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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第九章 逃避行
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3

 ジロン達がエスティナ湖にある領地に戻ったのは明け方近くであった。太陽はまだ姿を見せていないが、地平線はすでに白み始めていた。

 「あらまぁ、男爵様。昨晩お帰りなる予定だったのに帰ってこられないからてっきりもう一晩泊まってくるのかと思っていましたよ」

 「キャロン。ひょっとして起きて待っていたのか?」

 「ははは。違いますよ。私はいつも早寝早起きでございますよ」

 カラカラと笑うキャロン。起き掛けのはずなのに相変わらず元気である。

 「それよりも凄いお土産ですこと。それにお客人まで……」

 「私の大切な客人だ。ちょっと早いが朝食にしてもらえるかな」

 「はいはい。畏まりました」

 キャロンは決して不審がらずに台所へと向かった。すでに仕込み終えていたのか、すぐにスープとパンが出てきた。


 「ところでこれからどうされるつもりですかな?」

 ジロンがそう聞くと、キャロンの朝食に夢中になっていたサラサが手を止めた。

 「ひとまずはアズナブール殿を捜そうと思う。私とミラだけの逃避行では流石に心もとないからな」

 とサラサが言ったが、おそらくそれが彼女の考えている全貌ではないだろう。まだジロンに隠していることがありそうだった。

 「それからはどうなさるのか?それにアズナブール殿が生きているとは限るまい」

 サラサが顔をしかめた。嫌なことを聞く奴だ、ぐらいのことは思ったのだろう。

 「正直なところ、あそこまで脱出計画を練られたビーロス殿がそこから先を何も考えていないとは思えないのですが」

 「ミラといいリンドブル殿といい、私のことを買い被り過ぎだな。私は単なる十四歳の少女だぞ」

 「単なる十四歳の少女が芋の入った木箱や酒樽に隠れて逃避行はしないと思いますが」

 ミラが言うと、サラサは剥れて頬を膨らませた。

 「ところでリンドブル殿はそれを聞いてどうされるおつもりか?まさか、私達を助けた振りをしてベンニル達に売り渡すつもりじゃないだろうな?」

 「サラサ様。せっかく助けていただいたのに、なんてことをおっしゃるんですか」

 サラサの言いようにミラは窘めたが、寧ろジロンは疑うサラサの慎重さに感心した。やはり単なる十四歳の少女とは思えなくなってきた。

 「逆に聞きたいですな。どうして私を頼ってこられた?隠遁生活をしているとはいえ、エストハウス家から領地を拝領している身。普通であるならば、敬遠するのではないですかな?」

 「『雷神』として勇名を馳せた御仁が、いたいけな少女が頼ってきているのに無視したり、敵に売ったりするような真似はしない。私はそう信じた。信じたならとことん信じるまでだ。それで下手こいたら私自身のせいだ。悔いはない」

 そう自信を持って言い切るサラサを見て、ジロンの体は雷に打たれたかのように痺れた。自分の性格を徹底的に見透かされたこともそうだが、全幅をもって信じられたことにジロンは無意識に喜びを感じていた。これがサラサが持っている威厳、上に立つべき者の資質というべきものだろう。

 「そこまで私のことを信用していただいているなら、下手な真似はできませんな。『雷神』の名を下げてしまう」

 「私が想像したとおりの御仁だ、リンドブル殿は。私も聞かれたことを答えねばな。ミラも聞いておいてくれ」

 サラサがジロンとミラに目配せした。

 「アズナブール殿を捜すという目的は変わりない。問題はその先だ。アズナブール殿と合流できたかの如何を問わず、私は最終的には自分の故郷であるコーラルヘブンへ行こうと思っている。アズナブール殿あるいはアズナブール殿に心寄せる者達を糾合し、コーラルヘブンをその拠り所にしようと考えている」

 もし他人が聞けば、小娘が何を言っているのだと嘲笑したかもしれない。しかし、サラサ・ビーロスという少女のことを知ってしまったジロンにしてみれば、単なる笑い話、子供の法螺には聞こえなかった。その目的は壮大ながら、この少女ならばやり遂げるのではないか、という予感があった。

 『私は震えているのか……』

 ジロンは自分が震えているのを感じた。それが武者震いであることはすぐに気づいた。サラサと接し、彼女の口から出てくる一言一句にジロンは高揚感を覚え、忘れようとしていた戦場でのあの感覚をいつしか取り戻していた。

 「ビーロス殿の最終的な目的はよく分かりました。しかし、コーラルヘブンを取り返したとして、貴女がビーロス家を継がれるおつもりか?」

 そのようなことをすれば、マグルーン派だけではなく皇帝も敵にすることになる。そう考えるとジロンはぞくぞくしてきた。

 「コーラルヘブンを治められるとすれば、それはアズナブール殿かそれに準ずる方だ。私はその水先案内人を務めて、領地の一角でももらって静かに暮らすだけさ」

 それがサラサの本心なのかどうかは定かではない。しかし、歴史というものが大きく旋回しているとするならば、彼女をそんな端役で終わらせるわけがなかった。

 「そういうことでしたら話が早い。早速に西を目指すとしましょう」

 「目指すとしましょう?どういうつもりだ?」

 「私もお供いたしましょう。女の二人旅では心細いでありましょう」

 サラサはきょとんとしていた。しかし、すぐに疑わしげな眼差しをジロンに向けてきた。

 「何を考えているんだ?」

 「ただの爺として、若い女性二人だけで旅をさせるのが忍びないだけですよ」

 サラサはじっとジロンを見据えていた。きっとジロンの本心が何処にあるのか考えているのだろう。

 「まぁいいか。確かに『雷神』がいてくれたら心強い。ともかくアズナブール殿と合流するまでは頼むとしよう」

 ジロンは、断られた時のことをまるで考えていなかったが、密かに胸をなでおろした。

 「ということになった。モートン、キャロン、しばらく留守を頼む。もし領都の連中が来たら、そうだな……急用で故国に帰ったとでも言っておいてくれ」

 「畏まりました」

 「はいはい。お早いお帰りを」

 モートンもキャロンの心得たもので、余計なことを一言も差し挟まなかった。この二人であるならば、ジロン達をマグルーン派に売るような真似はしないだろう。

 「やれやれ世の中には酔狂な人間が多いなぁ。なら、ミラ」

 「サラサ様もきっとそのお一人ですよ」

 「言うようになったな……ミラ」

 サラサは唇を尖らせた。ジロンは心躍る思いで二人のことを見守っていた。

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