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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第十章 必勝と必敗
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3

 アズナブールより軍権を委ねられたサラサは、早速準備に取り掛かった。

 まず最初に取り掛かったのは、軍の中から心得のあるものを選び出し、間諜として野に放ったことであった。マグルーン派の軍がどのくらいの規模でどの時期に来襲するか。その情報を正確に知ることであった。

 同時にジンの協力を得て軍の再編成を行った。二千人近くいた兵は半分以下の八百人程度まで減らされ、留守をしていた兵とあわせても千人に届かなかった。

 サラサにとって幸運だったのは、サラサが軍権に預かってから軍を抜ける者がほとんどいなかったことであった。十数名ほど去った者はいたが、いずれもサラサの指揮を受けるのを嫌がったわけではなく、怪我や病気等で戦うことができないなどの理由からであった。

 「もっといなくなると思っていたが、どうにも馬鹿が多いな、ここには」

 「それならサラサ様は馬鹿の大将ですな」

 「じゃあジロンはお馬鹿の切り込み隊長だな」

 サラサは砦の一室を空けてもらい、そこを執務室とした。中にはジロンとミラ、そしてアズナブール陣営で唯一まともな軍事的素養を持ちえているだろうジンがいた。

 「それでどうするおつもりなのですか?我々は勝てるのでしょうか?」

 「ミラ。人を焚きつけておいて、それはないだろう」

 焚きつけたつもりはありませんが、とミラは小声で言った。

 「こちらの戦力は千人未満。相手は四千、五千は動員できる。まともに戦えば負けるのは当然だ。しかも、仮にこちらが一戦して勝ったとしても、相手はこちらの倍以上の速度で兵を整え、倍以上の兵力を繰り出すことができる。単純に考えれば、我々に勝ち目など微塵もない」

 「そんな……」

 「必勝なんてものはないぞ、ミラ。それは我々にとっても言えることだし、相手にも言えることだ」

 「まぁ、必勝となるかどうかは別として、サラサ様の考えをお聞かせいただきたいですな」

 サラサはジロンを睨みつけた。実戦の経験があるならば、ジロンもサラサと同じことを考えているはずである。あえてサラサの口から言わそうとするあたり、ジロンはやはり意地が悪かった。

 「大前提としては、ここの複雑な地形を利用して戦うしかない。決定的な勝利はできないかもしれないが、相手を疲弊させることはできる。それを続けているうちに、近隣領主による和平工作や、あるいは皇帝による調停を期待する。我々が生き残るにはそれしかない」

 そのためにはまず緒戦に勝たねばならない。サラサは机の上に広げられた地図を凝視した。

 すでにサラサの脳内にはいくつかの作戦案があった。どれを採用するかは、敵の情報を得てからになるだろう。

 「ひとまず兵を休ませよう。ジン、軍の編成と配置が済み次第、休憩を取るように伝達してくれ」

 「了解しました」

 「私も寝る。ベッドの用意をしてくれ」

 一仕事終えたら急に睡魔が襲ってきた。サラサの脳は急速を欲しているようであった。


 妙な時間に寝てしまったせいか、サラサは夜遅くに目が覚めてしまった。このままベッドに中にいても寝付けなさそうだったので、自分で外灯に火をいれ、地図が置いてある机に向った。

 『はたして本当に勝てるか……』

 地図を眺めながら何度もそのことを思った。頭の中で考えている限りではなんとか勝てる。しかし、頭の中で考えていることと実際の戦闘は別なのだ、という冷徹な思考がサラサの中に渦巻いていた。

 「サラサ様、起きていらっしゃいますか?」

 戸を叩く音と共にジロンの声がした。

 「起きているぞ。暇なら入って来い」

 そう言うと、ジロンが入ってきた。

 「流石に『雷神』も眠れないか?久しぶりの実戦を前に緊張しているとか?」

 「ただ年だからですよ。年を取るとどうも眠りが浅くなって、変な時間に寝てしまうと夜中に目が覚めてしまう」

 「私もだ。私も年寄りってことだな」

 「ならば、老練な戦闘指揮を期待しましょうかね」

 ジロンが壁際にあった椅子を引き寄せ、腰を下ろした。

 「さてさて、勝てますかな?」

 ジロンは地図に目を落とした。地図上には敵味方を表す駒が置かれていた。

 「知らん。お前らが勝手に私に戦略戦術の才があると決め付けたんだ。負けても恨むなよ」

 「サラサ様」

 「冗談だ。引き受けた以上、やるだけのことはやる。しかし、相手も負けるつもりでは来ないだろう。どっちかが勝ってどっちかが負ける。だから、負ける覚悟もしておかないといけない」

 「ふふ……」

 ジロンが鼻で笑った。

 「何がおかしい?」

 「いえ……。しかし、よくぞ引き受けられたものだと思いまして」

 「おいおい。ミラ以上に焚きつけたのはお前じゃないか。よくそんなことを言えるな」

 「確かにそうですが、最終的に決められたのはサラサ様ですよ」

 「あそこで断っていたら私は悪役だぞ。人のいい少女が断れるものか」

 そう言ってやると、ジロンは再び鼻で笑った。

 「まぁ、でも、父上の気持ちが少し分かるようになった。以前ならば、父上がどうしてあんなくだらん戦争のくだらない連中に味方したのかと憤ったのだが、きっと色んな人に期待されて断れなかったんだろうな」

 いや、父ゼナルドにとってはくだらない戦争でもくだらない連中でもなかったのだろう。そうでなければ家運を賭けてまで戦わないはずだ。

 「そこまでお分かりならば、ゼナルド殿のきっと浮かばれましょう」

 「そうだといいな」

 サラサは会話を打ち切るように、地図上の駒を動かした。動かしたことに意味などなく、ちょっと泣きそうになったので、それを誤魔化したいだけであった。

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