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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第七章 獅子達の時代
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5

 カランブルへは馬車で行く。供をするのはミラと馭者のコーメルのみであった。コーメルは、馬の世話が三度の飯よりも好きという篤実な老人で、馭者には相応しいが護衛としては心もとない。テナルはもっと供の者を増やすべきではないかと言ったが、サラサは断った。煩わしいだけである。

 「そういうばカランブルは一年ぶりになるか……」

 確か前任の西部鎮守都督である何某が病に倒れ、その見舞いにカランブルを訪れたのが約一年前になる。その時も今回と同じで供をしていたのはミラとコーメルであった。

 「そうですね。あの時は少々慌しかったですけど」

 ミラが苦笑気味に言った。サラサが軟禁されている屋敷からカランブルまで馬車で約半日かかる。一年前は早朝に屋敷を出て、一時ほど病人を見舞い、その日のうちに屋敷に帰ったのである。就寝したのは明け方近くであった。

 「あの時は大変だったな。だが、今回は泊まり先も用意してくれている。それだけでも立派な都督じゃないか」

 なぁ、とサラサが同意を求めるとミラは、はぁと気のない返事をしたので、この話題はそれまでとなった。

 馬車は平原を只管西へと進んでいく。一応、ちゃんとした街道を進んでいるのだが、すれ違う人も追い抜いていく馬車もない。轍すらはっきりとしていないのだから、この街道の交通量など知れたものである。

 ミラとの会話が途切れたので薄らぼんやりとそんなことを考えながら外の景色を眺めていると、馬が二頭近づいてくるのが見えた。いずれも人が乗っていた。

 『何だ……。あんな道もないところから……』

 しかも、黒いマントにフードを深く被っていて、風貌がまるで分からない。危ない、サラサの直感がささやいた。

 「コーメル!私がいいと言うまで馬を止めるな!突っ走れ!」

 「は、はい!」

 馭者のコーメルが馬に鞭を入れた瞬間であった。黒マント達は背後から弓と矢を取り出し、こちらに向って矢を放ってきたのである。

 「ひい!」

 「止まるな!コーメル。こっちも向こうも動いているんだ。そうそう当たるものではない!」

 「は、はい!」

 コーメルはサラサの言葉を信じきったのか、さらに馬に鞭を入れる。その間も矢は放たれるが、馬車が通った道に突き刺さるだけであった。

 『しかし……』

 こちらは人を三人乗せた馬車。向こうは軽快な騎馬。やがて追いつかれてしまうのは目に見えていた。

 「サラサ様。このままで追いつかれます」

 応戦します、とミラが座席下に格納されていた弓と矢を取り出す。

 「やめておけ。車窓から身を乗り出して応射しても無駄だ」

 騎馬が距離を縮めてくる。後につくか、前に出てくるか。前に出られて馬とコーメルを射られてはまずいことになる。

 「コーメル。右に曲がれ。少々難路だが、大きな街道に出る。人通りがあれば奴らも襲ってこない」

 「しょ、承知しました」

 コーメルは馬車の進路を右に取った。でこぼこ道であったが、馬の扱いに長けているコーメルは速度を落とさず馬車を進めていく。反面、馬車の中にいるサラサとミラが受ける振動は相当なものだった。

 『射殺されるよりましだ。堪えろ!』

 サラサは、胃からこみ上げてくるのを我慢しながら自分に言い聞かせた。

 やがて襲撃者達はサラサの意図に気がついたのだろう。急に馬を反転させ、サラサの視界から消えていった。

 「サラサ様。去っていきました」

 「そのようだな。コーメル、よくやったぞ」

 サラサが窓から身を乗り出し、見事に賊を振り切ったコーメルを褒めた。コーメルは微笑をもって応えた。

 「それにしても盗賊でしょうか……」

 「さてな……」

 サラサは言葉を濁したが、盗賊ではあるまいと思った。盗賊であるならばもっと大人数で容赦なく襲ってきただろう。

 『要するにこれは警告だな』

 サラサをアズナブールに近づけたくない者たちの仕業だろう。あるいはそう思わしたいアズナブール派の工作だろうか。

 『どちらでもいいが……私の動きは読まれているのは確かだな』

 サラサ達がカランブルに向っていることを知る者はそう多くないはずである。そうなればミラのことも疑って掛からなければならない。

 「どうしましょう、サラサ様。このまま大街道に出ますか?」

 「そうだな。そのまま大街道を行こう。少々遅くなるが、また襲われるよりいいだろう」

 コーメルが尋ねてきたので、サラサはそう返した。

 「よろしいのですか、サラサ様。約束の刻限に遅れますが」

 「やむを得ないだろう。先方には到着してから適当に言い繕えばいい。ミラ、このことは他言するなよ」

 「は、はい」

 ミラは少々納得いかない様子だった。

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