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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第八章 雷神と少女
55/263

5

 サラサ達が領都エストブルクにたどり着いたのは、カランブルを出て五日後のことであった。

 エストブルクは流石に領都ということもあってカランブル以上に殷賑を極めていた。サラサがこれまで見てきた中で一番の都会であった。

 「こういう状況でなければ、楽しい領都観光になったんだろうな」

 街並みの規模は大きく、人の数もカランブルの比ではなかった。馬車の窓から見る全てがサラサの目には新しかった。できることなら馬車から飛び降りて自由勝手に歩き回りたかった。

 だが、そのような希望が叶えられるわけもなく、サラサ達を乗せた馬車は市内中心部にある大きな建物の中に吸い込まれていった。

 「ここがエストブルクの政庁です。領主様のお屋敷もこの奥にあります」

 随行している騎士からは一言もなかったので、代わってミラが説明してくれた。

 「ほう……」

 一見してもその全貌を拝むことができなかった。カランブルの庁舎などこれに比べれば掘っ立て小屋である。

 「ミラはここの出身なのか?」

 「はい。ちょうどサラサ様の年齢ぐらいまでは。その後は父の仕事で転々と」

 「久々の領都ってわけだ」

 そうですね、と言うミラの目には故地を懐かしむ様子はなかった。アズナブール派の彼女にとってはここは敵地なのだ。

 『おそらく私にとっても敵地なんだろうな……』

 少なくともアズナブールほどの歓待はされないだろう。サラサのそういう予感は当たるのであった。

 厩舎で馬車を降ろされたサラサは、ここでコーメルと別れることになった。ここに定住する以上、馭者はもはや必要がないということであった。

 「お嬢様、名残惜しゅうございます」

 「私としてはコーメルにもいて欲しいのだが、先方が許してくれなくてな。すまん」

 「メトスに戻りましては、私はお嬢様の馭者でございます。いつか必ずお呼びいただけることを期待しております」

 「そうなることを私も望んでいる」

 そうは言ったが、叶えられることはないだろう。サラサは、そんな寂しさを抱きながら、肩を落としながら帰るコーメルを見送った。


 その後、サラサ達は兵士達に案内されて政庁の建物に入った。これが一体何の建物なのかまるで分からないまま、黙って先導する兵士に付き従った。

 不愉快になるほど真っ赤な絨毯を上を歩き続けていると、ようやく何処かの部屋に通された。縦長の部屋で、奥まった壁際には重厚な装飾をほどこした椅子が置いてあった。

 『領主との謁見の間か……』

 しかし、領主の姿は見えなかった。代わりにロングスカートを見た女性が椅子の傍に佇んでいた。

 「これはサラサ・ビーロス様。長の旅、お疲れ様でした」

 長身の女性であった。それなりに美しかったが、年は決して若くないように見受けられた。自らを美しく見せようとする努力と苦労が全身から見て取れた。

 「はじめまして。ネクレア・エストハウスです」

 ネクレア・エストハウス。ベストパールの第二夫人で、マグルーンのご母堂。サラサは、自らの脳内書庫からその情報を引き出した。

 「これは丁寧な挨拶いたみいります。サラサ・ビーロスです。早速で恐縮ですが、ご領収様に挨拶をしたいのですが」 

 「まことに残念ながら、我が夫は病に倒れ、亡くなりました」

 隣でミラが息を呑むのが聞こえた。サラサは予期していたことだったのでそれほど驚くことなかった。

 「それはまことに残念です。お悔やみ申し上げます。で、いつお亡くなりになられたのですか?」

 サラサの質問にネクレアは困惑した様子で眉をしかめた。

 「つい二日ほど前です……」

 二日前というのが本当かどうか定かではなかったが、おそらく亡くなっているのは事実であろう。

 「ご領収様もさぞお辛い状況で亡くなられたことでありましょう。実子が謀反を企ててその討伐命令を出さねばならなかったのですから……」

 「はい。夫は間際までそのこと気にかけておりました。しかし、父としての情よりも領主としての責務を優先されました」

 心にもないことをよくもぺらぺらと喋るものだとサラサは感心してしまった。

 「それで次期領主様はどなたになられるのですか?ご挨拶をしたいのですが」

 ネクレアの表情が曇った。素直にマグルーンの名前を出してくると思ったのだが、どうも様子がおかしかった。

 「ビーロス様。そのことはまた後日といたしまして、今日はゆるりとお休みください。お過ごしになれる屋敷もご用意しておりますので」

 ネクレアは言い終わるとすぐさま人を呼んだ。取り付く島もないようだったので、サラサはここは素直に従うことにした。

  

 サラサに宛がわれた屋敷というのは、エストブルク政庁にほど近い官庁街の只中にあった。この屋敷に移るにあたりひと悶着が起こった。厳密に言えばサラサが起こしたのだ。

 サラサがエストブルクでマグルーン派の管轄下に入ることによって、サラサの世話役、身辺警護をしていたミラはお役御免となった。しかし、ここでサラサが得意の我儘を発動し、ミラでなければ世話を見ることができないという状況になり、わずか一日にしてミラは復帰したのであった。これはミラが解任されることを想定して事前に打ち合わせていたことであった。

 「今更、他の奴に面倒を見てもらうなんてできるものか。それにここでは信頼できるのはミラだけだからな」

 「サラサ様……」

 一日ぶりに再会した二人はそんな会話をして微笑みあったが、その笑みを瞬時に消し去る情報がもたらされた。

 「カランブルが陥落しただと!」

 情報をもたらしたのは市内に買出しに出ていたミラであった。正式発表はないが、市中ではその噂で持ちきりであったという。討伐軍を率いていたベンニルも凱旋の途に着いているという。

 「アズナブール殿の消息は?」

 「そこまでは……」

 ミラは憔悴していた。情報を仕入れてきた彼女ですら未だに信じられないという感じであった。

 「ミラ、落ち着け。カランブルが陥落しただけのことで、アズナブール殿は何処かへ落ちたかもしれんぞ」

 「そうですね……」

 と言いながらもミラの顔から悲壮感が抜けることはなかった。

 「アズナブール殿のことも気になるが、これで名実共にマグルーンは新しい領主となれるはずだ。でも、未だに発表しないのはどういうことだ?私はそっちも気になる」

 「確かにそうですね」

 「その方が奴等にとってはアズナブール殿を討伐する大義名分はより正当性を増すはずなのにな。案外皇帝からの認可状がまだ降りていないのかもしれないな」

 そうだとすれば、まだアズナブールにも逆転の目はある。今はアズナブールが上手く逃げ出したことを祈るばかりであった。

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