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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第三十九章 大将軍
247/263

7

 イーライは意気揚々と軍を進発させた。すぐに帝都近郊まで到達し、これを囲もうとした。しかし、帝都を囲むには三千名という兵力はあまりにも少なく、半包囲もできなかった。

 「なんたる無様さだ!」

 イーライは歯軋りして悔しがった。しかし、今更どうすることもできず、帝都の門前で兵を一箇所に集結させるだけであった。

 戦略戦術のまずさで言えば、レスナンもまずかった。彼はイーライ軍の動きを知りながらも積極的に手を打つことをしなかった。

 『帝都に拠って敵の疲弊を待つ』

 その戦術は篭城する側からすれば間違いではない。しかし、それではいつまで経っても決定的勝利を得られることができないので、外に味方を求めるべきであった。そもそも篭城とは外からの味方の救援があってこそ初めて成立する戦術である。その点、レスナンは怠った。もし、サラサであったならば、すぐさま味方についてくれるような諸侯に甘い蜜をもって勧誘したであろうし、敵の切り崩しも行ったであろう。レスナンはあくまでも政治の人であり、軍事の人ではなく、謀略の人でもなかった。

 ただ、レスナンがイーライより多少ましであったのは、夜陰に紛れ敵を奇襲し、その数を減らそうと考えたことであった。だが、それを実行するには兵力はあまりにもか細く、また完遂できる将もいなかった。

 レスナンは、イーライ軍が到達したその日の夜にわずか二百の兵をもって夜襲を敢行しようとした。この将に選ばれたのは、ミナレス・バルトボーン。レスナンの息子である。代々政治家を輩出してきたバルトボーン家において、ミナレスは父の意向もあって珍しく武人の道を進んでいた。しかし、決して有能とは言えず、役職も宮城守衛総監という閑職のようなものであった。 

 ミナレスからすれば名を成さしめるには絶好の機会であった。バルトボーンという家名と父の威光によって栄達してきたと陰口を叩かれ続けてきた身としては、ここで実力を示すことでしか鬱屈を晴らすことができなかった。

 だが、この奇襲もいかにもまずかった。戦の心得がある者なら、敵が疲労したり油断したりするのを待ってから奇襲するのだが、レスナンにもミナレスにもその配慮が欠けていた。彼らは、敵地に着いたばかりでまだまだ緊張状態にある敵に奇襲を仕掛けたのだ。

 尤もイーライ側も奇襲に対して警戒していたわけではない。ただ戦争という非常事態に多くの将兵がまだ興奮状態にあっただけであり、力も漲っていた。敵の奇襲と知るや否や飛び出し、己が功名のために剣や槍を振るった。但し、そこには組織的な抵抗などなく、また奇襲を仕掛けたミナレス側も思わぬ抵抗に動揺したため、双方ともが無秩序な泥仕合の様相を呈してきたのだった。後にこの戦闘の詳細を知ったサラサが『まだ悪ガキの喧嘩の方が秩序的だ』と評したほど、その内容がひどいものであった。

 しかし、当事者達はそう思わなかった。

 『ミナレスが危うい!』

 ガイラス・ジンを囲む城壁に移動し、我が息子の勇姿を観戦しようとしていたレスナンは、逆に息子の危機を目にすることになってしまった。普段は冷徹なレスナンも我が子のこととなると豹変した。我が子を救うために帝都に残っていたほとんどの兵力をミナレス救出に向わせたのだった。

 もし、イーライ陣営に優れた武人がいれば、レスナン陣営が総戦力を繰り出してきたことを察し、多少の犠牲を強いてでも帝都に迫ることを選択しただろう。しかし、イーライは増強された敵兵を見て驚愕した。

 「まだ戦いは続く。ここで兵を損じるのは適切ではない」

 として撤退を命じたのだった。レスナンも敵が撤退したところで、ミナレスに引き上げを命じたのだった。こうして双方にとって損害だけ発生し、一切の実りがない戦闘が終わった。

 その後、小規模な戦闘が散発したが、お互い決め手を欠き、進展がまるでなかった。そこへ彼らにとって恐るべき情報がもたらされた。

 『サラサ・ビーロスがバーンズ・ドワイトを旗下に加え、帝都を目指し南下している』

 これほど戦慄させる情報はなかった。今やサラサ・ビーロスは帝国で最大の兵力を擁しており、その才覚と人望は群を抜いていた。イーライもフェドリーを傀儡としているレスナンも、もはやサラサに勝ち目がなかった。

 だからと言って、彼らに打つ手立てがあるわけではなかった。唯一あったとすれば、レスナンがフェドリーを廃し、イーライの帝位を認めて共同戦線を張ることであった。尤も、これを行ったところで今のサラサに勝てるはずもなかったが、それでも無為無策よりもはるかにマシであった。だが、レスナンもイーライもそのような考えに至ることはなかった。

 もはやサラサが帝都を制圧するのも時間の問題であった。しかし、事態は思わぬ方向に向っていった。


 それはサラサ達が帝都まであと二日の距離に迫った時であった。

 「なんだ!あれは!」

 あまりにも想像を絶した光景であった。サラサだけではない、おそらくすべての人がその光景に驚愕し、ただただ言葉を飲み込み呆然とするだけだった。

 分厚い灰色がかった曇天の空から巨大な、あまりに巨大な岩石が突き出してきたのだ。その全長は帝都を丸ごと押し潰すことができるほどであり、ゆっくりと降下しているようにも見えた。

 「サラサ様、あれはエシリア様たちが言っていた天界ではないでしょうか?」

 ミラが耳打ちした。言うまでもなくサラサもそうではないかと思っていた。

 『一体、天界で何が起こったのだ?』

 天界にはシード達がガルサノ一派を牽制するために潜伏している。きっとそちらの方で動きがあったのだろう。

 『シード達は何をしているんだ?』

 サラサは天界に向けて叫びたかったが、今は全軍の後退を命じることしかできなかった。

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