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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第三十六章 矜持
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 帝暦千二百二十四年豊実の月三十一日、皇帝ジギアスが三万五千の兵力をもって帝都を進発した。これをほぼ半分に分けて一方をバーンズが率いてシーファ領方面へ、もう一方をジギアス自ら率いてシラン領方面へ向った。

 その知らせを受けたサラサは、すぐさまジギアスの意図を察知した。

 『二方面作戦をこちらに強いるつもりだな』

 ジギアスが二方面、あるいはそれ以上の多方面作戦に出ることは想像に容易かった。ジギアスの立場に立って考えた場合、必勝を期するにはこの作戦しかなかった。だから、この作戦に対しては、かなり以前から手を打っていた。

 「さてさて、我らが皇帝陛下は壮大な作戦をもって我らに向ってきたわけだが、どうしますかね、御大将」

 すでにエストブルクに住み着いているアルベルトが実に嬉しそうな顔をして聞いてきた。その場にはサラサとアルベルト以外にジロンとミラ、それにスフェード領のダレン、それにシラン領のカーベストがいた。いずれも皇帝軍の想定される進軍路にある領地の領主である。

 「簡単な話だ。相手が二方面作戦を強いてきたとなれば、それに乗っかればいい」

 「ほう?ぜひともご教授願いたいですな」

 アルベルトは芝居がかった口調であった。おそらくはアルベルトもサラサと同じことを考えているだろう。

 「皇帝軍の主力は間違いなく皇帝率いる本隊だ。つまりシラン領側から来る部隊だ」

 カーベストは顔を青くして座っていた。今度ばかりは接待攻勢も通用しないのだから、カーベストが恐れるのも無理なかった。

 「安心されよ、カーベスト殿。皇帝の狙いは私でありエストブルクだ。シラン領は攻撃されまい」

 サラサがそう言ってやると、カーベストはほっとひと息ついた。

 「皇帝の意図はこうだ。まずはシーファ、スフェード領を攻める大将軍の部隊が囮になり、我が軍を引きつけるんだ。その隙に皇帝の本隊が一気にエストブルクを突く。そういうことだ」

 「では、我らも軍を分けるのですか?それとも皇帝の本隊へ兵力を集中させるのですか?」

 と聞いてきたのはミラであった。

 「いや、軍は分けない。我らの動員数は約二万だ。軍を分けても結局は皇帝軍に数で劣勢となる。それにスフェード領とシーファ領を見捨てることもできない。我が軍の全力をもってまずは大将軍の部隊を叩く」

 サラサは地図を広げて説明した。地図上の駒を動かし、自軍を表す赤い駒をすべてスフェード領方面に集めた。

 「しかし、これでは皇帝軍は無人の荒野を行くようなものではないですかな?スフェード方面からとって返してきてもエストブルクまでは一週間はかかるでしょう」

 ジロンもジロンで人を試すようなことを言ってきた。

 「そうだ。大将軍の部隊を徹底的に叩き釘付けにしておいて、一気にエストブルクに取って返すんだ」

 そのための準備をサラサはしてきた。客観的に見れば危険な賭けではあったが、サラサには成功させる自信があった。

 サラサは作戦の格子と軍編成を説明した。皇帝軍の進軍経路となるシラン領、シーファ領、スフェード領の各領の兵力はそれぞれの領地の防衛にあたり、その他の領地の兵力は主力となるサラサ軍に組み込まれることになった。これはエストヘブン領、コーラルヘブン領を中核とした以前のサラサ軍が尤も動員数が多く、実戦経験も豊富であるためであった。

 「主力が大将軍と対峙している間、皇帝本隊の相手はアルベルト殿にお願いしたい。どうであろう?」

 サラサ軍本隊が大将軍を相手している間、別働隊は皇帝を挑発し、皇帝軍をエストヘブン領深くまで誘引しなければならない。この役目はアルベルトこそ適任であった。

 「謹んで拝命いたします」

 アルベルトも自身が果たすべき役割を心得ていた。ニヤッと笑ってから恭しく言った。

 『問題は天使どもだ……』

 エシリアの情報によれば、天使達がこの戦争に介入してくるかもしれないということであった。サラサはジギアスの矜持に期待し、天使の介入はないと否定したが、ジギアスが拒否しても天使達が無理やり介入してくる可能性も否定できなかった。

 『まぁ、その辺はシードに期待しよう』

 これについてもすでに手は打たれていた。そのためにシードとエルマ、エシリアはすでに行動を開始していた。

 『私は私の職責を果たすだけだ』

 サラサは無言で立ち上がった。それを合図にアルベルト達も腰を上げた。

 「苦しい戦いになると思うが頼んだぞ、いざ出陣!」

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