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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第三十七章 光射す道
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2

 だが、事態はバーンズの思いどおりにはならなかった。シーファ親子がバーンズ軍の一部を引きつれ、シーファ領奪還に向ったのだった。

 シーファ親子はバーンズ軍の最後尾にいたケーニヒル家の部隊に声をかけた。ケーニヒル家は南部に小さな領地を有しており、今回の征旅に参加した各領主の中でも珍しく意欲が高かった。領主自ら参陣していて、この戦で戦功を立てて恩賞を得ることを望んでいた。シーファ親子は、その功名心を巧みに突いた。

 『もし我らに協力し領地を回復してくれたら、その戦功を必ずしや陛下にご報告し、恩賞を得られるように推挙いたしますぞ』

 ゾランゾはそう囁き、ケーニヒルはその気になった。しかし、ケーニヒル家が率いていたのはわずかに五十名。驚くべきことにシーファ親子はこの人数でシーファ領を奪還できると思っていたのだ。

 シーファ親子とケーニヒル家の部隊は夜陰に紛れバーンズ軍から抜け出し、シーファ領の領都エンドルセクに向った。シーファ親子からすれば、自分達が軍隊をつれて帰れば領民はひれ伏して降参するだろうと高を括っていた。だが、この時すでにエンドルセクでは領民による自警団が結成されており、しかもスフェード領より二十名ほどの兵士が派遣されていて、自警団に軍事指導を行っていた。

 結果としてシーファ親子は見事に返り討ちに遭い、ケーニヒル家の部隊は四散、ゾランゾも逃げ出したのだが、父であるボーツホルは自警団に捕まってしまったのだった。ゾランゾは、翌朝になってバーンズ軍に戻り父を取り返して欲しいと泣訴したが、バーンズは無視した。もはや構うのも馬鹿馬鹿しかった。

 後日談として、エンドルセクの自警団に捕まったボーツホルは、処刑されることなくかつての領主として最低限の礼節をもって軟禁するに止められた。サラサが帝位についた後、恩赦によってボーツホルは軟禁を解かれ、旧シーファ領―この時には第一民主自治領と名を変えていた―の一隅で五年ほどの余生を静かに暮らした。

 一方のゾランゾについてはバーンズに無視された後の行方は知れなかった。これもサラサが帝位に着いた後の話となるが、かつて自分が貴族であったことを放言するすみすぼらしい若者が旧帝都ガイラス・ジンに夜な夜な現われたと言う。これがゾランゾであるという噂が流れたが、確証は得られることはなかった。

 

 さて、バーンズ軍である。味方の失態等で大幅な進軍の遅れを危惧したバーンズであったが、それでも二日遅れ程度でスフェード領を望む地点まで進出できたのは、バーンズの手並みであると言ってもよかった。

 だが、バーンズはそのことを自分の手柄として誇るつもりはなかった。軍司令官として当然の職責を果たしたまでのことであり、本当の手腕が問われるのは戦闘を開始してからなのである。

 「敵は山地を利用して我らを迎え撃つつもりなのでしょう」

 副官のキリンスが指摘するまでもなく、バーンズも敵の意図を読み取っていた。バーンズ軍がシーファ領から続く平地にいるに対して、敵は河川を挟んだスフェード領の山野に点在するように軍を布いている。

 「敵の主力はスフェードとゼレダの軍勢のようです」

 見渡してみると、レザンド家とベリックハイム家の旗が翻っている。それ以外の軍旗は見当たらなかった。

 「数は分かるか?」

 「上手く隠しているようで判然としませんが、両領の規模を考えると二千はないかと」

 いくら山地を利用して戦うとはいえ、一万人以上の軍勢を相手にするにはあまりにも少ない数であった。

 「このあたりの山々はそれほど険峻ではありません。エストヘブン領へと続く道もいくつかあります。ここは数に頼って無理に押し進めばよろしいかと」

 キリンスの言うとおりであろう。並みの相手であればバーンズもその戦術を選択しただろう。しかし、相手はあのサラサ・ビーロスなのである。油断ならなかった。

 「待て待て。敵はその複数の道を挟み撃ちできるように軍を配置している。それに軍旗が見えないというだけで、どこかに兵を伏せている可能性がある」

 「確かに……」

 バーンズは明らかに見えぬサラサの幻影に怯えていた。この戦地にサラサ・ビーロスがいかなる策を隠しているのかと疑い恐れていた。それはキリンスも同様であった。彼もまたサラサに煮え湯を飲まされ、その恐ろしさを知る一人であった。

 「ここは少し様子見るか。斥候は多めに出すように。周囲への警戒も怠るな」

 バーンズはしばらく腰をすえることにした。あるいはここに居座ることで、サラサ軍本隊を誘い出すことができるかもしれない。そうなればジギアスの考えた作戦は半ば成功するのであった。

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