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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第三十七章 光射す道
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8

 サラサ軍がジギアス軍の集結を待つはずもなかった。サラサ軍は翼を広げた鷲が餌を狙うようにしてジギアス軍に迫った。サラサ軍が全軍集結したことで兵力数でも不利に立たされたのに、ジギアス軍は全軍が主戦場に到達していない。初っ端からジギアスは圧倒的に不利に立たされた。

 それでもジギアス軍が鎧袖一触に敗走しなかったのはジギアスの戦闘指揮もさることながら、ジギアスの本営近くにいたオットー・フランネルの部隊がいたからであった。

 フランネル家は帝都ガイラス・ジンに程近い場所に領地を持っており、代々皇帝に忠誠の厚いことで有名であった。当代のオットーも例外ではなく、ジギアスから動員がかかると領内を空にする勢いで徴兵を行い、従軍したのであった。オットー自体も兵理に明るく、巧みな指揮でサラサ軍の猛攻を凌ぎ続けた。

 だが、用兵という点ではオットーもまたサラサの敵ではなかった。思うような戦局にならなくてもサラサは焦れることなく、じっと好機を待ち続けた。そしてそれが来たとなると即断した。

 『第四軍は右翼から肉厚な敵をぶち破れ!』

 サラサは最も攻撃力のあるリーザの第四軍をオットーの部隊に当てた。ここでも活躍したのはベリックハイム家であった。先の戦いで百名ほどいた兵は七十名弱になっていたが、それでも士気は高く、死を恐れない戦い方は変わっていなかった。ましては彼らが直面しているのは怨敵である皇帝そのものであった。

 『最後の一人が皇帝の喉下に剣を突き刺せればそれでよい!ここで全員死すともサラサ様にその勇姿を見せ付ければ我らの子孫の暮らしは安泰であると思え!』

 シルダー・ベリックハイムはそう訓示した。サラサは相変わらず皇帝を殺すことを全軍に禁じていたが、この点においてはシルダーは素直に聞くことはなかった。

 ともあれベリックハイム家の部隊は猛然とオットーの部隊に突撃した。これに触発されたリーザ軍も果敢に突撃を開始した。

 オットーの部隊は恐慌状態に陥った。オットー自体も戦闘に晒される羽目になり、ついには無数の矢を体に受け、帝国万歳と叫んで絶命した。領主を失ったことにより兵士達は壊乱し、軍隊としての態をなさなくなってしまった。

 オットーの部隊が消滅したことにより、ジギアスは危機に晒された。このままではジギアスはサラサ軍に包囲され、敗北するだけであった。しかし、ジギアスにとって幸運だったのは、遠くに離れていた各部隊が主戦場に到達したうえに、夜を迎えたことによりサラサ軍が攻撃を中止したことであった。バーンズ軍には夜を徹して追撃したサラサも、ここでは無理をしなかった。ジギアスは援軍を得たことにより、体勢を立て直すことができた。

 その次の日以降、サラサ軍とジギアス軍は一進一退の攻防を繰り広げた。しかし、自らの陣地で戦うサラサ軍に対し、遠征に来ているジギアス軍の消耗は激しく、目に見えて人員や兵糧が目減りしていった。


 この度の出陣に際し、ジギアス軍の首脳部にレクスター・ディーベルの姿があった。バーンズが推挙し、陣営に加わった俊英であった。

 年の頃はバーンズより僅か年下であり、バーンズ同様一兵卒から叩き上げて現在の地位に至った人物で、特に補給面においてその才能を発揮し功績を収めてきた。それだけに消耗の激しい自軍の状況を見て危機感を募らせていた。

 『このままでは我が軍は枯れてしまう……』

 レクスターは積まれた食料袋を見つめて算段した。この量ではもって三日、いや二日だろうか。

 「補給物資はどうなっている?」

 レクスターは穏やかに部下に聞いた。

 「まだ……参りません」

 部下は無念そうに答えた。レクスターも頭を垂れるしかなかった。

 今回の作戦に際し、ジギアスは補給面において現地での徴発も視野に入れていた。しかし、これにバーンズもレクスターも反対した。

 『確かに敵地となるのかもしれませんが、いずれこの反乱を平定したあかつきには陛下の臣民へと戻る者達です。彼らの心を乱すような真似はなさいますな』

 バーンズが諫言すると、ジギアスはあっさりと了承した。戦場での駆け引きについては拘りを持つジギアスも、補給などの後方作戦になると比較的関心が薄かった。だが、次の一点だけはジギアスはレクスターに厳命した。

 『後方の物資の運搬はマートイヤ子爵に任せろ。あれもそろそろよい仕事をしてもいい男だ』

 マートイヤ・ルグス子爵は、帝都近くに領地を持つ若き貴族で、ジギアスのお気に入りでもあった。さらに言えば、先に出てきたオットー・フランネルの女婿でもあった。

 幼き頃から秀才とされ、士官学校では首席で卒業した。ジギアスがマートイヤより三年遅れて士官学校に入ったが、常々『俺の士官学校での目標はマートイヤ先輩さ』と周囲の者に漏らしていた。それほどにマートイヤは衆目の期待を集めたが故、名家であるフランネル家と婚姻を持つようになったが、実際の戦場では弱く、負け続けていた。神託戦争においても常に敗走し、幾度となくジギアスに助けられていた。これについてジギアスは、

 『子爵は常々運に恵まれない男だ。それに家臣達もよろしくない。まだまだ能力に対して相応しい環境にめぐり合っていないだけだ』

 とマートイヤの能力以外にその不甲斐なさの原因があると見ていたが、岳父にあたるオットーは別の見方をしていた。

 『我が婿は机上の秀才であって、現実の秀才ではなかったのだ』

 要するに勉強はできても、実際の戦場では凡才であるということであった。マートイヤを弁護していたジギアスも多少はそのように見ていた節があり、今回の作戦において後方に回したのも簡単な仕事で実績を積ませようという考えていたのだった。

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