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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第三十五章 諸侯会議
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 帝暦千二百二十四年豊実の月十八日、エストヘブン領エストブルクにおいて、十二人の領主が一堂に会した。奇しくもその二日前、サラサは十五歳の誕生日を迎えていた。

 『折角なのですから、誕生日の日に会議を行えば良かったではないか?』

 アルベルトなどはそう提言したが、サラサは即座に却下した。

 『私個人の集まりではないからな、そういうのはなしだ』

 サラサからすれば今回の会盟は、あくまでも領主達が一致して皇帝の政治に対して物申すための集まりであって、誰か特定の個人を首班として帝国から脱した独立勢力を作ろうとするものではなかった。

 だが、そう考えていない者もいた。サラサを中心に帝国の新しい秩序を築こうとする者、またその秩序構築に乗り遅れまいとする者、単に帝国憎しの感情から参加している者、その動機は三者三様であった。サラサは、そのことを察しながらも、すでに感受しなければならない立場に立たされていた。

 『あの時から私は神輿に乗せられていたんだ。必死に神輿から降りようと思っても、ケツを押されて無理やり乗せられ続けたんだ』

 後にサラサはそのように邂逅している。歴史に精通している彼女は、国家の興亡というものがどういうものなのか十分に知っていた。だから歴史と言うものが自分を表舞台の一番高いところに押し上げようとしていると言う予感がまるでないわけではなかった。サラサの中である種の覚悟が芽生えていたのは間違いなかった。

 それでもサラサは、進んで権力の座を欲することはなかった。それはひとえに彼女の性格によるものでしかなかった。一言で片付けてしまえばサラサは権力志向の強い人間ではなく、それどころか希薄な方であり、絶対的な権力を劇物と見ているふしもあった。そのことは、会盟で発せられたサラサの一言目に象徴していた。

 「最初に確認しておきたいのですが、この集まりは帝国の規範から脱して新たな新政治を構築しようというものではない、ということです。現在の帝国政治体制の中で、帝国国民によって最良の政治へともっていけるように、皇帝陛下へ意見するための会議というものです」

 サラサは慎重に言葉を選んで発言した。

 「また、今回の会盟は私が招集しましたが、元来この集まりに身分的な上下はないということです。その点、皆様におかれてはご留意いただきたいのです」

 サラサは円卓の反対側に座っているアルベルトをちらっと見た。アルベルトは涼しげな表情をしていた。

 それから会議は皇帝に対する意見状を作成するための議論が行われた。一刻ほどの議論の後、その大綱が決まった。主な条項は以下のとおりである。

 ・神託戦争以前より領主に課した租税率を元に戻すこと。

 ・帝国直轄軍への兵役制度の撤廃。

 ・各領主より供出した兵役に対する対価を支払うこと。

 ・教会に対する制裁の解除。

などである。そのほとんどがジギアスの政治を否定するものであり、万が一にもジギアスがこれらを受け入れることはないだろう。誰しもがそう思いながらも、そのような提言をしなければならないほど、ジギアスの政治は領主達を圧迫させ、領内を疲弊させていた。

 大綱が纏まると、ささやかながら酒宴となった。

 「ところで先日はサラサ殿の誕生日だったという。この会盟とサラサ殿の誕生日、まことにめでたいことではないか!」

 と真っ先に杯を掲げたのはアルベルトであった。それに続いて領主達もサラサに祝意を述べ、杯を掲げた。最初から全員でそうするように打ち合わせていたのだろう。サラサはやや困惑しながらも、照れ臭そうに自らも杯をあげた。

 「ありがとう。この良き日に誕生日を迎えられたことを嬉しく思う」

 サラサはそう祝意に応えた。

 それから酒宴は和やかな雑談の場となった。サラサも幾人かの領主と言葉を交わしていると、ミラが血相を変えて議場に入ってきた。

 「大変です。スフェード領にシーファ領の兵が攻め込んできそうです」

 ミラがもたらした凶報は、座を一時沈黙させた。

 スフェード領とシーファ領は隣接していて、双方に流れる河川の領有を巡って永年仲が悪かった。しかもシーファ領は代々、帝室に対して盲目的で、根からのジギアス信者であった。

 「おのれ!人が留守している時に狙うとは!こそ泥めが!」

 怒声をあげたのは、スフェード領の領主ダレン・レザンドであった。熊のような容貌をしていて、その声には迫力があった。

 「早速我らが攻守同盟の出番と言うわけか。ミラ、軍の編成を……」

 「お待ちください、サラサ様」

 ジロンであった。

 「これより戦になることも多いでありましょう。そのいちいちにサラサ様が出られていてはきりがありますまい」

 「それはそうだが……」

 「左様です。たかがシーファの盗賊を討伐するのに、御大将が出られる必要はありますまい」

 ダレンもジロンに同意した。

 「サラサ様、私に一軍をお貸しください。レザンド殿に協力して見事敵を追い払って見せましょう」

 「おお!『雷神』のご助力をいただけるとは心強い。必ずしやサラサ様に勝利の報告を差し上げましょう」

 ジロンとダレンは二人で盛り上がっていた。この状況では自分が行くとは流石に言えなかった。

 「分かった。ジンの第一軍を連れて行け」

 サラサは端的にそう命じるだけで、後のことはジロンに任せようと思った。

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