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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第三十七章 光射す道
230/263

7

 帝都を発したジギアスは真っ直ぐに軍を北上させエストブルクを目指した。別働隊であるバーンズ軍と二方向からエストヘブン領に侵略することで敵の諸力を分断し、数的優位に立って敵を破る。ジギアスの意図はそこにあった。

 そのためには速やかにエストブルクへ迫らなければならない。ジギアスは通り道にあたるシラン領は無視することにした。ジギアスの狙いはあくまでもサラサであり、カーベスト・シランなどまるで眼中になかった。シラン領の領主カーベストも、サラサの指示に従って領都に立て篭もったまま外で戦を求めるようなことをはしなかった。

 『震えて出てこないのであればそのまま穴倉の中で隠れていればいい。サラサ・ビーロスを滅ぼせば、カーベストも立ち枯れるだろう』

 ジギアスはそう豪語して進軍を続けた。しかし、カーベストもただ臆病風に吹かれていただけではなかった。ジギアス軍の進軍速度を少しでも落とすために橋を落としたり、街道付近の森林を伐採して木材で道を塞いだりして消極的な妨害を続けた。

 時間こそ費やしたが、ジギアス軍はほぼ無傷でシラン領を突破し、エストヘブン領に入った。エストヘブン領は平野部が多い。天然の障害などなく突き進むのみであった。

 「このまま一気にエストブルクを落とすぞ!」

 全軍には布告したが、エストブルクに達するまでにサラサ軍が出てきて大会戦となるだろう。ジギアスはそう睨んでいた。しかし、数日後にジギアスの眼前に現われたのはサラサに指揮された大軍ではなかった。緋色のビロード生地に金糸で刺繍された鷹の紋章。それを軍旗にしているのはシュベール家の他になかった。

 「おのれ!あのクソ野郎が!」

 これまで比較的冷静に軍を指揮してきたジギアスはシュベール家の部隊を目の前にして激昂した。ジギアスは自ら軍の戦闘に立ち、シュベール家の部隊に相対した。

 「出て来い、アルベルト!」

 ジギアスは馬を進めた。敵方からも一騎の騎馬が出てきた。戦場でありながら鎧など着ておらず、平民のような服を着た男。

 「これはこれは皇帝陛下。ご機嫌で何よりでございます」

 「貴様と会うまでは機嫌よかったがな」

 「それは残念でございますな。私は陛下にお会いできて上機嫌でございます」

 どこまでも人を馬鹿にした物言い。ジギアスの怒りは沸点に達していた。

 「貴様も俺を裏切ったと言うわけだな!裏切り者の息子はやはり裏切り者と言うことか!」

 「ははは。左様かもしれませんな。しかし、忠誠というのは相応しい人に対して抱くものであり、少なくとも貴方はそれに相応しい人物ではないということです」

 「貴様の忠誠などいらんわ!」

 「なるほど。これで俺は晴れて主君を替えることができるわけだ。どうだね、ジギアス殿、お前もさっさとサラサ様に忠誠を誓ったらどうだ?我ら北部諸侯連合はサラサ様に忠誠を誓ったぞ。今ならば命ぐらいは助けてもらえるかも知れんぞ」

 ははは、と高笑いするアルベルト。勿論、サラサを主君として忠誠を誓ったというのは嘘である。これはジギアスを挑発するとともに、サラサを担ぎ出すための布石であったことは言うまでもなかった。

 「おれの!言わせておけば!成敗してくれるわ!」

 ジギアスは剣を抜いて突撃してきた。それに釣られるようにしてジギアス軍も動き出した。

 「おっと、これだから猪皇帝は困る」

 アルベルトは馬を翻し、逃走を図った。アルベルトは攻撃してくるジギアス軍をあしらいながら見事に逃げ切ることができた。そもそもアルベルトが指揮している軍勢は千名にも満たなかった。まともに戦っても勝てるはずないが、その分身軽であり、敵を翻弄するにはもってこいであった。

 その後もアルベルトは度々ジギアスの前に出現して挑発し、翻弄し続けた。エストブルクを目指すとしてたジギアス軍の目的は完全に塗り替えられ、何処から現われるとも分からないアルベルトを追い求める羽目になってしまった。自然とジギアス軍の隊列は伸び乱れていった。

 それでもジギアスは構わず進軍を続け、ついにはエストブルクの近辺まで達することができた。尤もこれはアルベルトに誘導された結果なのだが、ジギアスは知る由もなく、エストブルクを総攻撃するため全軍の集結を急がせた。

 しかし、時を移さずしてシーファ領方面から引き返してきたサラサ軍がジギアスの前に姿を見せたのだった。

 「これはどういうことだ!」

 サラサ軍とはいずれ決戦せねばなるまいと思っていたので、サラサ軍の出現自体に驚きはない。ジギアスが驚いたのはその軍容であった。斥候を走らせ情報をまとめてみると、サラサ軍はほぼ全軍がこの戦場に集まっていた。

 「バーンズは何をしているのか!」

 この時すでにバーンズ軍はサラサ軍に追い散らされていたのだが、当然ながらジギアスは知るはずもなかった。

 「仮に大将軍の軍に何かあったとしても、シーファ領方面から引き返すには一週間はかかります。偽兵ではないでしょうか?」

 常識的に言えば副官イーベルの発言は正しかった。まさかサラサ軍が一週間掛かる行軍をわずか二日半で済ませて帰ってきたとは夢にも思わないだろう。

 「ともかく全軍の集結を急がせろ!」

 現在、ジギアス軍は東西に点線のように広がっている。これに対してサラサ軍は南から鳥の羽のような陣形でジギアス軍に迫ろうとしている。このままではジギアスはサラサ軍に包囲されてしまう可能性があった。

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