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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第三十七章 光射す道
227/263

4

 全軍をもってバーンズ軍に当たる。サラサはバーンズ軍がシーファ領方面から進軍してくると分かった時からほぼ全軍を出撃させた。サラサが指揮した軍勢としては過去最大の人員であったが、バーンズに遅れること一日で予定戦場に到着できた。ここまではサラサの予定どおりであった。

 「すぐに戦闘準備にかかれ。ゆっくりとしている時間はないと思え」

 サラサは到着するとすぐさま攻撃を開始させた。時間を稼がれるとこちらが不利になる。サラサが気にしているのはまさに時間であった。

 それでもサラサが第四軍にだけ待機命令を出したのは、彼女の戦術上の老練さを物語っていた。一気に勝負を決めるためには、勝機となる瞬間に最大の破壊力を投入すべきだと考えていたのだ。

 これについては多少の曲折があった。第四軍に属するベリックハイム家が先陣を賜りたいと申し出てきたのだ。

 「我らが受けてきた苦しみと汚辱を晴らすのは今この時であると考えています。ぜひとも先陣を賜りたいのです」

 痩身のシルダー・ベリックハイムは、全身から覇気を漲らせていた。ビーロス家も皇帝によって辛酸の舐めさせられた家であるが、シルダーほど皇帝に激しい恨みを持つまでには至らなかった。

 「シルダー殿。この戦いは皇帝への復讐戦ではありません。あくまでも皇帝の悪政に対抗するための戦いです」

 シルダーは何か言いたそうに口を開きかけたが、サラサはそれを手で制した。

 「しかし、お気持ちは分かります。私も皇帝によって家を断絶させられましたから。ベリックハイム家の皆様には必ず活躍の機会をご用意しますので、ここは私にお任せください」

 その言葉で納得したのか、シルダーは素直に引き下がってくれた。つい昨日のやりとりであった。


 日の出と共に始まった戦闘はほぼ五分五分の戦況で推移していった。と言うのもバーンズ軍が積極的な攻勢に出なかったためであり、サラサ軍は各方面に渡り決め手を欠いた戦いになっていた。

 「おかしなものだな。本来攻め手である敵が守勢に立ち、我々が攻勢に出ているんだからな」

 サラサは共に戦況を見守っているジロンにそう感想を漏らした。

 「珍しい展開でしょうな。古今の戦史でもあまり例がないでしょう」

 「私の知る限りないな」

 サラサ軍にしてみればあまりいい状況ではなかった。バーンズ軍が意図的に守勢に立ち時間を稼いでいるのは明らかであった。時間が経てば経つほど、別方面からやってくるジギアスの本隊と決戦することができなくなる。

 「今は一刻でも貴重だ。そろそろ頃合と思うが、どう思う?」

 サラサはジロンに意見を求めた。すでに日は天頂を過ぎ、空は茜色に染まりつつあった。

 「左様ですな。よろしいかと」

 「第四軍に伝令。時が来た。存分に暴れて来い」

 サラサは膠着した戦線に鋭い楔を打ちむために第四軍に伝令を出した。

 「待ちかねたぞ!全部隊、敵に突っ込め!」

 伝令を受けたリーザはすぐさま配下の部隊にそう命じた。その配下の中にベリックハイム家の部隊があり、先の訓示の下、猛烈な突撃が繰り広げられたのである。これを目にしたリーザに火がついた。

 「見よ!あのベリックハイム家の勇姿を!攻めぬ進まぬは堕弱、恥と思え!」

 リーザは第四軍にさらなる前進を命じた。これまで両軍が直線になって南北に広がり対峙していたのだが、第四軍が敵の戦線を突破し、ついに均衡を破った。

 それで満足しないリーザは軍を反転させ敵の背後に回った。ベリックハイム家の部隊がバーンズの本営に肉薄したのはこの時であった。バーンズはやむを得ず軍を後退させた。

 「追え!徹底的に叩け!」

 サラサは敵軍が後退し始めると追撃を命じた。これは珍しいことであった。サラサの戦術上の基本方針は『去る者は追わず』であった。わざわざ逃げる敵を攻撃することで味方に損害が発生するのをサラサは極度に恐れていた。まして今回の戦いではこれから夜を迎えようとする。夜戦はひとつ間違えれば同士討ちの可能性も出てくる。

 それでもサラサは追撃を敢行した。短時間で敵に大打撃を与えるにはこれしかないと判断したからであった。これはバーンズにとっては想定外のことであった。夜陰に紛れて撤退するつもりであったので、完全に不意を突かれてしまった。

 「秩序を守り後退しろ!仮にも皇帝陛下の軍ではないか!醜態をさらすな!」

 バーンズは叫び兵をまとめようとしたが、その甲斐はなくバーンズ軍は崩壊した。スフェード領はおろかシーファ領からも離れた地点でようやく軍を集結させることに成功した。

 サラサ軍も追撃を停止させた。想定どおりの完勝であったが、まだ道半ばであった。

 「バーンズ軍の状況は?」

 「シーファ領郊外で体制を整えつつありますが、兵力は半減している模様です」

 ミラが斥候からの情報をまとめて報告してきた。

 「十分だろう。聡明なバーンズなら無理して攻めてこないだろうし、軍の士気も下がっているはずだ。もう攻勢を仕掛けてくる余裕はないだろう」

 そう判断したサラサはダレンを呼んだ。

 「この方面の守備をあなたにお願いしたい。おそらく敵は積極的な攻勢には出てこないでしょうが、あたかも大兵力が未だに存在しているかのように悠然と構えておいてください」

 「仰せのままに」

 「よし!後は私に続け!エストブルクまで一気に返すぞ!」

 サラサはすでに馬上の人になり、自ら先頭に立ってエストブルクまで駆け出していた。

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