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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第三十七章 光射す道
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1

 皇帝軍は二つに分かれて進発した。一方は皇帝ジギアス自らが率い、シラン領からエストヘブン領に入り、領都エストブルクに迫る。もう片方はバーンズが担当し、シーファ領、スフェード領を通ってエストヘブン領を窺う。兵力は総動員数三万五千。それをほぼ半分に分けたので、バーンズが率いるのは一万七千人あまりとなる。

 敵の推定される動員数は二万。二方面作戦に対処するなら敵も半々に兵力を分散してくるだろう。そうなるとバーンズが相対するのは一万の兵力。数の上では優位に立てる。

 『しかし……』

 バーンズは、前途に不安を感じずにはいられなかった。数は揃った。だが、兵の質はよくなかった。いや、劣悪と言っても差し支えなかった。

 バーンズの指揮下にある一万七千のうち、その半分以上が皇帝直属の部隊ではなく、諸侯連合に属していない南部の領主から無理やり巻き上げた兵力であった。そのため兵としての練度は悪く、士気は極めて低かった。

 『会敵してまともに勝負なるかどうか……』

 バーンズの危惧はすぐに顕となった。出発して二日目にして進軍に遅れてくる部隊がでてきたのだ。それだけでも腹立たしいのに、遅れた理由を聞いてバーンズは怒りを通り越し呆れてしまった。

 その部隊のある将校が行軍中にも関わらず酒を飲み酔い潰れてしまったのだ。しかも、その将校を介抱するために彼の部下達が勝手に隊列から離れてしまい、その後本隊を見つけられず迷子になってしまったのだった。そのため本隊は進軍を中止せざるを得ず、進軍に遅れが生じた。

 もしこの将校が皇帝直属の部隊の者ならバーンズは躊躇うことなく処罰しただろう。しかし、相手が徴用に応じた領主の部隊であるだけに、迂闊に罰することができなかった。

 『先が思いやられる……』

 バーンズは、その将校を呼び出し叱責したが、その将校に悪びれた様子も恐れ入った様子もまるでなかった。およそ軍隊組織としては失格の状態であった。

 それでもバーンズはこの戦に勝たねばならなかった。もしこの一戦で敗れることがあれば、もはや現在の帝国の崩壊は免れなかった。その後に来るのがサラサ・ビーロスによる王朝なのかどうか分からないが、バーンズが現在の地位にいることはないだろう。

 バーンズの名誉のために言えば、彼は別に自分の地位に固執しているわけではない。彼が危惧するのは皇帝の身と、バーンズに付き従っている将兵のことである。これらを守るためにはバーンズが大将軍という地位に立ち、矢面に立たなければならないのである。

 『相手を圧倒する勝利を得るためには、やはりこちらもエストヘブン領に入る必要がある』

 ジギアスの考えた作戦では、バーンズ軍の役割は敵の半数をスフェード領側に引きつけておくことであった。その隙にジギアス自らがエストヘブン領を蹂躙し、一気にエストブルクに至るというものである。しかし、それでは不十分のように思えた。バーンズ軍も積極的に攻勢をかけ、敵軍を痛撃しておくべきではないか。

 そこでバーンズはシーファ領を無視し、一気にスフェード領に到達して敵の主力と決戦しようと考えた。シーファ領を攻め占拠すれば橋頭堡を得ることはできても、これを維持するためにある程度の兵力を駐屯させなければならない。そうなれば数の上での有利という唯一の利点を損なってしまう。バーンズはそのように考え、幕僚達も賛同してくれた。

 しかし、バーンズの考えどおりに事は運ばなかった。シーファ領に至る直前、不幸にも珍客がバーンズ軍の足を止めさせたのだった。

 「シーファ親子が来たのか……」

 かつてのシーファ領の領主であるソザンゾとボーツホルの親子が領民達によって放逐されたのは前述したとおりである。それはバーンズの知るところでもあり、口先で皇帝に阿諛追従しているこの親子のことが好きではなかったので甚だ不愉快な客であった。

 バーンズは無視することにした。しかし、シーファ親子が制止する兵士達を押しのけてバーンズには会いにきたのである。バーンズは行軍を停止せざるを得なかった。

 「これはこれは大将軍。我が領地を奪還していただけるとは……」

 ゾランゾは、だらしなく出た腹を揺らしながら満面の笑みを浮かべバーンズに近づいてきた。その後に彼の父であるボーツホルもいた。彼もまた腹が揺れており、この親子は本当に似ていた。

 「現状では奪還は考えておりません。敵を覆滅すれば、いずれそうなるでしょうから、しばらくお待ちあれ」

 バーンズとしてはそう言うしかなかった。親子はみるみるうちに顔を赤くしていった。

 「何たることか!そのために来られたのではないのか!」

 ボーツホルが吠えた。声までも息子によく似ていた。

 「陛下よりの勅命は敵の討伐にあり、軍事上の裁量は私に任されている。シーファ領をひとまず置いておくのも戦術上のことです」

 そのようなこといちいち言うのも煩わしかった。おそらくはシーファ領を無視する戦術上の意義を懇切に説明してもこの親子は理解できないだろう。

 「左様申されるのなら、皇帝陛下に言上し、シーファ領を奪還する勅命を得るまでのことだ」

 今度はゾランゾが吠えた。この親子は皇帝の名前を出せば、大将軍といえども地面に平伏すと思っているのだろうか。大将軍という地位も舐められたものである。

 「お好きに。ですが、私は陛下よりの勅命を守らなければなりませんので、行軍は続けます」

 バーンズは馬を進めた。行軍が再開され、シーファ親子はその場に立ち尽くした。顔を青白くしながらも、目は怒りに燃えてた。

 『陛下に訴えるのなら好きにすればいい』

 どうせジギアスを見つけ出し訴えてきたところで、流石のジギアスもバーンズの戦術を理解してくれるだろう。万が一ジギアスがシーファ領奪還を命令してきたとしても、シーファ親子が帰ってくるまで相当の時間がかかる。その頃にはバーンズはスフェード領に到達し、敵と戦闘しているだろう。戦場の只中を駆けつけてくる勇気などあの親子にはあるまい。バーンズは気を取り直して、目の前に迫った戦闘に専念することにした。

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