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デス子様に導かれて  作者: 秀弥
1章 お金が欲しい
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7話 忙しい一年だった

 




 五歳になりました。

 この一年はいろいろあって大変だった。


 まず一つ目は、姉さんが珍しくわがままを言って泣いていたので、サプライズでケーキをプレゼントしたことだ。ちょうど誕生日だったし、イチゴのケーキをホールで。

 高かった。一番安いやつなのに高かった。

 前世で部下たちに買った時計よりも手痛い出費だった。市場価値で言えば百分の一にもならないのに。

 でもいいんだ。うん、いいんだ。

 姉さんは私が外に出るようになったことで、ストレスがマッハだったし。



 毎日心配そうに物陰から私が出かけるのを見送っていたし、時折こっそりついてこようとしていた。そんな時はDVとかしないし、たぶん野球のルールも知らない厳ついオヤジに止められていた。

 そして午前中だけとは言え、私が完全にいなくなったことで学級崩壊が起きた。

 妹を筆頭としたセルビア派と、次兄さんを筆頭としたカイン派の全面抗争だ。ちなみに言い換えると、女の子と男の子の意見対立。

 私としてはさせておけばいい喧嘩だけど、姉さんはそうは思わず仲裁に乗り出し、やつれていった。


 ちなみにその問題は、救世主・兄さん(ブラザー・メシア)の登場で解決した。

 これまでずっと訓練漬けの訓練大好き兄さん(ブラザー・マッチョ)が、流石に見ていられなくなったのか助けに来てくれたのだ。

 次兄さんは兄さんに頭が上がらないし、妹の取り巻きはがさつで乱暴な次兄さん達とは違う、優しい年上の男性に目がハートになっていた。

 流石兄さんだ。凄い兄さんだ。これからは敬意を込めてお兄さまと呼ぼう。


「それはやめて」


 ……はい。



 ともかく、そんな毎日気苦労の多い姉さんのために、漆黒の宝石酒(醤油の事です、念のため)を買うために貯めていたお金を放出した。

 いやね、本当はここまで貯めるつもりはなかったんだよ。漆黒の宝石酒(醤油の事です)の市場価格は本来、デコレーションケーキの十分の一以下だもの。

 でも漆黒の宝石酒(醤油です)は農業都市の片一方でしか作られず、守護都市では不人気の調味料なのだ。しかも商業都市や芸術都市では人気なので、そちらで売るため仕入れても守護都市内に出回る数が少ない。

 その少ない数を一部の物好きたちが取り合うため、守護都市内では漆黒の宝石酒(醤油)は調味料としては高級品になる。……人気は無いのに。

 しかも今年は原材料の不作だったとかで高騰しており、産地価格の10倍以上の値段に膨れ上がってしまった。


 もはやイジメだと思いながら、それでも未だ今生で口にしえない漆黒の宝石酒(くどいようですが、醤油です)を求めて、日々こつこつお金を貯めた。

 何が私を掻き立てるのかと思うかもしれないが、毎日粗食を続けていると、貧乏だった学生時代を思い出すのだ。醤油かけご飯とか――あ、間違えた――漆黒の宝石酒かけご飯とか、無性に食べたくなるんだ。

 まあ漆黒の宝石酒(しょうゆ)以上にお米は高いので、それは遠い遠い理想の彼方なのだけれど。

 ちなみに買えるだけのお金は貯まっていたけれど、在庫が無くて入荷待ちの状態だった。

 そして姉さんの誕生日の翌日に、倉庫の奥に仕舞い込んであったものが見つかった。『ごめんよ、坊主』と店の人に謝られたが、すかんぴんなので値下げ交渉する気も起きなかった。



 話が超ずれた。

 姉さんにバースデーケーキをプレゼントして気晴らしになったのは良かった。

 だが後日、ラッピングに使われていたリボンを妹が破ってしまったのだ。

 リボンは当然のことながら煌びやかなデザインで、そういうものに乏しいブレイドホーム家の長女は大事にしまっていた。

 そして時折取り出してにへらーと、笑いながら眺めていた。

 それを見ていた妹が姉さんの部屋に忍び込んで、どういう経緯か分からないが、破ってしまったのだ。


 姉さんは怒った。超怒った。

 妹も自分も悪いと解っているので言い訳せずに黙って怒られていたが、我慢できずに泣き出して、それを見て姉さんも泣き出した。

 さらには弟も泣き出した。

 次兄さんも『お前が余計なことするからだー』と、泣き出した。

 それを聞いて姉さんが『せぇいは、わるぅはうのーー!!』と奇声をあげて更に大泣きした。


 大混乱だ。


 どうしようもないので、おろおろしている親父殿と合わせて放置した。

 非情なようだが、これに関しては兄さんも同罪だと言っておく。



 ******



 次は妹、元気いっぱいでがさつなのは平常運転だ。

 ただ園芸に興味を持ち始めたみたいなので、これ幸いと猛プッシュした。妹には平和な趣味が必要だと思うんだ。

 きっかけは私が家庭菜園をやろうと思ったことだ。

 うちの庭は無駄に広いし、鮮度のいい野菜――特に、保存の効きにくい葉の物なんかは高く売れるし。

 まずは手始めに庭の隅の方の土をほじくり返して柔らかくし、枯葉などを初級魔法で燃やしてその灰を混ぜた。

 そこに、お手伝いでもらったまずい豆を植えた。

 最初は実験半分なので、芽が出ないならそれでもいい。そもそも芽が出る豆かもわからないし。

 メインの目的は、これから家庭菜園始めますよ、っていう家族へのアピールだった。


 そしたら妹が畑を掘り返して豆を食べてしまった。

 妹は私が立ち去ったのを確認して犯行に及んでいるので気づかれていないと思っているらしいが、私の魔力感知の有効範囲を甘く見てはいけない。

 それに妹は有り余る元気に比例して魔力量も多く、その色彩も豊かなのでわかり易いのだ。

 まあ魔力感知で見てなくても、荒らされた畑を見れば一目瞭然なのだが……。


 これは叱ったほうが良いかなと思ったが、まだ家庭菜園をやるとは言ってないし、それに四歳の妹は畑から野菜が採れる事を知らないかもしれない。

 うん。まずはそこから教えよう。

 しかし言葉で伝えても、相手が妹なので伝えられる自信がない。

 なので、毎日畑に水やりをする事にした。

 元々するつもりだったが、芽が出なくても良いとも思っていたが、いまや可能性がゼロになっている。

 まあ目的が変わっているので、そんなにむなしくはないけれど。


 三日ぐらい続けると、妹が姉さんを連れて『なにしてるのー』と尋ねてきた。『水やりだよー、お野菜ができるんだよー』と、会話を組み立てながら、姉さんといっしょに野菜ができる仕組みを教えたり、豆から芽が出ればご飯がたくさん食べられることを教えた。


「セージはいつもみんなのことを考えててえらいねー」


 呑気に姉さんが言ったが、会話が進み、理解していくうちに妹はプルプル震えだした。


「どうしたの、妹?」

「うぇっ、!? な、なんでもないよ?」


 む。謝らずに誤魔化したよ。うーん、どうしよう。

 その日はとりあえずお開きにした。



 翌日から、毎日かかさず畑に水やりをした。

 そして妹はそれを毎日物陰から見つめていた。なんかプルプル震えていた。そして日を追うごとにプルプル幅が大きくなっていった。

 二週間ほど続けてそろそろ妹も限界っぽいので、謝る機会を作ろうかなーと思ったタイミングで、兄さんが妹に声をかけた。

 魔力感知での確認なので会話の内容までは解らないが、妹の中のもやもやはいくらか解消されたようだった。


 おのれ。


 おいしいところを横取りされた気分である。

 仕方ないのでもう一週間水やりを延長して、そろそろ本当にむなしくなってきたので止めた。

『ダメそうだからやり方変えてみるよー』と妹に告げると、泣きながら『あたしのせいなのー』と謝ってきた。

 やはり妹は根が素直なので間を置けば、ちゃんと謝ってくれた。

 もしかしたら兄さんに促されていたのかもしれない。


 その兄さんは妹の頭を撫でているのを見て、穏やかに微笑んでいる。でも笑顔の奥の魔力の揺らぎはわずかな寂しさを伝えてくる。

 きっと妹がちゃんと謝れたことを喜びながら、自分の手から離れたことを寂しがっているのだろう。

 さすが兄さんだ。家族愛に満ち溢れた素晴らしいお兄様だ。


「変な事考えてない、セイジェンド?」


 滅相もありません。



 まあ、それはいいとして、畑の話だ。

 種はちゃんとしたのを手に入れた。

 飲食店の生ゴミ置き場の掃除から始まった〈子供にもできるお仕事計画〉は、順調に第二段階に進み、商店街の人ともコネができた。

 なのでその伝手を利用して比較的育てやすいと教えてもらった苗を買い、肥料やその元になりそうな物を譲ってもらった。

 スコップやジョウロなども古くなって使わなくなったものを譲ってもらった。

 その苗――サツマイモっぽい芋らしい――を植えて毎日水やりや草むしりをしていると、妹が手伝い始めたのだ。


 あの妹が、何も言わなくても、自分からお手伝いを始めたのだ!!

 これもきっとお兄様の教育の賜物だろう。さすがお兄様だ。


「僕は何もしてないからね。あと、あんまりフザケてると怒るよ」


 ……はい。



 毎日水をやって、日々少しずつ伸びていく茎や葉が妹の琴線に触れたらしい。

 もしかしたらあたしが食べなければあの豆も……、なんて事を思ったのかもしれない。

 ともかく妹がやる気を見せているので、私が知る限りの園芸の知識をさずけた。

 ちなみに前世で農家だったとか、家庭菜園に凝っていたという都合の良い話はないので、仲良くなった商店街の奥様からの情報だ。


 妹は熱心に世話をしているのでちょっとずつ私が手を出す量を減らし、妹主体で畑の面倒を見てもらうことにした。

 私は私でやりたい事が他にたくさんあるので。



 などと思って、目を離していたスキに、事件が起こった。



 次兄さんが畑を荒らしたのだ。

 いつものようにサッカーをしていて、ボールが畑を直撃したのだ。

 それだけならそれほど大きな被害では無かったのだが、妹が怒って次兄さんたちと口論になり、なんというかそれは男たちの馬鹿な悪ノリというか、畑を無茶苦茶に荒らしたのだ。

 やれやれ。仕方のない次兄さんだ。もう少し兄さんを見習って欲しい。


 これはもう思い切り叱りつけたいところだが、私の出番は無かった。

 兄さんの出番もなかった。

 恐怖の大魔王ジオレイン・ベルーガーの出番があった。


 あのね、私は耐えられるんです。だって中身は大人だから。

 でも八歳かそこらの子供たちには無理だと思うの。

 何の話かといえば、まあ、親父殿は大人気ないなーって話だ。


 親父殿は激怒していた。

 それまで大泣きしていた妹がドン引きするほど怒っていた。

 そしてそれをまともに受けた悪ガキたちは、それはもう怯えてた。半分ぐらいはチビってた。

 それでも親父殿の怒りは収まらない。

 なので、仕方なく私が口を挟むことにした。


「親父殿、そんなにお芋が食べたかったの?」


 なるべく純真な子供を装って上目遣いで聞いてみた。

 そしたら睨まれた。

『茶化すんじゃねぇよ』って目が言ってる。

 ついでに怒気も叩きつけられる。

 ほとんど隠蔽が解けている親父殿の魔力は、物理的な圧力すら持って襲いかかってきた。

 膝をつきたくなるの圧力を、増幅した魔力の活性化ではね返す。

 道場で向かい合っている時より、プレッシャーがきついのは気のせいでは無いと思う。


「ふんっ」


 親父殿が冷たい目で見下ろし、鼻で笑った。

 私が子供っぽく振舞うのはそんなに気に入りませんでしたか、そうですか。

 親父殿は搦手とか変化球とか嫌いだ。

 仕方がないので、こちらも真っ直ぐに見つめ返す。


『親父殿、やりすぎ』

『今回のは見逃せん。セルビアの心の痛みは、お前のほうが良く解るだろう』

『わかるよ、でもやりすぎ』

『…………』

『子供が馬鹿なことやるのは当然だよ。それを叱るのも。でも、やりすぎ』

『……、ふん』


 以上、目と目でやり取りした会話です。

 フィーリングだけどたぶんそんなに間違っていない。

 一分ぐらい見つめ合って、親父殿が目をそらした。

 もういつものように魔力を完璧に隠蔽し、顔は怖いままだったけど威圧感は霧散していた。


「セルビアに謝れ」


 次兄さんたちに親父殿が言った。

 否もなくすぐさま謝る悪ガキたちに、妹は『ん』と、短く答えた。姉さんとのいざこざを経たあとだったので、妹も成長したなぁー、なんてことを思った。


 粗相をした子もいるので、姉さんがお湯を沸かし、兄さんが洗濯を始めた。二人共初級の魔法は一通り使えるので、そう時間はかからない。

 そちらは任せて、私は妹と一緒に畑の手入れにかかった。

 半分以上ダメになってしまったが、半分近くはまだ無事だ。


「マギーにね。ごめんねって、いおうとおもったの。……お花がさくって、きいたから」


 ぽつりと、妹がこぼした。


「そっか……」


 特に言えることもなく、私は妹を抱き寄せて頭を撫でた。

 この芋、花は確かに咲くが、開花しにくいと聞いてる。

 花壇を作ろうかなと、思った。

 売りさばくには利益率が悪いし、そもそも私は土いじりがあまり好きではないので手をつけるつもりが無かった。

 だがこのブレイドホーム家には綺麗なものとか、可愛いものが不足している。

 情操教育っていうと堅苦しいけど、花壇を作ろうと思った。





 余談になるが、この日を境に子供が数名こなくなった。託児先を変えられたのだ。

 後悔なんてまるでしてない親父殿の姿がいっそ眩しかった。





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