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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第三十七章 光射す道
228/263

5

 サラサ軍はスフェード領の部隊を残し、全軍エストブルクへの道を引き返し始めた。通常、一週間はかかる行軍であるが、サラサはこれを三日で駆け抜けることにした。バーンズを一日の戦いで徹底的に叩き、三日で引き返せばジギアスがエストブルクに到達する前に十分捕捉することができる。サラサはそう計算したのだった。

 『それは無茶です!』

 流石に無理であろう。サラサからこの計画を聞かされた時、ジロンはそう思った。いくらサラサが神算鬼謀の持ち主であっても、大軍を通常の行軍日数の半分以下にするのはどう考えても不可能であった。

 『一日でバーンズ軍に大打撃を与えるのは可能でありましょう。しかし、いくらサラサ様でもこの行程を三日で済ますと言うのは……』

 『大丈夫だ。そのための準備をしてきたんじゃないか』

 サラサが言っていることは街道の整備のことであろう。サラサはエストヘブン領とコーラルヘブン領の領主になってから徹底して街道整備を行ってきた。そのおかげで人馬の交通が以前より迅速になり、商人達からも喜びの声があがっていた。

 『道路だけじゃない。すべてだ』

 サラサは説明し始めた。バーンズ軍との戦いを終えた将兵は、食料や装備を全てその場に置き捨てて一気に来た道を駆け戻るのである。途中の村や町で食料の供給を受け、エストブルク近郊の集合地点で新しい装備を受ける。要するに行軍速度を遅くする物資の運搬をやめることによって行軍速度を高めようと言うのだ。

 『そのようなことが可能なのか……』

 普段、不敵なアルベルトも驚きを隠さなかった。

 『できるさ。うちにはそういう地味な計画を立てるのが得意な奴がいるんでな』

 なぁテナル、とサラサが言うと、テナルが照れ臭そうに詳細な計画を説明した。その内容はあまりにも完璧で、寸分の狂いも感じられなかった。

 『この計画にはフォスロー商会にも多大な協力をしていただきました』

 テナルの言うフォスロー商会は、エストヘブン領を拠点としている帝国でも五指に入る大商人である。今回の作戦を実行するに当たり、物資の調達や運搬に協力してくれたのだった。しかもほぼ無償で。

 テナルがフォスロー商会に協力を要請しに訪れた時、フォスロー商会の代表であるアリン・フォスローは即時に応諾した。

 『よろしゅうございます。このアリン・フォスロー、商会の全資産を投げ打ってでもサラサ様にご協力申し上げます。我ら商人としましても、このまま戦乱が続いていると商売があがったりです』

 アリンが言うのは、戦乱により儲かっているのは武具か薬品を扱っている商人ぐらいなもので、ほとんどの商人は商売が苦しくなってきているらしい。

 『戦乱により治安は悪化し、盗賊に積荷を襲われることも少なくありません。また皇帝の悪政により税はあがり、領主達も同調して税をあげております。これは利潤を搾取されるだけではなく、経済の悪化を招いています』

 テナルは深く頷いた。この時代、テナルほど経済というものを理解していた政治家はいなかったであろう。彼は経済というものは為政者によって規制されるものではなく、寧ろ規制を緩めて奨励し、国そのものを富ませようと考えていた。すでにエストヘブン領とコーラルヘブン領ではテナルの発案によって関所の税は撤廃され、領主に納めるべき租税も極めて低く設定されていた。それだげにフォスロー商会もサラサの政治に全面的に信頼を寄せていて、無償での協力を申し出てきたのだった。

 『無償というのはどうだろうな。後々になって恩義を高値で売られても叶わん』

 フォスロー商会から帰ってきたテナルがアリンとのやり取りを報告すると、サラサがそう言ったので無償からほぼ無償となったのだった。以上は余談である。


 夜になり雨が降り始めてきた。視界が急激に悪くなったが、道の両端に並べられた篝火が行く道を照らしていた。この篝火は付近の住民達が準備してくれたものであった。

 『なんと神々しい姿だろうか……』

 ジロンは自分の少し前を馬で駆けているサラサの姿を見て感動を覚えた。雨が降ってきてずぶ濡れになり、泥が跳ねて泥だらけになろうとしていた。見た目だけで言えば、神々しさからはかけ離れた姿である。しかし、篝火に照られた道の先に輝かしい未来があると思うと、どんなみすぼらしい格好になろうとも、そこに神威が宿っているかのようであった。

 『この人は天下を取るだろう』

 ジロンはすでに確信していた。そう遠くない未来、サラサは間違いなく至尊の地位に辿り着き、皇帝の証を頭上に戴くだろう。ジロンはそう思うだけで胸が高鳴り、自分の身がずぶ濡れになるのも気にならないほどであった。

 暗がりにさらなる光の群れが見えてきた。補給地点となる集落である。こういう集落が街道に何箇所も用意されていた。

 「小休止!疲れた馬を替えろ。飯はちゃんと食って、仮眠を取れるものは取るんだぞ」

 サラサは矢継ぎ早に命令を出すと、自らも下馬して馬を取り替えてもらった。

 「サラサ様、お疲れ様でございます」

 民家の軒先に入りぬれた体を拭っていると、集落の長が挨拶に訪れた。手にはスープの入った木椀があった。

 「これは長老。この度はご苦労をかけます」

 「ぜひお体を温めてくださいませ」

 「助かります。かかった費用で足りない分は後で申し出てください。ちゃんとお支払いしますので」

 すでに今回の大規模な補給作戦を行うに際し、算出された費用を事前に各集落に支払っていた。これもサラサの指示にであった。

 「十分足りております。ご安心くださいませ」

 長老は言うが、実際にはやや足りてはいなかった。それでもそれを表に出さないのは、彼もまたサラサに心酔し、成そうとしている大事業に期待しているからであった。

 「三時間ほどで出立するぞ。それまでは私も休ませて貰う」

 このようにしてサラサ軍は、行軍と休止を繰り返しエストブルクを目指した。結果としてサラサは予定していた三日よりもさらに短い二日半でエストブルク近郊に達することができた。

 「こちらの準備は万全だな」

 「はい。ここまで順調と言うことはシード君達も上手く言っているようですな」

 ジロンに言われるまでもなく、天使による攻撃を懸念していたのだが、これまでのところその兆候もなかった。シード達の作戦も成功しているのだろう。

 「うん。我々は眼前の敵に専念するとしよう」

 続々とサラサ軍は集結してきている。あと一日あれば全軍が集結し、装備も新たに整えることができるだろう。ジギアス軍はまだその姿を見せていなかった。

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