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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第九章 逃避行
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4

 朝食を終えたジロン達はすぐさま出発することにした。幸いにもサラサもミラも馬に乗れたので移動に困ることはなさそうだった。

 「西へ行くとしてひとまず何処へ?」

 ジロンはサラサと馬を並べて尋ねた。

 「とりあえずカランブルへ」

 サラサがそう言い切ったのには多少驚かさせた。今やカランブルは、アズナブール派にとっては敵地のはずである。

 「敵地だからこそ情報が掴める。それに大きな街なら紛れるのに容易いはずだ」

 なるほど、と思った。そういう見方もできるのかとジロンは感心した。

 「それにカランブルは短い期間ながらアズナブール殿がよく治めておられた。駐屯している兵士は別として、カランブルの市民はきっとアズナブール殿に心を寄せているだろう。協力者がいるはずだ」

 「そういうことでしたら、一度カランブルの手前の街で様子を見ましょう。いきなりカランブルに入るよりも、面の割れていない私が様子を探った方がいい」

 「そうだな。リンドブル殿の慧眼がならば安心できる。ミラ、カランブルに一番近い集落は何処になる?」

 「ゼダという村があります。小さいですが宿もあり、カランブルまで半日もかかりません」

 「よし。ひとまずそこだな。たどり着くまで何事も起きなければいいが」

 サラサが来た道を振り返った。追っ手のことを気にしているようだが、これまでのところ追っ手が迫っている様子は微塵もなかった。


 ジロン達の道中に変化が生じたのは、ゼダまであと一日という所まできた夜のことであった。

 あと一日という状況で心が逸ってしまったのか、元来宿泊を予定していた宿場町よりも先の宿場町まで足を伸ばそうとしたら、夜が更けてしまったのだ。今更予定していた宿場町まで戻るわけにもいかなかったので、ひとまず先に進むことにした。

 最初に前方から迫ってくるそれに気がついたのは、先頭を行くジロンであった。月明かりだけが頼りで判然としなかったが、自分達と同じ馬に乗った旅人のようであった。しかし、夜の旅では必須である外灯に火を灯していなかった。

 『怪しいな……』

 咄嗟に判断したジロンは、手をあげて後を行くサラサとミラを止めさせた。サラサ達も何事か察したのだろう。黙って馬をとめた。

 「へへっ。女二人と爺が一人だ」

 向こうの三人だった。先頭の男がしわがれた野卑な声をあげた。無精髭に薄汚れた皮の鎧。抜き身の剣を肩にのせていた。他の男共も同じような格好をしていた。

 『野盗か……』

 神託戦争以来、盗賊が急増しているという。治安を守るべき領主とその兵隊が戦争に明け暮れているのだから、この手の輩が跋扈しているのも当然であった。

 「爺さん。そこの娘と金目の者を置いていけば、命だけは助けてやるぜ」

 先頭の野盗が脅すように剣先をこちらに向けてきた。

 「サラサ様、お下がりください」

 ミラが剣を抜いた。ミラでも十分相手できるだろうが、ここは自分の出番だとジロンは思った。

 『あまり殺生はしたくなかったのだが……』

 しかし、サラサに付き従っていれば、いずれはこういう事態も起きるであろう。いや、もっと大規模に人を殺める機会があるかもしれないのだ。

 「ここは私が」

 ジロンは馬を下りて剣を抜いた。

 「へへへ!爺さん無理すんじゃ……」

 先頭の男があざ笑っている最中であった。素早く踏み込んだジロンは、その男がジロンが動いたと知覚するよりも前にその男の首を刎ねてしまった。一撃一閃。男の首は勢いよく飛んだ後、地面に落ちた。

 「お頭!」

 「てめぇ!」

 残された二人が怒号をあげ、次々と剣を抜いた。しかし、その動作もジロンにはあまりにも遅く見えた。二人が剣を抜いた瞬間には二人の頭は胴から離れていた。きっと恐ろしいとも痛いとも思わなかっただろう。突然のことに驚いた馬だけが、主の胴体を振り落としていずこかへ駆け去っていった。

 「見事だな……。『雷神』の技と力は衰えていなかったな」

 サラサは目の前で起きた凄惨な光景にも動揺している素振りを見せなかった。

 「畏れ入ります」

 ジロンは懐紙で刀身に付いた血を拭い、鞘に収めた。

 「できればこういう機会は少ない方がいいな」

 サラサがそう呟いた。それについてはジロンも同意だが、おそらくそうはならないだろうという予感があった。

 「そうですな。戦争もない盗賊もいない世を早く作っていただかなければなりませんな」

 「まったくだ。我らが皇帝に期待したいものだが、どうにもあれでは怪しいな」

 あるいは貴女が新たな治天の君になるのではないか、と冗談で言おうと思ったがやめた。何やら冗談ではないように思えてきたからだ。少なくとも新たにエストヘブン領を治められるのは彼女しかいないとジロンは思っていた。

 この少女の行く道はきっと血で塗られているに違いない。その先頭を自分が行かねばならないのだとジロンは改めて決意した。

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