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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第十二章 天使たち
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 地上より遥か天空。雲よりもさらに上に浮かぶ巨大な城塞があった。天使達が居住する浮遊都市『ラピュラス』。

 ちょうど山塊を刳り貫いたかのような、岩盤が露になった逆三角形の地盤の上に、白を貴重とした巨大な建築物が乗っかっていた。

 帝都ガイラス・ジンにある皇帝の宮殿にも劣らぬ壮麗さを誇る五層の城を中心に都市が広がり、周囲は長大な城壁で囲まれていた。城塞都市がそのまま天空に浮き上がったかのようであり、その威容は、かつて悪魔を葬り、宗教と言う形で人間を支配するのに相応しさを持ち合わせていた。

 人口は約三千とも四千とも言われている。しかし、明確に数えられたこともなく、数える必要もなかった。天使の目的は、地上の人間を『天帝の教え』によって教化し、人間界の平穏を保つことであり、自分達に対する政治や福祉というものが存在しなかった。

 従って警察組織などもなければ、人口統計を取る必要もない。規律を重んじ、自己を律することのできる彼らには法律すら必要としなかった。

 だたひとつ、天使達の上に君臨する意思決定機関というべき組織があった。天界院。天使の中から選ばれた七人の執政官によって運営され、そこから出された布告は即ち天使達の総意となり、時として教会や帝国に深い影響を与えることもあった。


 「ここ最近、教化は順調ですが、どうにも人間界が騒がしくてなりませんな。特に神託戦争からこの方、帝国は争乱続きです」

 天界院に属する教化部(人間への教化度合いを調査する組織)からの資料を読み上げる執政官のひとりゼルハンは、意見を求めるように上座居座る年老いた天使を見た。そこに座るのは執政官の長を務めるスロルゼン。彼も同じ報告書に目を落としていた。

 「それについてはシェランドンの報告を聞こう」

 スロルゼンが細く鋭い目をゼルハンの正面に座る天使シェランドンに向けた。

 「それにつきましては、教会を通して再三警告をしておりますが、あの馬鹿皇帝、自ら火種を拡張するきらいがありまして……」

 でっぷりとした体格のシェランドンが額の汗を拭った。まだ執政官になって日の浅いシェランドンは、スロルゼンの前に出るといつもこの調子であった。

 「それでは話になりませんな」

 スロルゼンから最も遠い席から声が飛んだ。目をやると若い天使が席を立っていた。執政官の中で一番若い天使ガルサノであった。

 「ガルサノ!若造のくせに黙れ!」

 シェランドンが報告書を机に叩きつけ激怒した。普通の若い天使であれば顔を真っ青にしたであろうが、ガルサノは一向に動じない。

 「若造も何も執政官となれば、首座を務められるスロルゼン様を除けば我らは同等のはず」

 ガルサノは恐れるどころか、さらに畳み掛ける。若くて有能なだけではなく、こうやって意気盛んなところもスロルゼンは買っていて、執政官の一人に選んだのだった。

 「やめよ、二人とも。シェランドンは感情を露にするな。ガルサノはもっと年長者に敬意を持て」

 「はっ」

 年長の執政官であっても平気で盾突くガルサノであったが、スロルゼンには従順であった。

 「シェランドンよ。ガルサノの言うことにも理がある。こうも争乱が続いていては話にならんのだ。過度に争乱状態が続けば、人間は新しい価値基準に目覚め、古き秩序を好まなくなる。それの意味することは分かるな?」

 「はい。人間どもが教会を信じなくなり、挙句には天帝様への信仰心も失われてしまいます」

 「そうだ。教会へ再度働きかけよ。天帝様は度々起こる争乱に大変心を痛めておられると」

 「はぁっ」

 と言ってシェランドンは再び汗を拭いた。執政官に選ばれるだけに優秀な天使であることには間違いないのだろうが、その動作がどうにも優雅さにかけ、スロルゼンは好きになれなかった。

 「これにて今回の天界院の会合を終える。皆、ご苦労であった」

 スロルゼンが宣言して、天界院の執政官会議が終わった。


 「まったく、あの若造は年長者に対する敬意というものを知りませんな」

 執政官会議が終了したにも関わらず、シェランドンはその場に居残り、誰に言うでもなく愚痴めいたものを漏らした。他の執政官達は、シェランドンの言動に苦笑しつつも、賛同する者もいるのだろう。すぐには立ち去らず、次の誰かの言葉を待った。

 「ガルサノを執政官に推挙したのは私だ。もしそれが気に食わぬと言うのであれば、謝ろう」

 「い、いえ……スロルゼン様のことを悪く言っているわけではありませんが……」

 「多少生意気でも奴には才覚がある。私はその二つ両方を買っている。若き故の増長など、老人は寛容に許してやらねばなるまい」

 「しかし、ご存知でありましょうか?奴は自らの子飼いを使って人間界で何事か行っている様子。注意が必要ではありませぬか?」

 「私が知らぬと思っているのか?」

 と反問してやると、シェランドンの額から滝のように汗が流れ始めた。スロルゼンはそれで不愉快になった。

 「そうではありません」

 「ならば、自分の職責に励むことだ、シェランドン。人間界の秩序を管理するのはお前の役目であろう」

 「は、はい……」

 シェランドンは額の汗を何度も拭きながら足早に退出していった。

 「あの程度で平静を保てないようでは、執政官としてどれほどの仕事ができるか分かったものではありませんな」

 でっぷりとしたシェランドンの後姿を見送ったゼルハンが酷評した。

 「そう言うな、ゼルハン。奴も執政官になって日が浅い。いくらか機会は与えてやろう」

 「スロルゼン様が仰るなら……。しかし、ガルサノの動き、注視しなくてはなりませんな」

 「聡い奴は一歩二歩先を行こうとする。あやつは我らの目的を知って先回りしようとしているのだろう」

 「それが我らの意に沿うならよし。沿わぬであれば排除する。そういうことでありましょうか?」

 「今しばらくは好きにさせてやろう。そうせねば若者は成長せんからな」

 好きにさせてその果実をもぎ取ってやればいい。スロルゼンはそう思って席を立った。

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