ツイッターノベルまとめ
良い子はとっくに帰る時間。その言葉を聞く度、弥恵は決まって答えるのだ。なら私、悪い子でいい、と。だって夜はこんなにも魅力的で、不明瞭なベールに包まれる事ができるのだ。「もうまったく、誰に似たのかしら」いつの日か、弥恵は母の日記から知る。母が少女だった頃の出来事を。
君の長い睫毛に縁取られたビー玉のような大きな瞳。それを覆う涙の膜を舌の先でぬぐい、そっと取り出したらフライパンでころころと炒る。氷水で冷やして、そうすると、ほうら、小さな星の出来上がりだ。ヒビの入った瞳に光が反射して、まるで宇宙みたい。フライパンはもう使えないね。
携帯電話から聴こえる声は限りなく本物に近づけた合成音。コードブックから選ばれた百合子の音吐であって彼女のそれではない言葉をぼんやり聴きながら、佐江はぽつぽつと相槌をうつ。
「そう……え、なんで?」
この問いも数千とある音から拾いあげられたものとして伝わってしまうのだ。
雨の音は、どこに当たった時に響くのだろう。地面、屋根、水たまり。それから傘や、街路樹、車。けれど何に触れた時に鳴るのか考えてみても、鼓膜を綿毛でくすぐるような雨声の本当には辿り着けそうにない。だからきっと、あの絹糸のおしゃべりは雪になれなかった事を嘆いているのだ。
彼は街を見渡せる公園まで来て言った。一番最初に見つけた星が一緒だったら結婚しよう、と。声音も、表情も、瞳の色さえも明るいのにその横顔が泣きそうに見えるのは、きっと青白い玉兎が含み笑いをしているせいだ。
彼女は、一緒じゃなかったら? と問えなかった。返答が、怖いのだ。
「百パーセント青春で出来たジュースがあったら、僕はまず間違いなく煮詰めるね。水を足しても元に戻らなくなるまで」
少年はブリックパックから最後の一口を吸い上げ、空になったそれをぐしゃりと潰して屑カゴに放る。
「どうして?」
「だってあいつら氷がないと美味しくないんだもん」
「私、自分の子供ができたらやりたい事があるんです」
「それを数学担当の俺に言ってどうしたいんだ」
黒板を拭いながら、教師は視線を移そうともせずに返す。
「先生に言いたかったの。あのね、その子が泣くでしょ? 私が死ぬまで、自分の子の涙を透明な瓶に入れていくの」
男は笑った。
大人になるという事は恥が増えるという事だ、というのが安治の持論だった。子供の頃は道を駆け回っても周りの人は「車には気をつけなさい」と見守ってくれる。けれど見た目も心もすっかりと成長してしまってから全力疾走をしようものなら、「何を必死になってるのかしら」と笑われる。
「溜息を吐いたらその分幸せが逃げると言われてるけど、じゃあ息を吸ったら幸福が訪れるの? 違うでしょう?」
少女は小雨に煙る公園で、スカートが濡れるのも構わずにブランコに座ってきぃと鳴かせる。
「ああでも、幸せの強さと不幸せの強さは釣り合わないのだわ」
彼女は独りごちた。
ちょっと休んでもいいかな。ちょっと深呼吸してもいいかな。本当に、ちょっとだけだからーー。
それに小さく笑って「いいんだよ」と言ってくれる人を少年は探している。彼にあと少しの勇気があったならば、「僕の止まり木になって。代わりに僕は、君に愛を謳うから」と言えたのだろう。
雨が、心のざらつきを落としてくれます。それと判らないくらいの風が、固まった表情を撫でてくれます。だから私は、神様が雲を刺繍し、余りの糸を捨てるこの天気がーー。
「好きよ」
「え?」
「ん、なんでもないの」
ねぇ神様。私にいつか、出来上がったタペストリーを見せてくださいね。
男はいつも防音カーテンをひいていた。仕事に熱中していた彼は言う。電気をつけたまま眠ると、どんなに疲れていても起きられる、と。
「いつか体壊しますよ」
「いいの。恩師に追いつきたいから」
それはアークロイヤルの甘い香りを纏う男の口癖だ。彼は己が愛する煙のように死んだ。
欲しいの。姉は、普段自分の欲求を口にしないおとなしやかな妹を、暫し目を丸くして見つめた。
「何が欲しいの? お姉ちゃんが買ってあげる」
「あのね」
夜が。少女は無邪気に笑う。
「夜?」
「そう。買える?」
姉は街のネオンにすっかり毒されてしまっている闇を思い、首を振った。
「可愛い人。愛らしい人。ねぇ、今、どんな気持ち?」
自分を陥れた男の寝顔を見つめながら、女はゆるゆると瞬きを繰り返しながら、癖のついた髪を撫でる。
「私は三年前あなたに落とされたところから戻ってきたのよ」
彼は返事をする舌を失っていた。
「かわいそうな、人」
女は薄く笑う。
世界は美しい。けれど。
「人間を作り上げた神はさ、きっと前の晩にとてつもなく嫌な事があったんだよ」
「どうして?」
「自分はものを知っている。自分はえらい。そんな風に虚勢で武装して、優位に立とうとする」
それは、少し。妹は小さく嘆息する。
兄の濁った瞳はどうしてそんなにも。
少女は学生鞄に教科書を仕舞いながら、隣の主を見つめた。
「ねぇ、輪子さん」
「はやくして。私急いでいるの」
「ごめんなさい。でもね」
苛々と机を人差し指で軽く叩く主の目が吊り上がってゆく。
「あなたの方が私よりよっぽど才能あるのに、どうして」
寂し気な色を湛えた瞳が瞬かれた。
青年は笑顔で両手を広げた。
「今日は手品だけじゃない。プレゼントもあるんだ」
「手品? 飽きるほど見せつけられたわ」
端っこに座る少女は吐き捨てる。
捻くれた見方しかできない君にはこの鏡を。嘘しか零せない君には白いアネモネを。皮肉しか言えない君に、さて、何をあげようーー。