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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
3章 お金お金と言うのはもう止めにしたい
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96話 目的の達成こそが勝利である

 




 それを見たときから、頭に血が上った。

 話に聞いていた小さな子供。養成校に入ったばかりぐらいの子供。産業都市に魔物の軍勢を引き入れ、これからさらに別の魔物の軍勢を引き込もうと工作している共生派のテロリスト。

 子供がテロリストということはそんなにおかしいことでもない。子供が一人で荒野まで出ていることも。共生派は危険な役割を弱い立場の人間に押し付ける糞みたいな組織だから。


 その子供がリオウたちと渡り合うのを見て頭に血が上った。

 正確には子供の体から漏れ出る魔力を見て、全身の血が沸騰した。

 殺さないといけない。

 その事だけで頭の中が占められた。

 こいつは共生派だから、テロリストだからと言い訳のような理屈が、その殺意に身を委ねることを慰めた。


 そう、その時から違和感はあった。

 上級であるリオウたちから逃れられるだけの力を持った子供。

 大剣を振るうたびに、殺意に浮かされる頭の中で、その違和感が大きくなっていった。

 湧き上がる魔力で強化された私にとって、子供の動きは止まって見えるような遅さだった。

 それでいながら、簡単には殺せないしぶとさがあった。

 そのしぶとさは話に聞いていたあこがれの人物に通じるものがあって、その戦闘スタイルは私が理想とするものだった。


 だから、だろう。

 子供に大剣を振るうたびに、自分の体が軽くなるのを感じた。湧き上がる殺意に動かされる不出来な体捌きは、少しずつ洗練されていった。

 ずっとこのまま戦っていたい。

 そう願う反面、それが叶わないことも理解していた。

 目の前の子供は弱かった。生き延びるための技量こそ高かったけれど、魔力量(パワー)が圧倒的に足りていなかった。

 まぐれで一撃入れることができたとしても、それが私の防護層を突破することはないだろう。


 だがその予想は裏切られることになる。

 魔物の中には追い詰めると変態して一時的なパワーアップをする奴がいるが、目の前の子供はまさにそれだった。

 外見は何も変わらなかったが、その身にまとう魔力量は劇的に向上し、今の私に比べればまだまだ低いものの、それでもともすれば殺されかねないと言う危機感を私に与えた。


 私は笑った。

 魔力量や身体能力は未だに私が大きく優っている。それでも殺されるかもしれないという不安と恐怖と、そして抑えがたい興奮が湧き上がり、私を私に引き戻す。

 私は正気を取り戻しながら、同時に与えられる殺意に反発することなく身をゆだねもした。


 ずっと、こういう戦いがしたかった。

 いつも才能があるからと、将来のためだと、安全マージンに気を配られた狩りばかりで嫌気がさしていた。

 皇剣武闘祭も楽しかったけれど、あれはやはりお祭りで殺し合いの雰囲気とは少し違う。

 こんな命がけの戦いを、ずっとやりたかった。


 子供が槍を私に向けて決着を付けようと挑発してくる。

 熱に浮かされた頭では正常に把握しきれないけれど、私の体は限界が近い。そしてそれは、もしかしたら急激なパワーアップを果たした子供も同じなのかもしれない。

 ともあれ私はそれに乗った。乗らない理由はなかった。

 この戦いに決着をつけるのは惜しいけれど、同時にこの子供に勝ちたいと、この子にだけは絶対に負けたくないと、闘志が際限なく溢れていた。



 そして、その闘志に冷水をかけられた。



 子供に礫の散弾が降り注ぐ。遅れてリオウやリムたちが襲いかかっていった。

 私は咄嗟に彼らを斬り飛ばしたくなって、我慢した。

 私の戦いを取らないでと泣き叫びたくなって、我慢した。


 子供はリオウたちの攻撃を当たり前のようにかいくぐって、私を見据えていた。

 来いと、決着を付けようと、先程と何も変わらず訴えかけていた。

 私は歯を食いしばった。

 仕方が無かった。

 敵だから、共生派だから、テロリストだから、ここで確実に殺さないといけないから。冷めた頭に必死で言い聞かせた。


 リオウたちを全員ぶちのめしてしまいたくて仕方が無かった。一騎打ちを邪魔されたのは、どうしても許せなかった。

 それでも、私はマージネル家の皇剣のケイだから、許すしかなかった。

 私は大剣を手に、子供へと突っ込んだ。



 ◆◆◆◆◆◆



 狙いの甘い散弾の礫が上空から降り注いでくる。

 上級の魔法で威力は相応だったが、強化されている今の私からするとその速度は驚異ではない。向こうとしても足を止める牽制の意味で放っているのだろう。

 実際、不用意に動けば流れ弾に当たりかねない。


 まあそれを掻い潜りながら逃げることも可能なのだが、私はあえて足を止めて相手の狙いに乗った。

 ケイへの注意を保ったまま、意識を広げる。私に向けて殺意が突き刺さってくる。


 最初に来たのは短剣使いだ。

 退路を断つように回り込んだ短剣使いがやって来た。一拍遅れて正面から剣士もやって来る。その後ろには槍兵で、さらに後ろから魔法使いも上級の魔法を維持しながら狙撃魔法を発動待機させ、チャンスを窺っていた。


 私は短剣使いに背を向けて、剣士に向けて短槍を向けた。背を向けられた短剣使いは心中で僅かにムッとした感情を生んだあと、足音を立てずに速度を上げた。

 剣士が斬りかかってくる。それは私を切り伏せるためというよりは、背後への警戒を少しでも逸らすための援護の意味が強かった。


 だがそれは私にとって意味のあることではない。

 私に360度死角は無いし、音がなくとも殺気が漏れていればタイミングをとることも容易い。

 私は剣士を相手取るという体を見せながら、短槍の石突きで短剣使いの膝を打った。短剣使いの踏み込みに合わせたその一撃は、容易く膝の皿を砕いた。

 それで重心のぶれた短剣使いのダガーと振り下ろされる剣士の一撃は体捌きだけで躱す。


 短剣使いは決して弱くないが、油断大敵というやつだ。

 私は剣士の間合いを外すためにも短剣使いの後ろに回り込み、ついでに鉈を抜いて短剣使いの手と足を切り裂く。


 短剣使いが倒れこみ、私はさらに後ろに飛んで距離を取る。同時に中級の火の魔法を数発、短剣使いに向けて放った。直撃すれば死ぬだろうそれを、剣士が切り払って助けた。

 私はその隙に岩陰へと隠れ、魔法を放つ。

 今の私にできる最大量の魔力を込めて、上空へ。


 魔法使いが発動していた散弾の魔法を乗っ取り、さらに私の魔力を上乗せしてその威力と速度を上げた。

 効果範囲は私を含めたこの周囲一帯。残念ながら魔法使いは効果範囲に入れられないが、剣士たち三人とケイは十分入っている。

 散弾の魔法は狙いが甘い。どこに落ちてくるかは魔法を維持する私にも詳細に設定できないが、その分効果範囲、持続時間、そして威力は高い。

 もっとも威力の高さは範囲型の魔法にしてはという意味だ。せいぜい中級の魔物を殺せる程度の威力で、上級の彼らに対しては十分な殺傷力を持っていない。ただしそうは言っても何発も直撃を受ければ話は違ってくる。なのでこの魔法への基本的な対策は不用意に動き回らず、回避しきれない礫をしっかりと防御することにある。

 そんな思い込みが、この魔法にはある。


 私は岩陰から飛び出して剣士たちへと肉薄する。剣士と槍兵は負傷した短剣使いを庇いながら、一固まりになって散弾の礫に耐えている。動き回らなければ被害は少ない。

 この魔法をよく知っているからこその対応だが、それは平凡すぎる対応だ。


「――な、おい、ふざけんな!!」


 槍兵が私を見つけて声を上げる。礫は私に当たらない。礫がどこに落ちるか制御しているわけではない。たんに全ての礫が落ちる場所とタイミングを把握しているだけだ。

 私は剣士と槍兵に向けて衝裂斬変異・孤月斬を複数放った。カーブを描いて迫るその衝裂斬は当然、礫の雨霰をくぐり抜けて彼らに肉迫し、そして――


「くっ、がァ!!」


 剣士と槍兵が悲鳴に近い猛りの声を上げる。孤月斬が彼らに迫るのは礫の直撃コースが彼らを襲うのとほぼ同時だった。孤月斬に意識を割いた彼らは、上からくる礫の直撃に頭を揺らされた。

 私は笑みを浮かべ、礫の散弾をくぐり抜けながら彼らとの間合いを詰める。

 散弾の魔法にはたっぷりと魔力を込めた。威力もそうだが、効果時間も十分に伸びている。まだまだこの雨霰は止みはしない。


「ふざけんな!! これは、そういう魔法じゃないんだよ」


 笑わせてくれる。

 確かにこれは奇手奇策の類だ。だがそう思うならこの悪手を咎めればいい。それだけで彼らは優位に立てる。

 それもできずに想定外の一手をありえないと口先で罵るのは――


「――無様だな」


 私の嘲笑に、二人が顔を赤くする。上級の戦士様は、随分と可愛らしい反応をするのだな。


 趨勢は決した。彼らは強いが、それほどでもない。

 形勢の不利を悟った剣士と槍兵が短剣使いを庇うのをやめたので、彼女に直撃させないよう魔法に干渉する羽目になったが――必要がないので制御しなかったが、部分的なものならば出来ないわけではない――それでもこの状況は私の優位を示している。

 私はケイに流し目を送った。君も来いと、挑発の意味を込めて。


 ケイは挑発に乗って突っ込んでくるが、そこに先ほどまでの勢いはない。乱戦になっては援護も出来ないのだろう。後ろに控えていた魔法使いも拳を突っ込んでくる。もっとも戦闘には参加せず、短剣使いを抱えて魔法の効果範囲から逃げていった。もっとも戦意の高さからして安全なところで短剣使いの治療を終えれば、二人とも戦線に復帰してくるだろう。

 それでも私の優位は揺るがない。いや、敵の数が増えたからこそ、私の優位は揺るぎないものになった。


 今の私には二つの武器がある。それはどちらもデス子から貰ったものだ。

 一つは膨大な魔力。これが私の身体能力を大きく底上げし、ケイはともかく上級の人たちには十分戦えるまでにしている。

 そしてもう一つはこれまでもさんざん助けられてきた魔力感知。

 今までは感情を見通し先読みが出来るため、一対一で真価を発揮すると思い込んでいた。だが先のハイオーク戦で気付くことができたが、この力はむしろ集団を相手取った時にこそ私を助ける。

 360度全方位に死角は無く、さらに集中力を高めれば囲んでいる全員の行動予測ができる。それがもたらす恩恵は計り知れない。


「――くっ」


 槍兵がやりにくそうに呻きを上げる。

 上からは散弾が降り注ぎ、私は短槍による肉弾戦だけでなく魔法も交えて攻撃の手を緩めない。だが彼がやりにくい最大の理由は私の攻めだけが理由ではない。


「はぁぁあああああっ!!!!」


 ケイが私同様、降り注ぐ礫を苦にせず襲いかかってくる。だがそれは私のように礫の弾道を見切り避けているのではなく、当たっても気にしないと魔力を高めている脳筋な対処法だった。

 結果としてケイの魔力消耗と魔力供給は速度を増し、自滅へのタイムリミットを早めていた。

 そしてそのケイは私に対する最大戦力であったが、同時に私にとっても最高の相棒(パートナー)だった。


 がむしゃらに動き回るケイの突撃は恐ろしいが、それは剣士たちにとっても同じことだった。

 魔力を制御しきれていないケイの剣圧はそのまま衝裂斬となって突き進むし、私に突っ込み躱されれば同様に後ろに突き進む。つまるところ剣士たちは私とケイの直線上に体を置けなくなっており、それが彼らの動きを鈍らせていた。

 そしてそれはケイにも言える。剣士たちの動きに気を割かれているため、先程までの思い切りの良さが欠けていた。


 ケイ・マージネルという少女は、本来は私にとって与し易いタイプの相手だ。

 距離をとった戦いが苦手で、搦手や駆け引きにも弱い。そうでありながら一方的にやられていたのには身体能力の圧倒的な差もあるが、同時にケイの突進力があまりにも突き抜けていたためでもある。


 一撃一撃が大ぶりのセオリー無視の攻撃には明確な殺意が乗り、こちらも最大威力の技で凌ぐしか手がなかった。

 いや、殺された回数を考えれば到底しのげてなどいなかった。

 突撃バカは私にとって本来は相性の良い相手だが、突き抜けた突撃バカはその限りでなく、先ほどのケイはまさにそれだった。勢いに乗った怒涛の攻撃が、私から余計な小細工をする余裕の全てを奪っていたのだ。


 だが今のケイは同士打ちを恐れて持ち味の勢いを鈍らせている。

 さらにその心には迷いもあるようだ。与えられる殺意に振り回されながら、私に勝つことに躊躇いを感じているようだった。

 その結果、突き抜けた突撃バカは、身体能力が高いだけの突撃バカに成り下がっていた。


 私は小刻みにステップを繰り返し、礫の散弾を避けながらケイに攻撃をさせない位置取りを心がける。こうなってしまえば、ケイよりも剣士たちの方が私にとって脅威度が高い。

 ケイと散弾のせいで連携が取れず十分な実力を発揮できていないが、流石に経験値の高さから次第にこの状況に対応しつつある。魔法使いと短剣使いが戻ってくれば厄介なことになるだろう。その前にこの二人を無力化するべきだ。

 そしてそれはそう難しいことではない。何しろこちらは死んでもやり直せるのだ。気軽に死のうとは思わないが、殺さない程度の手加減を探る余裕もある。


 勝利は見えた。

 デス子から与えられた卑怯な力によるものだが、勝利は見えた。

 このままなら誰ひとり殺すことなく、五人全員を無力化することができるだろう。

 その先のことはまだ考えていないが、少なくともこの戦いには勝利できる。



 そう、このまま何の邪魔も入らなければ。





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