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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第五章 元聖職者達は悪しき風習に立ち向かう
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 「で、私達は北へ向うわけだ……」

 サイラス領の領都ドノンバを出たエルマとシードは、相談したわけでもないのに二人揃って自然と北へと足を向けていた。あまりにも自然な流れだったので、エルマとしては苦笑せざるを得なかった。

 「エルマさん、口では悪ぶったことばかり言っていますけど、やっぱり根はやさしい、いい人なんですね」

 「ば、馬鹿!違うわ!」

 結果としてサイラス領北部の村で行われているという生贄の儀式を邪魔しにいくわけだが、エルマが行動を起こした動機はシードのような人助けとは違っていた。

 魔獣であることを騙り悪さをしている連中がいる。エルマは、この生贄の儀式についてそう思っていた。

 酒場で聞いた話を総合すると、ほぼ間違いなく村の連中が騙されている。魔獣は本能的に人を襲うが、生贄を取るなんて回りくどいことはしない。それに人語を解することもできないから、人間とのやり取りもできないはずだ。

 あるいは、村人達が魔獣と悪魔を勘違いしているのかもしれない。悪魔は人語を解することができるから、悪魔としての品性が下劣な奴であれば生娘の生贄を欲する者もいるだろう。だが、マ・ジュドーもそうであるように、基本的に悪魔は教会を嫌う。だから、教会領の中で悪魔が何十年も居座って、生活をしているとは到底思えないのだ。

 悪魔が悪さをするのはいい。悪魔とはそういう生き物なのだ。しかし、性根の悪い人間どもにそれを利用され、悪事の隠れ蓑にされるのがエルマには我慢できなかったのだ。

 「悪魔にも矜持ってものがあるのさ。人間どもの悪さを悪魔のせいにされるのが真っ平ごめんなだけだ」

 「そうですね……」

 シードは神妙な面持ちになった。人間が絶対善ではないことを痛いほど思い知らされたからだろう。だからこそ、シードは人助けという行為をむきになってやろうとしているのかもしれない。

 ともかくエルマとシードは、ドノンバで一泊すると、北へ向かった。目指すはテリンデルという村だ。エルマ達が得た情報では、昨年生贄を出したのはその村であるらしい。実際に今年生贄を出すのはホーランという村らしいが、そこに乗り込む前に情報を収集しておこうとエルマが提案したのだ。

 テリンデルに向かう道中、湖が見えたのでそこで休憩することにした。湖畔に腰を下ろし、ドノンバで買った弁当を食べていると、馬車と馬が音を立てて近づいてきた。

 「げっ!」

 見てみると、馬車には教会の紋章である『両翼十字』が描かれていた。しかも馬に乗っていたのは教会であった僧兵であった。

 「どけい!」

 先頭の僧兵が集団から離れこちらに向かってきた。右手に持った槍でエルマ達を追い払うような仕草をした。

 「何だよ!」

 教会とは関わりたくなかったが、そんなあしらいをされては黙っていられなかった。エルマは喧嘩腰に怒鳴った。

 「あれが見えんのか?当領の司祭長様であるぞ。ここで休憩されるので、どけと言っているのだ」

 僧兵はあくまでも高圧的であった。普段から慈悲とか何とか言っている連中には到底思えなかった。

 「はん?何言っているんだよ。ここは私達が先に腰を下ろしたんだ。そっちが別の所に行けよ」

 「何だと、貴様!」

 僧兵は今にも槍を動かし、エルマの喉元に突き刺さん勢いであった。

 「エルマさん、行きましょう」

 シードが袖を引っ張った。

 「でもよ……」

 こんな奴らに屈する必要はない、と言ってやろうとエルマは振り向いた。袖を引っ張るシードは、エルマもぞくっとするほど怖い顔をしていた。シードもこの教会の連中に怒りを覚えているのだろう。

 「ふん!」

 シードに免じて素直に引き下がることにした。エルマはシードと立ち上がり、その場から離れた。

 「何だよ、ありゃ。でかい湖なんだから、他にも場所があるだろうによ」

 エルマが歩きながら振り返ると、僧兵達が天幕を張り始め、馬車からは数名の高僧と思しき男達が出てきた。

 「きっと自分達の権威を見せ付けたいんですよ」

 シードは素っ気なく言った。

 「悪魔の私が言うことじゃないかもしれないが、ブラシスの方がよほど聖職者らしかったぜ」

 「ブラシス司祭なら悪魔に言われても喜びますよ」

 シードはにこりともせずに言った。冗談なのか真面目に言ったのか、エルマには分からなかった。


 エルマとシードが目的のテリンデル近辺に着いた頃には夜になっていた。

 「しかし凄い田舎だな。カーブも相当田舎だったが、ここは輪をかけて田舎だな」

 山岳にある小さな村。カーブには雄大な麦畑があったが、ここには未開の山林があるばかりであった。

 「どうやって生活をしているんだ?この辺に住んでいる連中は」

 どう見ても工業はおろか農業する行われている気配がない。あるいは狩猟でもしていて、毛皮などを売っているのかもしれないが、産業と呼べる程度のものではないだろう。

 「自給自足でもしているんですかね」

 「さてね。どちらにしろ、こんな所じゃろくに情報なんて入ってこないから、未だに生贄なんて馬鹿げた儀式をしているんだよ。閉鎖された世界ってのは恐ろしいな」

 情報は時として実際の武器よりも恐ろしい。人ひとりだけではなく、集団で操作することができる。エルマがいた魔界もまた同じであり、そのことをふと思い出してしまった。

 「あ、篝火が見えましたよ」

 細い山道の先に篝火の光が浮かんで見えた。

 「やれやれ。ちょっくら休ませてもらうか……うん?」

 エルマ達が歩いている山道と並ぶようにもうひとつ道があった。そこからエルマ達とは別の足跡が聞こえてきた。激しく地を踏み走っているようだ。

 「あん?そこのお兄さん。村の人かい?」

 エルマが声をかけると、足音が止まった。

 「ちょいと道に迷ったんだけどさ。あんたの村に泊めてくれないかな?」

 木の間を縫うようにして男がこちらの道にやってきた。好青年といった感じの男だが、目が真っ赤で泣きはらした様子であった。

 「……って、そんなこと頼める雰囲気じゃないかな?」

 「別に構わないが、ろくに応対できないぞ」

 「ああ。構わねえよ。祭か何かでもしているのか?」

 エルマは、生贄の儀式について余所者に喋るかどうか試すためにわざととぼけてみせた。

 「……。祭礼だ。昔から続くくだらない祭礼だ」

 青年は言葉を濁した。やはり喋りたくないらしい。余所者に馬鹿にされるのが嫌なのか、それとも秘密にしておきたいのか。

 「祭礼って、生贄の儀式のことでしょう?」

 シードが躊躇いなく切り出してきた。

 「シード!直球過ぎるだろう。折角私の巧みな話術で引き出してやろうと思っていたのに……」

 「どうしてそれを知っているんですか?」

 青年の顔に怯えの色が見えた。余所者にばれたのがそれほど恐ろしいことなのだろうか。

 「ああ、仕方ねえな。そうだよ、私達は知っているよ。私達だけじゃなくて、ドノンバでも有名だったぜ」

 と言うと青年は、ああと嘆きの声を上げながら手で顔を覆った。

 「おいおい、どうしたんだよ?」

 「折角、俺は決心をつけたのに……。シュレナを差し出す決心がついたのに……余所者にばれるからかき乱される」

 「どうやらこの兄さん、訳ありのようだな」

 ちょっと話してみろよ、とエルマが言うと、青年は滔々と語り始めた。

 青年はムーデルと名乗った。ムーデルの許婚がホーランの村にいたのだが、彼女が生贄に選ばれたらしい。しかし、ホーランに現われた元聖職者とか名乗る二人組みが、この生贄の儀式が何者かによって仕組まれた悪事だと言い、儀式そのものを妨害しようとしているのだという。

 エルマが驚いたのは、自分達以外にこの儀式がおかしいと気がついた者がいたことであった。

 「でも、その元聖職者達が儀式を妨害してくれるのなら、ムーデルさんとしてはいいことじゃないんですか?」

 それはエルマも疑問に思った。儀式の妨害によって許婚が元に戻ってくるのなら、ムーデルとしても喜ぶべき事態なのではないだろうか。

 「そりゃ俺だって儀式を妨害してやりたいよ!でも、ホーランの連中の動きのおかげでうちの村やカノピの連中は大騒ぎだ。儀式が失敗したらエビルドラクーンが村々を襲うからな。シュレナを無理やり拉致して儀式の時まで監禁するって言う奴らまで出てきたんだ」

 馬鹿馬鹿しい話だった。ありもしな魔獣のために右往左往するなんて、本当に馬鹿な話である。

 「さっきまでホーランに言って説得していたんだが、全然言うことを聞かないんだ。ホーランの連中、あの怪しげな元聖職者とかに洗脳されているんじゃないか……」

 悲観にくれたムーデルがしゃがみ込んだ。

 「完全な板ばさみ状態ですね。どうします、エルマさん?」

 「そうだな……」

 当初のエルマの予定では生贄の儀式に乱入し、儀式の裏で糸を引いている連中を引きずり出してぼこぼこにするつもりだったのだが、どうもそのとおりにはいかなくなったようだった。

 「その元聖職者とか言う奴らも怪しいな。ひょっとしたらそいつらが黒幕じゃないのか?」

 エルマが言うとシードは同意とばかりに頷いた。

 「黒幕?どういうことですか?」

 「説明するのも面倒くさいなぁ。まぁ、いろいろ私達に任せておきな」

 ムーデルはいかにも不審そうにエルマを見返してきた。

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