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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第九章 逃避行
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5

 無事にゼダに着いたジロンは、サラサとミラを置いて一足先にカランブルに入った。

 カランブルに来るのは初めてなので普段の街の雰囲気というものが分からないが、格段変わった様子は見受けられなかった。

 ただ都市特有の活気を感じることはできなかった。こういう大型の都市には大なり小なり市井で生きる人々の活力のようなものが溢れているものだが、ジロンにはそれを感じることができなかった。

 『アズナブール殿の徳が生きていて、今の支配体制を重苦しく思っているようだな』

 これならばサラサの考えた戦略は十分に成功するだろう。問題はアズナブール自身が生きているかどうかであったが、残念ながらその情報を得ることができなかった。ジロンはひとまずゼダに戻ることにした。


 「そうか……。やはりアズナブール殿の所在は掴めなかったか」

 残念そうな口ぶりだが、サラサは予め予期していたのだろう。アズナブールについては、それ以上何も言わなかった。

 「しかし、カランブルの様子は深く沈んでいます。アズナブール殿がそれだけ慕われていたということでしょう」

 「ミラ。カランブルにいる知り合いはいないか?お前と同様にアズナブール殿を押していた人物がいい」

 「いるにはいますが、果たして連絡がつくかどうか……」

 マグルーン派の監視の目は決して緩くないだろう。連絡を取ることも容易ではあるまい。

 「手詰まりか……。こうなれば私がカランブルに乗り込んで……」

 とサラサが何事か言いかけたところで、宿の女将が来客を告げた。

 「来客?」

 サラサが眉をしかめた。秘密裏の逃避行なので来客が来るはずがなかった。サラサは勿論のことながらジロンもミラも、そのことを察し、お互いに目で確認しあいながら剣に手をかけた。ジロンは扉の傍に、ミラはサラサの傍に位置した。

 「入ってくれていいぞ」

 サラサが言うと扉が開いた。もし追っ手だったらここで切り捨てて、一気に脱出するつもりでいた。しかし、次の瞬間、サラサが気の抜けた声をあげた。

 「テナル……?」

 サラサは驚いたとばかりに口をぽかんと開けていた。ミラも驚愕とも困惑とも区別がつかない表情を浮かべていた。

 「お知り合いで?」

 ジロンはひとまず剣から手を離した。尋ねてきたのは平服を見た小柄な男で長剣はおろか短刀も帯びていない丸腰であった。

 「私がメトスで軟禁されていた時に屋敷を仕切っていた男だ」

 「お久しぶりでございます。色々と大変な目にお遭いになったご様子で」

 「お前、確か中央から派遣されていたな。ひょっとしてマグルーン派の人間なのか?」

 ジロンは再び剣に手をかけた。テナルはひっと声をあげて、腰を抜かさんばかりに後ずさった。

 「滅相もありません。私のような小役人が誰それ派などと派閥に属したところで利益などありません」

 「それもそうだが……。どうして私の所へ来た?そもそもどうして私がここにいると知った?」

 「実はアズナブール都督の所在を知っております。それでアズナブール都督の傍にいる者からここにサラサ様がおられるから迎えに行けと言われまして……」

 「見え透いた罠だな。そう言って連れて行かれた先に待っているのはマグルーン派の兵士だろう。ジロン、そいつの首を刎ねろ!」

 サラサがあまりにも毅然と命じるので、ジロンは逆に戸惑ってしまった。しかも、サラサは明確にジロンと名を呼び捨てて命令した。無論屈辱など感じない。寧ろ高揚感さえ湧き上がってきた。

 「ひいいいい。お助け」

 「冗談だ、テナル。お前がそこまで芝居が上手いとは私も思っていない。ジロン、もういいぞ」

 「はっ」

 きっとサラサはテナルを試したのだろう。確かに怯えぶりは芝居ではあるまい。ジロンは剣から手を離した。

 「お前を信じてやるつもりだが、どうしてアズナブール殿の所在を知って、その側近達と連絡を取っているのだ?その事情は教えてくれてもいいだろう」

 「ああ、それは失礼しました……」

 テナルは安堵の表情を浮かべ、語り始めた。

 テナルがサラサとミラがエストブルクへと移ることを知ったのは、エストブルクから帰ってきたコーメルに聞かされた時が初めてであったという。それまでの間、一度たりとも正式な連絡などなく、テナルは茫洋とサラサとミラの帰りを待っていたらしい。

 「呆れた奴だな。おかしいとは思わなかったのか?」

 「思いましたとも。何度もカランブルに手紙を出し連絡を待ちましたが、全然返ってまいりませんでした。だからと言ってお屋敷を空けるわけにもいかず、ずっとお待ちしておりました次第です」

 兎も角もコーメルからサラサの身がエストブルクへと移ったことを知ったテナルは、拍子抜けしたものの、これで自分もエストブルクへと帰れると思ったらしい。

 「ところがです。エストブルクからはやはり何も連絡はなかったのです。要するに私は見捨てられた存在となったわけです」

 テナルは本当に悲しそうだった。

 その間、コーメルが必死になってアズナブールの居場所を捜し始めたので、テナルもそれに協力するようになったのである。

 「どうせエストブルクから見捨てられた身です。ならばいっそうの事、アズナブール都督にお味方しようと思ったわけです」

 「それで、アズナブール殿は見つかったのか?」

 「はい。現在、ここよりさらに北に行きましたバスクチ近辺に潜んでおられます。ただ、あまりお加減はよろしくありません」

 「なるほど。それで私にはどうやって気がついた?」

 「ここら一帯はアズナブール都督に心寄せる者ばかりです。ちゃんと諜報網があり、その中にサラサ様の顔を知っている者がおりましたので、通報を受けたわけです」

 どうやらジロン達の行動は筒抜けであったらしい。

 「事情は分かった。ならば早速アズナブール殿の所へ連れて行ってもらおうか」

 「承知しました。馬車をご用意しておりますので」

 テナルが先に外へ出て行った。

 「サラサ様、よろしいのですか?」

 ジロンは、サラサに耳打ちした。あえて『サラサ様』と言ってみたが、サラサは気にした様子はなかった。

 「よろしいも何も事態を打開するにはこれしかない。それにもしこれが敵の罠だったなら、再び『雷神』のお手並みに期待するだけだ」

 サラサはそう言って不適に笑った。

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