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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第三十三章 裁かれしもの
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 イピュラスの最上階。つい先ほどまでは天界院の議場であったが、今では様変わりしていた。かつて首座が座っていた席にはシェランドンが座り、かつてシェランドンが座っていた下座にはスロルゼンが縄をかけられて正座させられていた。シェランドンにとって最高の光景であった。

 現在、この議場は裁判の場となっている。裁判長はシェランドンであり、被告はスロルゼンであった。

 「今一度聞くが、この裁判には何の意味があるのかね?私の罪状はどういうものか?」

 縄目のスロルゼンは気丈であった。まるで自分の立場が分かっていないようであった。

 「人間界での争乱が収まる気配がない。これは執政官の首座であった貴様の罪科だ。天使にとってこれ以上の罪があろうか」

 罪状などどうでもいい。とりあえず権力を使ってスロルゼンをいたぶる。それこそが目的であった。

 「ならばその責任はお前にあるのではないか?お前は人間界の治安を担当していたんだからな」

 「貴様は執政官の首座であろう!」

 「期間が短いとはいえお前も執政官であったのなら知っておろう。我ら天界院は、人間界を天使を崇拝し、悪魔を憎む世界として維持し続けることにある。そのためには適宜の治安の乱れも必要となる。騒乱と安然。その均衡こそ重要なのだ」

 「私に治安を任せる一方で、人間界で悪事をするガルサノを放置しておられた!そこまで私を侮辱するか!」

 シェランドンは手元にあった書類を投げ捨てた。その勢いで立ち上がり、つかつかとスロルゼンに歩み寄った。

 「どうした?シェランドン。こんな裁判ごっこに意味はなかろう。私のことが憎ければ殺せばよかろう。老躯をいたぶるのはいい趣味とは言えんぞ」

 「黙れ!」

 シェランドンはスロルゼンの胸倉つかみ、強引に立たせた。

 「お前の武力蜂起、私はまったく予想をしていなかった。見事な手並みと言うべきだろう。その手腕があれば、いずれは首座にもなれたかもしれんのにな」

 「今になってお褒めいただいてもおべっかにしか聞こえませんな」

 シェランドンはスロルゼンを離した。床に横倒しになるスロルゼン。今になってシェランドンを褒めてくるなど、この老天使も命が惜しいのではあるまいか。そう思うと優越感が再び湧き上がってきた。

 「これ以上は埒が明きませんな。牢に戻せ」

 シェランドンはまだまだスロルゼンをいたぶるつもりであった。衛兵達が無理やりスロルゼンを立たせ、引きずるようにして連れて行った。

 「シェランドン、もう止さんか。スロルゼンの言葉ではないが、かようなことは意味がない」

 スロルゼンが姿を消すと、それを待っていたかのようにブルゲアノスが口を開いた。現在、彼が一応の首座となるが、この裁判に関しては当初から否定的であった。実際にこれまで一度も口を開かず、シェランドンのなすことをずっと見ているままであった。

 「何を仰います、ブルゲアノス様」

 「スロルゼンを排除し、牢に繋ぐだけで十分であろう。今なすべきは復讐劇ではなく、権力基盤を磐石とすべきことであろう」

 シェランドンは内心舌打ちした。これまでシェランドンの意のままだったブルゲアノスが意見を述べたのはこれが初めてであった。過分な権力を手に入れて増長しているのではあるまいか。シェランドンは不快さを隠さなかった。

 「何を仰る。奴らの罪を糾弾することこそ、我らの正当性が補完できるというものでありましょう」

 「なれど……」

 「ここは私にお任せください。ブルゲアノス様はごゆるりと……」

 「……うむ」

 ブルゲアノスは力なく頷いた。所詮は年功で執政官になり、日和見主義で地位という階段を牛の歩みで上ってきた老天使である。理をもった反論を返すこともできず、易々と矛先を収めた。扱いやすい相手ではあるが、天使としては唾棄すべき存在である。

 「無理をするなよ、シェランドン」

 ブルゲアノスはそれだけ言い残し、退出していった。それにならって他の執政官達もぞろぞろと席を立っていった。気がつけばシェランドンのみになっていた。

 シェランドンは不意に孤独感に襲われた。こうして権力の座について、行動を共にした者や子飼いの天使達を身辺に置いてきたが、実際にはシェランドンの周りには誰もいないのではないか。誰もいない天界院の議場を見渡していると、締め付けられるような寂寥感が湧き上がってきた。

 「シェランドン様」

 そこへ光明のような声が響いた。ソフィスアースであった。

 「おお、ソフィスアース」

 シェランドンの深い孤独はどこかに吹き飛んだ。たとえ他の連中がうわべだけの関係であったとしても、ソフィスアースは違う。シェランドンは力強くそう思っていた。そうでなければ体を許すこともないだろうし、シェランドンの為に献身的に働くこともないだろう。

 「どうかしたか?」

 「天帝の間で拘束した者達の素性が知れました」

 「ふむ」

 あまり興味なかったが、聞くことにした。

 「まず女の天使ですが、エシリアと言います」

 「ほう。あれがエシリアか」

 シェランドンが知らぬはずがなかった。シェランドンが窮した例の騒動で事態の収拾を図った女天使である。

 「もうひとりはユグランテスという堕天使です。二年ほど前に失踪しています。あともうひとりの女だけはまだ判明していません」

 「明日はそのエシリアという女天使を尋問しよう。例の一件、何か知っているかもしれないし、何よりも天帝の間にいたことが怪しい」

 「ですが、客観的に見れば堕天使は天使にとって最大の罪。まずは裁きを行うのならまずユグランテスより始めるべきではないでしょうか?」

 「それは過去の法だ。今は違う」

 今は自分が法だ。シェランドンはそう言いたかった。

 「畏まりました……」

 さらに何事か言うとするソフィスアースの口をシェランドンは自分の口で塞いだ。驚いたようだったソフィスアースであったが、やがて眼を閉じシェランドンの行為を受け入れた。

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