそう口を挟むと、耐え切れずにアールが怒鳴った。


「家族の問題にお前のような小僧が割って入るな!!」

「あなたたちがその家族の問題こじらせたから、殺されそうになったんですよ。こっちはね」


 私とアールがにらみ合う。

 お互いに引くことはなく、割って入るケイの言葉が決着を先送りにした。


「教えて欲しい、セイジェンド」

「ケイ!!」

「私は馬鹿だからっ!!

 いつも周りが気をつかってくれて、それに甘えて、きっとたぶん自分で気づくチャンスはきっとあったんだ。でも心のどこかで知りたくないと思ってた。みんなに嫌われてるのも、避けられてるのも、きっと気のせいだって、理由なんかなくて、ただ私がバカで嫌な奴だからだって、そう思ってた。

 マリアが来てから、少しづつ変わっていったから。

 だから、強くなれば変わるって、皇剣になればもっと変わるって、そう思った。

 でも違った。皇剣になって、ジオみたいだって言われて、そう言われるたびにみんなが余所余所しくなっていった。マリアが来る前と同じくらいに、みんな冷たくなって、私を怖がるようになった。私より強い人だっているのに。

 その事に、理由があったのなら、教えて欲しいんだ」


 泣くような叫び声をあげたケイさんの目に涙は浮かんでおらず、強い意志の光があった。

 私はゆっくりと頷いた。


 これは思春期を迎えたばかりの十五歳の子に聞かせるような話では無いと思う。でも同時に、この子は今のマージネル家に居るべきではないとも思った。

 話をしてどう転ぶかはわからないが、どうせ街の不良連中を預かっているんだ。場合によっては育児放棄されたケンカの強い女の子の一人くらい引き取ったっていいだろう。


「本当なら正しい真実を家族から聞くべきだとは思いますが、そこの二人はあまりに不誠実だ。ただし私が教えられるのはあくまで噂です。それを踏まえたうえで聞いてください」


 ケイさんは頷いた。

 アールはどこか投げやりに、エースは私が知っているのが街の噂だということにどこか安心したように、私が発言することを黙認した。


 常識的に考えて、七歳の私がケイさんの出生の秘密を知っているはずがない。街の噂を聞きかじって、それを披露するのだろうと二人は高を括っているようでもあった。

 それはクラーラさんやシエスタさんも同じで、どこかで言葉を挟もうと準備している感情が伺える。

 だが私はケイさんとクライスさんの夢を見た。

 二人の人生の全てを見たわけではないけれど、まるでこの時を予見していたか、あるいはただマージネル家に対する私の警戒心がそう偏らせたのか、見ることができた二人の人生はマージネル家にまつわるものが多かった。

 そしてその視点を通して、私はマージネル家が秘密とするケイ・マージネルの出生を知っていた。



 ◆◆◆◆◆◆



 今となっては考えられないことだが、ジオレインとマージネル家には良好な関係だった時期がある。

 それはもう三十年近く昔の、アシュレイ・ブレイドホームが存命だった時代だ。

 上級上位の実力者であり、あるいは皇剣の座にも届くと言われたアシュレイは、しかしその女癖の悪さから所属していたジェイダス家の派閥から追い出され、在野のギルド・メンバーとして活動していた。

 女性関係に問題があるとは言え、実力者であり社交的で男気もあるアシュレイをスカウトする派閥は多かった。

 しかし派閥の面倒事から解放されて清々していたアシュレイはどの誘いにも首を縦に振らず、気ままに色ボケした生活を送っていた。


 そんなアシュレイは贔屓にしているお店の看板娘に頼まれて、商会で問題になっている悪ガキを捕まえることになった。

 その悪ガキは毎日どこかしらの店から物を盗んでいった。警邏騎士に被害届けを出しても被害額が小さくてまともに相手をされず、その悪ガキはとても足が速い上に、逃げる際には壁を素手でよじ登ったりもする獣のような子供で、普通の店員にはとてもではないが捕まえられなかったのだ。

 そして頼みごとを引き受けたアシュレイはギルドの仕事もそっちのけで毎日商会の巡回とナンパに勤しみ、その悪ガキを見つけた。


 その悪ガキは話に聞いていた通りのすばしっこさで、壁は登るは、窓から見知らぬ民家に押し入るは、下水にも飛び込むはで、追い詰めるまで散々な思いをすることになった。

 そして追い詰めてからも手ごわかった。十歳かそこらの子供が、上級上位のアシュレイをして手強かったと言わしめる抵抗を見せた。

 まあ無傷で叩きのめしてはいるのだが、それでもなんの訓練も積んでいないだろう子供に手こずった事に、アシュレイは随分と驚かされた。


 アシュレイは悪ガキをボコボコにした後、首根っこ掴んで商会の店々を巡った。

 そこで悪ガキに謝らせ、謝らなければもう一発殴った。そうして被害を受けたお店をめぐり終えて、最後の方はもうそれくらいでとお店の人に言われ、ついでにお礼というか、慰めの品をもらって悪ガキと一緒に食べて、そしてその後で悪ガキを騎士団の詰所に突きだした。


 そこで発覚したことは、悪ガキは悪童、或いは鬼子と呼ばれる連続殺人犯だった。

 殺されたのは全員が路地裏を根城とするストリートチルドレンばかりで、警邏騎士たちは当初それが街の不良同士の抗争によるものだとろくに調べもせずに放置していた。

 だが抗争にしては一度に死ぬ数が少なく、そして死者の所属するチームはバラバラだった。耳ざとい騎士などは不良たちの噂から、それがたった一人の子供の犯行だと知っていた。


 悪童というのは、アシュレイもときおり耳にする名前だった。

 名前もしれない孤児が残飯を漁ったり、酔いつぶれて寝ているものから食料を奪ったりするという話だ。どうやらアシュレイが捕まえた悪ガキはその悪童だったらしい。

 鬼子という呼び名は訪れた警邏騎士の詰所で初めて聞いた。この悪ガキの手による殺しが増えたここ最近になって使われ始めた言葉のようだった。


「よう。なんで殺したんだ、お前」


 その話を聞いたアシュレイは悪ガキにそう尋ねた。

 アシュレイの見立てでは悪ガキの実力は中級下位かそこらだった。アシュレイからすれば無傷で取り押さえられる程度の実力だが、悪ガキにとっては街の不良たちの実力がそれだ。殺さずに叩きのめすぐらいの事はできたはずだった。


「俺を殺そうとした。だから、殺した」


 アシュレイはそれを聞いて納得した。一般人はもとより、荒事を生業とするギルドメンバーからしても異常な考え方だったが、悪ガキの生まれと育ちを考えればそうおかしくもないと感じたのだ。

 この悪ガキにとっては街の中は、アシュレイにとっての荒野(せんじょう)と同じなのだと感じた。


「じゃあなんで商会のやつらを殺さなかった」


 アシュレイは重ねて聞いた。

 この悪ガキにとって、一般人である商会の人間を殺すことは容易いはずだった。路地裏に逃げてから追いかけてきたところを襲えば、人目にもつかない。

 それでも犯人は悪ガキだとバレるだろうし、戸籍も持たないストリートチルドレンではなくまっとうな市民が殺されれば警邏騎士が本腰を入れて捜査し、悪ガキを捕まえ殺すだろう。だがそこまで頭が回っているようには見えなかった。


「俺を殺そうとしなかった。モノをくれるやつもいた」


 その答えを聞いて、アシュレイはその悪ガキを育ててみようと思った。

 しかしながら悪ガキは当然殺人犯なわけだから、詰所の騎士とは揉めた。


 被害者がストリートチルドレンであり、抗争と同様に正当防衛の一面が強かったという事はわかってもらえた。

 あとはいくらか警邏騎士たちに心付けをすればよいのだが、生憎とその時の詰所には頭の固い名家のお偉いさんがいた。

 そのお偉いさんはアシュレイの知己でもあったので最終的には条件付きで悪ガキは見逃してもらえることになり、悪ガキはジオレイン・ベルーガーという名を得た。

 そしてそのジオとアシュレイの出会いに立会い、アシュレイが正しくジオを育てるか監視することを条件とした名家のお偉いさんの名は、エース・マージネルだった。





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