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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第十章 必勝と必敗
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7

 すっかりと夜の帳が下りてしまった。

 周囲が天幕を張ったり、食事の用意で忙しくしている最中、ベンニルはじっと敵軍が篭城している砦の方を見ていた。

 「動かないな。篭城するつもりらしい」

 砦のある辺りには自陣地と同じように篝火が焚かれ、炊飯の煙も上がっていた。その規模から察して敵軍はやはり千名未満であろう。

 「山間の砦に篭城ですか。少々やっかいになりそうですな」

 同じ方向を見ていた参謀が呻くように言った。

 「連中には軍事的才幹を持った奴はいないと思っていたが、多少まともな奴がいたらしいな」

 圧倒的に兵力が劣る場合、軍事の常識として篭城するのが筋である。しかも、要害である方がいい。そういう常識を心得た奴が敵陣営にもどうやらいたようである。

 「まぁ、こちらは大軍。負けようがありませんが……」

 「それは油断と言うものだ。心してかからねばやられるぞ」

 は、はぁ、と恐縮する参謀。しかし、ベンニルとしても負ける要素などないと思っていた。こちらが大軍であるならば、その数を頼んで多少の犠牲を強いてでも正攻法で攻める。それしかないとベンニルは思っていた。圧倒的有利である以上、危険を冒してまで奇策を弄する必要はないのだ。

 「今晩は夜営の兵以外にはしっかりと飯を食わせ、ゆっくりと休ませるんだ」

 「はっ」

 参謀は慇懃に敬礼し、ベンニルの命令を各隊に伝えるべく去っていった。

 「負けるわけにはいかんのだ。私の目的達成まであと一歩なのだから」

 この戦でアズナブールを屠れば、マグルーン以外に次期領主はいなくなる。そうなればベンニルはマグルーンの元でエストヘブン領の政治をほしいままにできる。

 エストヘブン領の下級役人の家に生まれたベンニルは、自らの将来もしがない下級役人になるのだと思い、事実そうなった。

 封建社会とはいえ、下級役人については世襲制ではなく、ある程度の学力を保持していて、役人に縁故があるか、あるいは多少の賄賂さえ支払えば、誰でもなれるものであった。そのため下級役人の子息は、望めば誰でも下級役人になれた。

 しかしベンニルは、下級役人になるには才能と野心があり過ぎたと言っていい。口にこそ出さないが、皇帝なんぞよりも有能であると自負していたし、せめてエストヘブン領の政を一手に行える地位ぐらいは得られて当然であると思っていた。

 だからベンニルからすれば、ただ一日の暇をつぶすために役所に出てきて、大過なく役人としての人生を終了することのみに腐心する他の下級役人など無能の集団にしか見えず、軽蔑した。だが、いくらベンニルが己の才覚を発揮してみせようと、身分社会の悲しさは下級役人は下級役人の階層から抜け出せないことであった。

 ただし、抜け道がないわけではなかった。領主であるエストハウス家の人間に近づき、その縁故を得ることである。ベンニルは、ネクレアに目を付けた。自分と同じ野心的な臭いをかぎ付けたからだ。

 その当時のネクレアの立場は微妙であった。領主であるベストパールが晩年に得た女だけに寵愛を一心に集め、男児まで成していた。ベストパールの長兄であるアズナブールが病弱であることを考えれば、彼女の子マグルーンが次期領主となる確率は高かった。しかし、ベストパールは次期領主については明言をしなかった。おそらくは迷っていたのかもしれない。ネクレアはやきもきとしていたことだろう。そこに付け込むようにしてベンニルはネクレアに接近した。

 『私にお任せいただければ、マグルーン様を次期領主の座にお付けいたしましょう』

 と言った時のネクレアの表情をベンニルは今も覚えていた。まるで淡い恋に期待する少女のようであった。これは男としてもネクレアを誑し込めることができると考えたベンニルは、やがてネクレアと深い仲になった。あるいはネクレアが毎晩年寄りの相手ばかりしていて単に欲求不満であっただけかもしれないが、どちらでもよかった。要はネクレアという領主の妻と繋がりを持てていればそれでよかったのだ。それもこれもすべては自分の才覚を存分に活かし、天下に対して政を行うためであった。

 『そのために馬鹿な小僧を担ぎ出して、あんな年増の相手をしてきたのだ』

 それぐらいのことができなければ割が合わない。ベンニルは何が何でも勝たねばと誓った。

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