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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
3章 お金お金と言うのはもう止めにしたい
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109話 後が支えているので前座は早めに終わらせよう

 




「だから私は騙されただけで――」

「誰に騙されたんですか、マルク・べルール」

「そ、それは……、マージネル家。マージネル家です。彼らに頼まれて、脅されて、私はあんな嘘を言う羽目になったんだ」

「マージネル家から提出された証拠品の中には、あなたとの会話が録音されたものがありました。そこでは間違いなくあなたの言葉で、中級ギルドメンバーのセイジェンド・ブレイドホームが共生派のテロリストであり、先のハイオーク・ロード防衛戦は彼の自演であると口にしておりました」

「そんな、それは、それは盗聴だろう!! 証拠にはならないはずだ!!」

「通常の裁判であればそうですが、今回の件でそれは適用されません。また今の発言は録音内容が真実であるという自白と取らせていただきます」

「なっ、違う。今のは違う。あくまで法律の確認をしただけで――」

「その弁明は認めません。あなたはこれまで多くの公金横領を重ねており、それらを隠蔽するために多額の資金を必要としていた。そのことに間違いはありませんね」

「嘘だ嘘だ。そんなのは嘘だ。そんな事の証拠が一体どこにある」

「ここにありますよ。多くのお金を動かしておいて、記録に全く残らないと思っていたんですか?

 もっとも正直なところ、貴方がテロリストとして捕まってくれて助かっていますよ。いくら証拠があっても供述と食い違えばそれを証明しなければいけませんし、立場の弱いあなたの部下に責任が押し付けられて主犯であるあなたに逃げられるリスクがありましたから」

「な、なにを……」

「いえ、言い訳ですかね。貴方みたいな人を今まで放置していた自分への。そんな甘えのせいで、取り返しのつかないことになるところでした。

 さて、貴方はギルドの内務スタッフを買収し、本来ギルドメンバーに支払われる給金の一部を着服していました。

 そしてその対象には不自然なまでにセイジェンド氏が何度となく選ばれています。貴方が発言する権利はこれが最後になりますが、何か言いたいことはありますか?」

「ある。あるっ。セイジェンドくん、彼女の言葉は全部嘘だ。ギルドの人間が君のお金を盗んで、それを私のせいにして誤魔化そうとしているんだ。助けてくれ。私はこのままだと無実の罪で殺される。私を憐れに思うなら、君からも何か言ってくれ」

「え? ああ、それじゃあ私のお金を盗んだことは、私からは被害届けを出さず、お金を返せとも言いませんよ。

 特別報酬も入りますし、特にお金には困っていませんから。それでいいですか?」

「あ、いや、ああ、ちがう。そうじゃないんだ。私は何も悪いことはしてないんだ。君からもそう言ってくれ。私は騙されて、殺されそうになってるんだ」

「ふーん」

「そんな態度は取らないでくれ。ベルーガー殿が管制の機器を壊したとき、一筆書いて義援金を送ってくれたのは君だったんだろう。聞いたよ」

「ええ、まあそうですね。もっともそのお金は、賄賂のために使われたそうですが」

「違う。それは嘘だ」

「あれも嘘、これも嘘。あなたは被害者様ですか。まあ送った以上、どう使われるかはそちらのご自由ですもんね」

「――くっ。君は、そう。いつもギルドメンバーの危機を助けてきただろう。君は慈悲深い人間だ。そのはずだ。

 お願いだから私のことも助けてくれ。もし助けてくれたら私に出来ることはなんだってする。私は無罪なんだ」

「……そうですね。確かに私は救援要請があれば可能な限りそれに応えて、助けてきました」

「そうだろう、だから――」

「――だから、あなたみたいに現場で働くギルドメンバーを無用な危機にさらす人間は許せないし、少なくとも管制を含めた私と関与がある仕事に就いていて欲しくはない。

 さらに言えば貴方が死んだところで私の心は痛みませんよ」

「そんな。それは、そう、人殺しと同じだぞ」

「うん? ああ、死ぬとわかっていて助けないのは、殺すのと同じって理屈ですかね?」

「そ、そうだ。君は身を呈して多くの人たちを助けた英雄だろう。先の件でもハイオークにギルドメンバーが殺されるのが耐えられないと最前線に出たそうじゃないか。どうかお願いだ。私を憐れに思うなら――」

「思わないです。人殺しだって罵るんならどうぞ。

 それはもう一年前に経験済みですし、さっきのも見てたでしょう。

 あなたに理解できるとは思わないんですけどね。権利と責任っていうのは、二つで一つなんですよ。

 情報管制室室長っていう立派な立場と権利を気持ちよく使って、楽しく遊んで。そのくせ私と違って戦う力のない保護対象の子供や、命をかけてこの国を守っている戦士たちを軽く扱ったあなたは、本来負うべき責任を放り捨てたあなたは、違う形でその責任を取らなければならない。

 そこからも逃げて、さらに逃げて、多くの責任を後回しにして溜め込んだあなたの末路には、何一つとして憐れむ点はありません」

「ぐっ。この、このっ、お前それでも人間か!! この人間のクズが!!」

「マルク・べルール!! もういいです。彼を連れて行ってください」

「なんだっ、くそっ。放せ!! クラーラ!! 私が今までお前にいくら貢いだと思っている!! 助けろ!!」

「あらあら? 確かに我がシャルマー家はあなたからの献金をお受けいたしましたけど、それは法に則った適正なもの。私個人があなたからお金を頂いたみたいに言わないでください。

 そして献金はお受けしましたけど、犯罪の隠蔽をお約束した覚えはありません。そもそも公権を使って個人に対し便宜を図る約束なんて、違法行為ではないですか。

 ああでも、一つだけ伝えておきましょう。

 差し伸べた手をひっぱたいて落ちるところまで落ちたのは、あなた自身の決断でしょう。その結果くらい甘んじて受け入れなさい」

「うぁぁぁあああああああああ!!!!」



 ******



「大丈夫ですか、セージさん」

「ええ」


 先程まで監査官としてマルクと接していたシエスタが、心配そうにセージに声をかける。セージは軽く頷いてそれに応えた。


「さてと、それじゃあ前座くんの裁きも終わったことだし、本題に入りましょうか。

 エース・マージネル。そしてアール・マージネル」

「ワシを呼び捨てにするとは、偉くなったものだな。スノウ・スナイク」

「ええ、そうですね」


 マージネル家の当主であるエースが皮肉を口にするが、スノウは笑ってそれを流した。

 セージたちが暮らすブレイドホーム家は土地が限られている守護都市において豪邸と呼べる部類に入る。

 だがマージネル姓を持つ血縁者だけでなく、住み込みの門下生や使用人を含めて二百人以上が生活するマージネル家の広さと比べればさすがに規模が違う。

 一同が集った場所はその広いマージネル家の中に数ある会議室の一室。

 マージネル家からは当主であるエースと、今回の件で主犯とされるエースの長男アール、実行犯のリーダーであるリオウが出席していた。そして当然のことながらケイ、マリア、そしてゲイツ一等騎士も同席している。


「さてと、これからのことは査問会議ということになるから、議長はトート監査官ではなく、僕がやらせてもらう。トート監査官は証人の一人として引き続き参加してもらうので、ベルーガー卿の隣に移ってもらえるかな」

「……分かりました」


 やや不服そうにしつつも、シエスタはスノウの言葉に従って議長席を譲った。

 シエスタがマルクとマージネル家を追い詰めるために動いていた間に、スノウはこの査問会議を開催するための下準備を進めていた。

 それを理解し、自分がこの数日間必死に調べてきたことがスノウの手の平の上でのことだと悟っていた。

 利害は一致しているので抵抗する気もなかったが、どうしても不快感は隠しきれなかった。もっともそれは嫌悪や憎悪ではなく、ライバルに出し抜かれた悔しさのようなものだった。


「それじゃあ改めまして、これからマージネル家の査問会議を開催します。内容は中級ギルドメンバー、セイジェンド・ブレイドホーム氏をテロリストとして国家反逆罪にかけ殺害しようとした件になります」


 スノウは会議場の隅にいる役人に手振りで指示を出し、会議場内の会話の録音が開始された。


「それには悪意があるな、スノウ。この会話はすべて録音され政庁都市に送られることになる。今のお前の発言では我らマージネル家が冤罪をでっち上げたと聞こえる。

 先のとおり、我らは先のマルクという犯罪者に騙されただけだ」

「彼はマージネル家にこそ騙されたと言っていましたが、まあいいでしょう。

 それでは訂正して、犯罪者に騙され無実のセイジェンド氏を殺そうとしたマージネル家に名家としての資格があるのかというテーマで、この会議を始めさせていただきます」


 アールはスノウの言葉に、それならば良しと頷いた。シエスタが手を挙げ、スノウが手振りで発言を許す。


「先のマルク氏ではありませんが、マージネル家はセイジェンド氏がテロリストではないと知っていて強硬な手段をとり、殺害を企てた疑いがあります。

 騙されたのではなく、愚かな犯罪者を利用したのではありませんか?」

「彼が愚かだという点については同意するが、あいにくと彼はあの時点で情報管制室の室長という極めて重要な、そして多くの情報を取り扱う部署の責任者だった。

 その彼が内密にと、話を持ちかけてきてな。

 会話の内容は録音したものを提出したとおりだが、彼の立場ならばテロリストの存在を独自に知り得てもおかしくはない。またテロリストの冤罪偽証は重大な犯罪行為と当然知っている立場の人間だ。

 まさかそんな彼が嘘をついているとは思わなかったし、さらにセイジェンド氏はそこの魔人殿の息子だ」

「アール。通称ではなく固有名詞を使うように」


 魔人が誰なのかは誰もが知っていることだが、ここでの会話の内容は記録される。通称で個人を呼ぶのは避けるべきことであった。


「そうだったな。

 セイジェンド氏はそこの魔人、ジオレイン殿の息子だ。

 ジオレイン殿の悪評をここで口にするのは余計だろうが、その息子ならば都市を危険にさらすような悪事を働いてもおかしくはない。

 またジオレインの報復を恐れたマルク氏が秘密裏に話を持ってきてもおかしくないと、そう思い込んでしまったな。

 つまるところは我の不明の致すところだ。まったく恥ずかしい限りだな」

「そうですか。では今回の件はアールさん個人の、人を見る目がなかったということでよろしいでしょうか。

 もしそうならばアールさんには次期名家の当主としての資質に大きく欠けていると、疑わざるを得ません」


 冷静な態度で弁明するアールに、シエスタがそう問いかける。

 これは話の取っ掛りのようなものだ。アールはマージネル家の次期当主候補の筆頭であり、当主候補の中でもはっきりとその地位を抜きん出たものとしている。

 シエスタの下には産業都市のマージネルの道場出身の騎士たちや、彼らから賄賂を受け取った管制官などとの調書もある。

 シエスタが調書を取った際、リオウやその仲間は黙秘を続けたがケイは正直に全てを話した。その調書でははっきりと、捕縛することなく殺せと、アールが不自然な命令を下したことが記されている。

 それら一つ一つは証拠能力の小さなものだが、合わせれば大きな力となる。


 さらにマージネル家から提出されたマルクとの会話には不自然に途切れた部分が有り、間違いなく意図的に削除されている。

 マルクは保身のために発言を二転、三転させているのでその証言に価値はないが、マージネル家の内部には、確実にその会話を聞いたものや削除に関わったものがいる。

 ここでアールの立場を揺るがせば、マージネル家内で派閥争いの内紛を起こすこともできるだろう。

 そうすれば提出した証拠に改ざんをしたという決定的な証言も得られるかもしれない。


 そこまで揃えば未だ地盤の弱いシエスタでもマージネル家に大きな痛手を負わせることが可能になる。

 そのための切り込んだシエスタの最初の一手は、しかし――


「そうだな。私もそれを痛感している。私は当主候補の座を降り、次期当主は弟たちの誰かに譲るとしよう。

 父エースもこの件には心を大きく痛めていてな。次期当主の指導と選定には十分力を入れるだろう」


 ――あっさりと空振りに終わった。


 その場にいたほぼ全てのものが多種多様な動揺を見せた。クラーラやスノウも、表情にこそ出さなかったが、浮かべた笑顔の下でアールの思考を読み取ろうとしていた。

 例外はあらかじめ話を聞いていたエース、そもそも興味を持っていないジオとラウド、そして他者の感情を見抜く仮神の瞳を宿すセージだった。


「なるほど。それではこの査問会議は犯罪者に騙され人殺しをしようとしたマージネル家の名家としての資格を問うためのものですから、簡単に騙され独断で事を運んだアールさんからマージネル家での実権を取り上げることで、体質改善を図るわけですね」

「そういうことだ、セイジェンド・ブレイドホーム。父親とは違って頭の出来も良いようだな」

「そうですか? 私の父は確かに馬鹿ですが、脳みそが腐っているわけではないので、あなたが上から物を言う資格はないと思いますが」


 セージがそう言ってにっこり笑うと、アールはその眼光を険しくさせた。


「誰に向かってものを言っている小僧」

「名家の当主候補でなくなる、犯罪者に騙され人殺しを企てた愚かな一般人に、危うく殺されそうになった無実の被害者が正直な感想を述べたのですよ。

 ああ、しかし確かに年上の方にたいして取るべき態度ではなかったかもしれませんね。

 それでは謝罪を。

 殺されそうになった恐怖とそれより派生する恨みで、少々感情的な言葉を使ってしまいました。非礼をお詫びします」

「……ふん」


 セージの慇懃無礼な態度にこめかみを引きつらせるアールだったが、自らの立場の弱さはよく理解していた。鷹揚な態度を装って、そう頷いた。


「さて、それではあなたも謝罪をしていただけますか?」

「なに?」

「例えそれが過失によるものだとしても、貴方は誤って殺そうとした子供の親に、先程から侮辱的な物言いを続けています。

 はっきりと謝罪が欲しいですね。私の父、救国の英雄ジオレイン・べルーガーに対して、ね。

 それとも先の、己の判断を恥じるという言葉は、この場を切り抜けるための方便ですか?」


 アールは憤死しそうなほどの激情に、その顔を赤くした。

 それを見ながらニッコリとした笑顔を浮かべるセージの横で、ジオは何とも言えない嫌そうな顔をした。





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