108話 大所帯でおしゃべりしながら歩いているのはまわりに迷惑でしょうか
「これから、ですか?」
「スノウ様、それはさすがに性急では? べルール氏の正式な取り調べを済ませてからではないと……」
「いやいや、今回の取り調べは警邏騎士のテロ対策課が中心になる案件でしょ。テロは最大級の犯罪だからね。それに名家が関わっているんだから、都市査問会議も必要になる。当然、査問にかけられる名家が実権を握る警邏騎士たちに取り調べは任せられないから、都市法に従って臨時の調査委員会を発足する必要がある。
その下準備は終わってるから、調査委員会もマージネル家で開いちゃおう。今回の件の関係者全員が一堂に会するんだよ。きっと面白いことになるに違いないね」
にやにやと楽しんでいる様子を隠す気のないスノウさんがそう言って、クラーラさんが絶句する。
「ああ、そうそう。つい先ほどのことなんだけど、姿を隠したマルク・べルール氏に指名手配が正式に出されたね。
これでこの場にいるどの勢力にもそこのべルール氏の捕縛権が発生したんだけど、クラーラはどうする?」
「……やめておきます。どうせ手を出せば噛み付くような罠を用意しているんでしょう」
スノウさんはにっこり笑って、クラーラさんの言葉に返事をしなかった。
「セージ君はもちろん付いて来るでしょ。来ないって言っても重要参考人だから付いて来てもらうんだけど」
「それ選択肢ないですよね。いや、行きますけど」
とりあえずツッコミは入れたが、反対する理由はないのでそう答えた。
「よかった。セージ君が嫌がるとジオさんが怒りそうだからね。納得してもらえるならそれに越したことはないよ。それじゃあセージ君、ギルドメンバーとして改めて彼を逮捕してくれるかな。
ああ、そうだ。ゲイツ一等騎士もちゃんとついて来てね。同僚の方は治療に出しておいてあげるから」
言われたゲイツさんは顔色を青くしながら頷いた。
スノウさんが手振りで示すと、すぐに部下らしき人が現れて、私が地面と仲良くさせて居眠りしている騎士様を運んでいった。
割と機嫌が悪かったのであんまり手加減してなかったけど、騎士様はちゃんと生きてるよ。
怪我もそんなにひどくないよ。
顔面の骨にひびが入って肋骨も何本か折れてるけど、正当防衛だったから私は悪くないよ。
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そんな訳で、みんなで連れ立ってマージネル家にお邪魔します。
私と親父にシエスタさん。
ケイさんとマリアさんにゲイツさん。
スノウさんとラウドさん。
クラーラさんとカナンさん。
あとスノウさんとクラーラさんの護衛が、合わせて十名ぐらい遠巻きに歩いてます。
ちなみにマルクさんは護衛さんが運んでます。
運ばれる前はスノウさんになんだか色々言ってたけど『君の発言はすべて記録し、裁判の際の証拠として取り扱います』と言われたら、弁護士を要請して、『君にその権利はないよ』とバッサリ切って捨てられて黙った。
この国では国防を脅かすと判断された重大犯罪被疑者の基本的人権は認められていない。
一応は法治国家のこの国で、テロリストが拷問で殺されるのにはそんな理由がある。
さてそこそこの大所帯で、有名人も多いので歩いていると注目を浴びます。特にそれは守護都市に昇ったあたりで強くなった。
わざわざ追いかけてくるもの好きはいないが、すれ違った人のほとんどがこちらを振り返って親父やラウドさんの名前を呟き、時折ケイさんやカナンさん、スノウさんにクラーラさんの名前が混じった。
ケイさんに気づいた人たちの中には今回の事件がどうのなんて囁く人もいて、私の名前を上げる人もいた。
「注目されてきたね、セージくん」
「……あんまりいい傾向じゃあないですけどね」
「そうかい? お父さんと別の、でも同じように注目される道を歩み始めたんだから、もっと胸を張ったらどうかな」
スノウさんが楽しそうにそう言った。
この人はあれだ、愉快犯なタイプの人だ。
基本的に目的を見失わないし無用な騒乱を起こすこともないけど、有用だと思った混乱は率先して起こすし、それを全力で楽しむ不謹慎さがある。
私はスノウさんほどアクティブではないけど、その嗜好には少しだけシンパシーを感じてしまう。
ただ混乱の中心に放り込まれたいかといえば、全力で拒否したいところだけど。ケイさんがちょっと悔しそうにしているし。
「僕としてはもう少し慎ましやかに、穏やかに暮らしていきたいですよ。親父と違って」
「俺が騒動を起こしたみたいに言うな。売られた喧嘩を買ってきただけだぞ」
「親父は単に自覚がないだけじゃないか。僕は完全に被害者だからね。襲われる原因があったとしてもそれは親父が悪いんだからね」
私がいつもの調子で親父を非難すると、ケイさんがビクリと体を震わせた。
「ご、ごめんなさい。私は、何も知らなくて、その……」
「えっ? ああ、いえ、それは良いんですが」
「そうだね。騙した人たちの責任をこれから追求しに行くんだから、今は置いておいたほうがいい問題だよね」
スノウさんが意地悪く笑って、そう割り込んだ。許すという言質を私が与えないためだろうか。
「スノウさん。マージネル家に着く前にはっきりさせておきますけど、僕の目的はこれ以上私や家族に害が及ばないよう話し合うことですよ。決してマージネル家に報復することが目的ではないです」
まあもっともそれはあくまで私の目的で、マージネル家が重大犯罪に手を染めたのは事実なので、法の裁きとしてお家取り潰しが決定したとしても庇う気は欠片もない。
そんな私の心を見透かしたようにスノウさんは薄く笑う。
「グライ教頭から聞いていましたが、セイジェンド様はやはり人格が出来ていますね。なぜこのベルーガー卿のもとでこのような子が育つのでしょうか」
「親がひどいと、子供はたくましく育つんです」
「ふふっ、そうですか」
スノウさんとの会話に一区切りがついたところでメイド服のマリアさんがそう話しかけてきて、さりげなくあなたも混ざりなさい的サインを、ケイさんの背中を触って送っていた。
なんとなくマリアさんが、小さな子供が集まって遊んでいる公園で友達になろうと言えない子供をけしかける母親のように見えた。
「そ、そうなの。でもジオは強いから、セイジェンドも強くなったんでしょ?」
「ええ。それは確かですね。このダメ親父は本当に喧嘩だけは強いから手を焼いています」
「なにそれ。ジオの方が子供みたい」
かけられた声に私が返事をすると、ケイさんは安心したように笑った。
ケイさんは生い立ちから人との関わりが表面的で疎遠だったせいか、あるいは戦闘の英才教育を受けたためそれ以外が疎かだったせいか、どうにも実年齢より幼い印象を受ける。
まあ生い立ちを知ったせいで動揺しているのが大きな理由かもしれないが。
「セイジェンドさんは確かにお強いですよね。皇剣一人を含めた上級ギルドパーティーに狙われて生き延び、さらには竜の角まで折るのですから」
クラーラさんがそう声をかけてきて、ケイさんの笑顔がピシリと固まる。
どうも私とケイさんが仲良くなるのは不都合なようで、この発言は狙った上でのようだった。
「あの時はケイさんが暴走を起こしていましたので、それが無ければどうにも出来なかったですよ」
これは事実だ。
暴走を起こしたことで手がつけられなくて何度も殺されたが、しかし暴走を起こしてあのパーティーと連携に齟齬を起こしていなければ突破口はなかった。
扉を開く事ができれば上級パーティーだけ、あるいは暴走していないケイだけを倒すことは何度も繰り返すうちに可能となったかもしれない。だがケイが暴走することなく両者が正しく連携を取れば、たとえ能力が底上げされてもおそらく私が生き延びる道はなかった。
まあ暴走していなければ一度殺されたあとに逃げ切れただろうし、それがなくとも時間を稼げば竜の襲撃や親父達の救援で助かっただろうけど。
とにかく独力であの戦いを切り抜けるにはケイの暴走は、結果的にプラスに働いていた。
「……ねえ、セイジェンド。体がちゃんと治ったら、改めて試合をしてくれない? さっきの喧嘩も負けたし、お願いだからチャンスが欲しいの」
「お嬢様っ」
立場を弁えなさいなんて感じでマリアさんに叱責されて、ケイさんがまたびくりと体を震わせる。
本当に戦闘以外では可愛い女の子といった感じだ。ちょっと頭悪そうだけど。
「あくまで訓練ならいいですよ。ただケイさんが体ちゃんと治ったら僕は相手にならないんで、ちゃんと手加減してくださいよ?」
マリアさんはご迷惑をおかけしますなんて目線で謝ってくるが、私としては別にケイさんに思うところはないし、仲良くすることに抵抗はない。
するとクラーラさんが笑顔のままで感情の中を黒くした。たぶんこれを見透かした人なんかから、陰険姫って呼ばれるようになったんだろうな。
「その時は俺も呼べ。審判替わりになってやる」
そう言ったのはラウドさんだ。
「良いんですか?」
「不満はないだろう。竜との戦いも先の喧嘩もろくに見れなかったからな。それとも見物料が入用か?」
ラウドさんがそう皮肉っぽく片眉を上げる。
私はお金に汚いなんてことは全然これっぽっちもないから、そんなのは要求しませんよ?
……ラウドさんやスノウさんはギルドの関係者だよな。
今度アリスさんに私の評判がどうなっているのか聞いておこうかな。
「そんなのはとりませんよ。
ああ、そうだ。助けてくださってありがとうございました。ラウドさんが親父を連れてきてくれなかったら、あのまま竜に食べられちゃうところでした」
実際には食べられたかどうかは不明な部分があるが、私はそうお礼を言った。
竜はこの国にとって最大の厄災だ。そして精霊から力を授かっているケイさんは、私が殺されデス子の力で蘇り、魔力を得たのを見て暴走した。
その際にははっきりとケイさんのものではない殺意を抱いていた。
デス子がなんの目的で私をこの国に、それも英雄とまで呼ばれる親父の下で育てられるように転生させたのか、理由はまだはっきりしていない。
今は竜が私を助けようとしたことは、私の胸の中にしまっておくべきだろう。
「ふん。ちゃんと礼が言えるんだな。おい、ジオ。お前も息子を見習って何か言うことがあるんじゃないか? どんくさいお前を運んでやったのは誰だったかな?」
「ああ。ご苦労だったな」
思いっきり上から目線で労いの言葉を発する親父に、ラウドさんは無言で殴りかかり、親父はそれを受け止めた。
二人がにやりと好戦的に笑う。
私は親父の脛を蹴り、スノウさんはラウドさんの頭を叩いて、守護都市の危機を食い止めた。
「お世話になったんだから、ちゃんとお礼ぐらい言え、バカ親父」
「これぐらいのことで面倒起こさないでよね、兄さん」
親父とラウドさんが揃って舌打ちし、顔を背けた。
仲いいな二人共。まあそれはそれとして今の対応には腹が立つので、今日の夕御飯は親父はお酒抜きにしよう。
「ほっほ。若いのぅ、二人共。それでセイジェンドや。おぬしは次期の皇剣武闘祭には出るんじゃろぅ?」
「え? いえ、出ませんよ」
次に声をかけてきたのはカナンさんだった。
「……ふむ、それはどうしてじゃ? ああ、来期は出ずにその次に出るのかのぅ」
年齢を考えれば妥当な判断だと、まるで自分を納得させるような寂しげな声でカナンさんはそう言った。それにつられたのかクラーラさんもしんみりした雰囲気になった。
皇剣武闘祭そのものに興味がないんだけど、なんとなく言い出しづらい空気だ。
「私はよくわからないけど、セージさんは十歳でも優勝できそうよね」
「ははは、そんなに甘いものではないと思いますよ」
そう声をかけてきたのはシエスタさんだ。
たぶん去年優勝したケイさんに喧嘩で勝ったからそう口にしたのだろうが、ケイさんの体が完全に治ったら普通にあっちのほうが強いし、私が勝負事に強いのは死んでもやり直せるからという理由が大きい。そして相手を殺すことにこだわらない試合では、その利点が無い。
まあやり直すたびにカルマ値とかの目に見えないヤバイものが溜まってそうだし、そもそも死にたくないからやり直したくもないけど。
「あ、そういえば妹はどうしてました?」
「え、ああ、心配してたよ。入院してる間にお見舞いに来たんだけど、ずいぶんショックを受けてたから、早く顔を見せて安心させてあげないとね」
「そうですか。そうですよね。早く帰らないとですよね」
課外授業から一週間と経ってないはずなのに、もう長いこと家族の顔を見ていない気がする。
夢の中の焼け落ちた我が家、襲われて怯えて、クライスさんが殺され泣き出す顔。そんな光景が記憶にこびりついているから、無事な姿を見て安心したい。
これからも無事な姿で、安心して暮らせるようにしてあげたい。
だから、今は頑張らないとな。
そうして、私たちは雑談をしながらマージネル家にたどり着いた。
そこではギルドの実力者やお役所の人らしき人たちが先に集まっていて、私たちは彼らに案内されるままにマージネル家の敷地に土足で入っていった。
作中蛇足~~こんな会話もされていました~~
マリア「そう言えばベルーガー卿。いつぞやは随分な真似をしてくれましたね」(←病院で襲われいたずらされた事を言っているが、助けてもらったことと病院でケイを殺さなかったことにお礼を言いたい)
ジオ 「何のことだ」(←忘れている)
マリア「……(イラッ)」(←察した)
マリア「ええ、病院のことですよ。夜分に忍び込んでいきなり私を押し倒して、気絶させて、無理やり私の繊細な穴を汚したことです」(←めっちゃドヤ顔)
ジオ 「お、おい!」(←思わずセージを見る)
以下、聞くとは無しに聞こえていた人たち。
セージ 「……」(←性的な意味でないのは察したので、仲いいなーと思っている)
スノウ 「……」(←同じく察して、なんでこのふたりは付き合わなかったんだろうと考えている)
シエスタ「……」(←同じく察したが、心情的にマリアの味方をしたくなり、結果ジオへの好感度が下がった)
クラーラ「……」(←特に興味がなかったので聞いてなかった)
カナン 「若いのぅ」(←ちょっと羨ましい)
ケイ 「……ぅわぁ」(←普通に誤解し、赤面しなが聞き耳を立てている)
ラウド 「……」(←実は誤解していて、すました顔で聞き耳を立てている)