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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第三十九章 大将軍
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5

 「サラサ・ビーロスが私と会見を?」

 サラサ軍接近の報に接し、どうしたものかと思案していた矢先、サラサ軍から使者がやってきたのだった。相手が大軍である以上、尻尾を巻いて逃げなければならなかったが、戦闘にはなろうと考えていただけにバーンズはやや拍子抜けした。

 「どうしたものか……」

 「閣下。お会いする方がよろしいでしょう。逃げるにしても時間稼ぎにはなります」

 キリンスがそう進言してきた。バーンズは尤もだと思った。

 「お会いしよう。キリンスは軍に残り、退却の準備をしておいてくれ」

 承知しました、とキリンスが素直に従ってくれてバーンズは胸を撫で下ろした。最悪の場合、我が身を囮にしてキリンス達を逃がそうと考えていた。それは最悪の場合である。最悪以外の回答をバーンズは考えないでもなかった。

 サラサ・ビーロスへの恭順。そのことがバーンズの頭にちらついていた。だが、サラサ・ビーロスがそれを認めるかどうか、バーンズには自信がなかった。

 『ついこの間まで戦っていた間柄だ。私がその気であってもサラサ・ビーロスが許すかどうか……』

 尤も、バーンズとしてもサラサに恭順することは心穏やかではない。それでも恭順を考えているのは彼が抱えている将兵の命を救わんがためであった。たとえサラサがその代償にバーンズの命を欲するのであれば喜んで差し出すつもりでいた。

 『どちらにしろ、私に選ぶ権利はない。まな板の上の魚のようなものだが、でき得る限り良い条件を引き出さなければ……』

 バーンズはひとまず予備交渉を行わせようとした。会見場所と、随行する人員を決めねばならないのだが、バーンズは出鼻を挫かれてしまった。すでにサラサがわずかな供回りを連れてやってきているというのだ。

 「閣下!いかがしましょう……」

 キリンスは我もなく慌てふためいていた。

 「追い返すこともできまい……」

 それにしてもサラサは大胆であった。サラサは危険を冒して敵の只中に飛び込んできたのだ。もしバーンズに邪な心があれば、サラサを血祭りにあげるのも容易いことであった。勿論、そのようなことは大将軍の矜持としてやるつもりはなかったが。

 「やぁ、大将軍。こうして会うのは初めてだな」

 バーンズの前にやってきたサラサは、護衛に若い女騎士と銀髪の老騎士を連れているだけであった。そのうちのひとり、銀髪の老騎士がかつて『雷神』と恐れられたジロン・リンドブルムであることはすぐに分かった。

 「はぁ。とりあえずお掛けください」

 どちらが上座に着くべきか。バーンズは一瞬迷ったが、サラサは頓着することなく下座の椅子に腰を下ろした。バーンズは仕方なく上座に着く。

 『それにしてもこの威厳は何だ……』

 上座に着きながらも、バーンズはサラサの体がにじみ出ている威厳に圧倒されそうであった。ジギアスにも威厳はあった。その威厳は荒々しく、人を屈服させるものであったが、サラサの威厳はそれとは違っていた。広大な草原を駆け抜ける風のようであり、闇夜から上り出る太陽のようでもあった。

 『まだ子供であるが、この威厳はどこからくるのだ?彼女に従う人々は、この威厳に打たれたのだろうか……』

 バーンズは緊張し、手に汗をかいていた。

 「まずはジギアス帝の死にお悔やみを申し上げよう。敵として争ったが、治天の君であることには間違いなく、英雄でもあった」

 バーンズはまたも虚を突かれた気がした。まさかそのようなことを言われるとは思っていなかった。

 「これは痛み入ります……」

 「間接的に私が殺してしまったようなものだ。それは傲慢な考えかもしれないが、少なくとも他人から死を強いられるような男ではなかっただろう」

 サラサもジギアスの死がレスナンによる謀殺であると考えているようだった。

 「同感です。私は陛下に多大な恩を戴きました。それだけに義憤を感じております」

 「多大な恩に義憤か……。大将軍の立場なら当然だろう」

 しかし、とサラサは続けた。

 「私がどうしてジギアス帝と争っていたか、大将軍はお分かりいただけますか?」

 バーンズは頷いた。

 「仰ることは理解しております。確かに陛下のご政道は民衆にとって良いものではなかったかと思います。しかし、私は武人です。政治には口を差し挟まず、ただ陛下の命令を遂行するだけです」

 バーンズは責任回避をしているような気になってきた。たとえ武人であったとしても、ジギアスの政治が間違ったものであると思ったのなら、それを正すべきだったのではないか。もし正していれば、あるいはジギアスは死なずに済んだのかもしれない。

 「それだよ、大将軍。あなたは立派だ。大将軍としてあなたは何も悪くはない」

 悪くない。サラサにそう言われてバーンズは胸のつかえが取れたような気がした。

 「ジギアスに対する武人としての忠誠心。立派なことだ。帝都にいる連中にも聞かせてやりたいぐらいだ。だけど残念ながらジギアスは亡くなった」

 ずしりと重石のように響く言葉だった。バーンズは忠誠を尽くすべき相手を失ったのだ。

 「大将軍の所にも二人の皇帝から使者なり書状なりが来ただろう?」

 「来ました……。サラサ様のところにも?」

 バーンズは知らず知らずのうちにサラサ様と言っていた。すでにバーンズの心は落ち着く先に向っていた。

 「来た。けど会わなかったし、書状も読まなかった。私の意思は、すでにそこにはないからな」

 「実は先日、国務卿自らが使者として来ました。彼は先帝に自裁を強いたと白状しました」

 「ほう……」

 「ですから、私は国務卿の誘いを断りました。それからイーライ様からも使者が来ましたが、陣営に加わることは拒否しました」

 自分は何を喋っているのだろう。バーンズは司祭相手に告解しているような感じになってきた。

 「それなら、私と一緒だな。大将軍、率直に言おう。私の仲間にならないか?」

 「仲間……」

 服従でも恭順でもない。仲間という言葉の響き。新鮮であり、雷に打たれるような感動を覚えた。

 「ジギアスへの忠誠は果たしたであろう。となれば、新しい時代を築くのを助けてくれないか?」

 「サラサ様は私をお許しになさるのか?」

 「許す?」

 「私はサラサ様と敵対し、実際に戦場で争いました。その私をお許しになさるのですか?」

 「戦場であればそれぞれの立場があって敵味方にもなろう。だとすれば、味方同士にもなれるはずだ。私を一度は敗走させた大将軍が味方になれば、これほど心強いことはない」

 もはやバーンズに悩むことはなかった。閉ざされていた心の扉が氷解していくようであった。

 「サラサ様……この身、あなた様にお預けいたします」

 バーンズは席を蹴り、手を突いて頭を下げた。頭を上げてくれ、と言うサラサの手はまだ少女のように小さかった。

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