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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第八章 雷神と少女
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8

 宴席の主催者がいなくなってしまったので、主賓もいなくなってもいいだろうと考えたのだが、運ばれてきた料理がどれも美味しそうだったのでサラサはしばらく留まることにした。

 「ミラ。今のうちにしっかり味わっておけ。しばらくは食うに困るかもしれないからな」

 すでにこの時点でサラサはエストブルクから脱出しようと考えていた。マグルーンがどういう男かを見て、それに失望を感じた以上、エストブルクにいる意味はないとサラサは判断していた。あのような男の庇護下で窮屈な生活を強いられるなど、サラサには到底我慢できることではなかった。

 「ミラ。私の不明を許してくれ。あの時、お前の言葉に従ってカランブルに引き返しておればよかったのかもしれない」

 サラサは本当にそう思っていた。あの時、カランブルに引き返していれば、もっと異なる展開が待っていたかもしれないのだ。

 「許すも何も……。私はサラサ様についていくだけです」

 「そうか……」

 サラサは嬉しさと気恥ずかしさが同時にこみ上げてきて、鶏肉のソテーを思いっきりほおばった。

 サラサは貪るように料理に手を付けた。まるでここしばらくの栄養と美食をここで補充しようという勢いであった。その間、サラサに挨拶に来る者が多かった。エストブルクの官僚、騎士、富商などなど。彼らがどういう意図でサラサに近づこうとするが不明だが、当のサラサにとってはどうでもいいことであった。しばらくすればエストブルクを離れるつもりいるからだ。

 腹が満たされたうえ、一向に主催者が戻ってこないので、今度こそこのまま帰ってやろうと思っていると、正装に身を包んだいかにも品の良さそうな老人が目に映った。清流のような美しい銀髪を後ろに束ね、何者かの話に耳を傾けていた。表向きにこやかにしているが、サラサ同様に根からこの場を楽しんでいる雰囲気など微塵もなく、苛々したように後ろに回した右手の指をせわしなく動かしていた。

 「ミラ。あの者は誰か分かるか?」

 「さぁ……」

 ミラは首をかしげた。そうしているうちに件の老人の方がサラサの視線に気がついたらしく、こちらに向かってきた。老人と称したが、背筋は新兵のようにまっすぐで身のこなしも若々しかった。

 「サラサ・ビーロス様ですね」

 老人ははりのある声をしていた。

 「左様です。あなたは?」

 「はじめまして、ジロン・リンドブルと申します」

 『雷神だと?』

 サラサはすぐさまその異名を思い浮かべ、そして驚愕した。神託戦争の英雄が何故こんなところにいるのかと疑問に思い、あるいは偽者ではないかと思うほどであった。

 同時にサラサは警戒した。ジロンは神託戦争時は皇帝派にいた。サラサの父とは敵同士である。そのジロンがどのような意図があってサラサに接触してきたのだろう。そもそもどうしてエストヘブン領にいるのだろう。様々な疑問がサラサの脳裏を掠めていった。

 「サラサ・ビーロスです……」

 サラサは少し気後れした。

 「そんなに緊張なさる必要はありません。今の私はただの隠居爺で、エストハウス家に少し世話になっているだけです」

 ジロンは腰が低く、丁寧であった。雷神と恐れられた面影は微塵も感じられなかった。

 「はぁ……」

 「貴女のお父上とは多少ご縁がありましてな……。戦時のことながらお父上は気の毒なことに」

 皇帝派に属したものとして、サラサの父の死に対して思うことがあるのだろうか。だとしたら余計なお世話である。

 「そのような気遣いは無用です、リンドブル様。父は弱いから負けて、負けたから戦争犯罪で裁かれただけです。勝者のあなたが気に病むことではありません」

 多少毒のある言葉であったが、それが真実であるとサラサは思っている。父の死に責任があるとすれば、それは父にあるのだ。

 「そうかもしれませんが、貴女は違う。お父上の罪科にいつまでも縛られていて言い訳がありません」

 「それは皇帝陛下に仰っていただきましょう。私に、ビーロス家に科された罪を許し得るのは皇帝陛下おひとりですから」

 また毒づいていしまった。ジロンは困ったように顔をしかめた。

 「陛下への口利きは難しいかもしれませんが、私にできることがあれば何でも仰ってください。でき得る限りのことはさせていただきます」

 『でき得る限りか……』

 サラサの頭に閃くものがあった。ジロンが本気で言ってくれているのであれば、利用できるかもしれない。

 「お気持ちだけはありがたくお受け取りします」

 サラサは丁寧に辞儀をしてジロンに背を向けた。すでにサラサの頭脳は、エストブルク脱出に向けての計画を練るために旋回していあ。

 「ミラ。あの雷神が本物かどうか確かめたうえで、どうしてここにいるのか調べるんだ」

 「はい」

 ミラは余計なことを聞かず、ただ静かに返事をするだけであった。

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