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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第三十五章 諸侯会議
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 スフェード領領主ダレン・レザンドは、熊のような容貌をしていることは前述した。その性格も熊のように猛々しいが、一方で不正を憎み、礼節をわきまえる武人でもあった。質実剛健とはダレンのためにあるような言葉であり、皇帝ジギアスも一目置いている存在であった。

 神託戦争においては旗幟を鮮明にしなかった。というのも、麟領であるシーファ領の動向が気になり、領地を動くに動けなかったのだ。

 そのシーファ領である。この領地の領主シーファ家が代々帝室に対して盲目的に追従してきたことも先に触れた。家祖は初代皇帝ガイラス一世の時代まで遡ると言われているが、判然としていない。シーファ家の家系図や古文書ではそうなっているだけで、帝国に残されている古文書にはそのような記述が一切なかった。おおよそシーファ家の実体を察することができるだろう。

 それでもシーファ家の名前はレオンナルド帝以前からあり、古い家系であることには間違いなかった。だが、その歴史書に出てくる内容は必ずしも輝かしいものではなかった。

 このようなことがあった。レオンナルド帝から少し前の時代のことである。当代のシーファ家の頭首ザードラムは、時の皇帝マハン二世に二人の娘をやり、領地の加増を得たといわれている。これで味を占めたザードラムは、さらに自分の妹と愛妾をも皇帝に差し出し、帝国において過分な地位を貰おうとした。流石にマハン二世もこれには呆れ果て、

 『そのうちシーファには女がいなくなるのではないか?』

 と言い、ザードラムを遠ざけることにした。

 さて、現在のシーファ家の頭首はゾランゾという若者であったが、実権は父親であるボーツホルであった。この親子は二人揃って帝室への忠誠心が厚く、先代皇帝そしてジギアスからも信頼が厚かった。そしてこの親子は、皇帝の覚え愛でたいのをいいことに隣領であるスフェード領に対し、領土的紛争をしかけてきていた。具体的には両領地を流れている河川の使用範囲を巡ってのことであり、非は客観的に見てもシーファ家にあった。しかし、シーファ家は無理を通そうとした。

 『シーファ家の連中は龍の爪先についている虫のようなものだ』

 ダレンはそう怒り、逆に皇帝にシーファ家の非を訴えた。これに対してジギアスは沈黙を守り続けた。ジギアスからすれば猫のように擦り寄ってくるシーファ親子のことが嫌いではなかったし、また武断的なダレンは人間的に好みでもあった。要するにどちらにも加担することができなかったのだった。

 こうして両領は火種を抱えながら今日を迎え、シーファ親子はダレンがサラサの主催する諸侯会盟に参加したことを口実にスフェード領に攻め込んでいたのだった。

 これに対してサラサは、急ぎ自領に戻るダレンにジロンとジンの第一軍をつけた。彼らは速やかにスフェード領領都に入り、情報を収集した。攻め込んできたシーファ軍は約二千。対してスフェード軍とサラサ軍第一軍を合わせた数は約四千であった。

 「是非とも『雷神』のお手並みを拝見したいものです。ジロン殿の指揮を仰ぎましょう」

 ダレンは指揮権の一切をジロンに委ねた。ジロンは一度辞したものの、ダレンの再三の要請により、応じることにした。

 「敵に比べてこちらの兵力は二倍。しかも敵兵は領境にある砦を囲み未だ攻略できずにいる。何も難しいことはない。こちらは兵力数の有利を利用して敵を逆包囲してしまえばいい」

 ジロンの方針は明確だった。流石は神託戦争時、一軍を率いて常に陣頭に立ち続けただけにその戦術眼には一切の誤りもなかった。従う諸将達は彼の口から出てくる命令に感嘆の声をもって応えた。後にアルベルトは、

 『サラサ・ビーロスという天才と、ジロン・リンドブルムにという英傑がいて天下のことが成らないはずがない』

 と周囲に漏らしたと言われている。

 事態はジロンの言葉どおりに進んだ。領境の小さな砦ひとつ落とせずにいたシーファ軍は、怒涛のように押し寄せてきた諸侯会盟の連合軍に瞬く間に半包囲された。

 「完全に包囲する必要はない。逃げる敵は逃がせばいい」

 半包囲戦術はサラサの常套手段であった。ジロンがそれを倣ったのである。

 これを機に砦に籠もっていたダレンの軍勢も外に打って出てきた。こうなってはシーファ軍は手の施しようがなかった。ただうねりに飲み込まれるようにして自領に逃げ帰っていった。

 余談ながらシーファ親子は領民にまるで人気がなかった。領地経営に不熱心で、帝都ばかりに関心の目を向けていたがためであり、この時も逃げ帰ってきたシーファ親子は蜂起した領民によって領都への門を閉ざされてしまった。しかも一緒に敗走してきた部下達も親子に愛想を尽かし、四散してしまった。

 さらに余談を続ければ、シーファ領の領民達はシーファ親子を追っ払った後、サラサに庇護を願い出てきた。それは即ちサラサを領主として迎え入れるということであったが、当のサラサは、

 『どうだろう。折角だから領民達の自治によって治めてみては?勿論、有事の際は喜んで協力するぞ』

 と庇護を願い出てきたシーファ領の長老達に言った。正直になところ、皇帝の再侵攻を懸念していたサラサは、新たに増えた分の領地経営を行なえるほどの余裕がなかった。そして、彼女の政治思想の中にあった住民自治というものを試験的に実施してみたいという思いもあったのだった。

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