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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第三十二章 天帝
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5

 「レオンナルド帝のことは知っておろう。もうこの頃になると、天使達も人間達も聖戦の真実など知らず、今の天使と人間の関係が完全に構築されていた。レオンナルドが生まれたのも、そういう時代であった」

 レオンナルドについてはエシリアも知っていた。およそ五百年前、帝国の崩壊を救った英雄だ。レオンナルドは、先代皇帝の弟の子、つまり甥であった。一応皇位継承権は第八位とされていたが、本来であるならばレオンナルドは帝位につくことのない地位にあった。実際にレオンナルドは、帝国の北部にわずかな領地をもらい、それほど豊かではないが、悠々自適な生活を送っていた。

 変事はレオンナルドの住む領地からはるかに離れた帝都で起こった。レオンナルドの伯父であり先代皇帝は、政に一切興味を示さない暗愚の皇帝であった。政は自然と彼の臣下に委ねられ、特に帝国宰相の地位にあったザーレンツが専横することになった。

 ザーレンツは佞臣であった。帝国の政治を自己の都合のいいように壟断する一方で、賄賂と国庫の不正流用で私財を蓄えていった。これに義憤したのが皇帝の皇子―レオンナルドの従兄弟―であった。彼らは秘密裏にザーレンツを抹殺する計画を練っていたが露見してしまい、逆にザーレンツによって弑逆されてしまった。それだけではなく、野心に際限がなくなったザーレンツは、皇帝自体も弑逆してしまい、自らが皇帝に即位してしまったのだ。しかし、ザーレンツを皇帝と認める諸侯はおらず、各地で反乱が相次いだのだ。

 「帝国の有史以来、ガイラスの血を引かない者が皇帝となってしまった。これは由々しき事態であり、オーディヌスも憂慮しておった」

 その心理がエシリアには分からなかった。メトロノスの話が事実だとすれば、別に初代皇帝ガイラスの直系子孫のみが天使の血を引いているわけではない。誰が皇帝となったところで、世の中が治まればそれでいいのではないだろうか。エシリアは疑問に思ったが口にはしなかった。

 「それ以上に憂慮したの当時の執政官どもであった。奴らは人間界が大いに乱れるのを嫌った。世の中が大いに乱れれば、人間達は世界に安寧をもたらしてくれるという天使の存在に疑問を持ち始め、信仰心を失い、新しい価値観に目覚めてしまう。執政官どもはそれを極度に恐れた」

 「新しい価値観ですか?それは別に悪いことではないと思うのですが……」

 「ふむ。そうじゃな。存外、天使という存在は考えが固陋のようだ。お嬢さんのような考え方をする天使ばかりなら、神託戦争も起こらなかっただろうな」

 神託戦争?どうしてその言葉が出てきたのだろう。

 「それはどういうことですか?」

 「それは後で話そう。今はレオンナルドのことだ」

 メトロノスはエシリアの疑問を留保して続けた。

 「早々に乱れた世の中を正せねばならない。当時の執政官どもは、ガイラスの血を引く者の中で皇帝に相応しい者を捜した。そしてレオンナルドを発見したのだ」

 「レオンナルドは自発的に乱世を治めようとしたのではないのですか?」

 人間達の歴史に拠れば、レオンナルドは乱世を憂いて決起したとなっている。エシリアもそうであると信じていたのだが……。

 「ほほ。実際のレオンナルドは英雄からはほど遠い男だったな。容貌は婦人のようであったし、若いのに野心的ではなかった。まるで田舎の隠居爺のようだった。しかし、頭脳は優れておったな。戦争も上手かったし、人民を治める術も心得ていた」

 だが、それだけでは満足しなかったのだな、とメトロノスは続けた。

 「執政官が、ですか?」

 「そうだ。執政官どもは早々に乱世を治めて欲しかったのだ。だから、レオンナルドに強大な力を与えたのだ」

 「強大な力?」

 「そうだ。奴らはオーディヌスから魔力を搾り取り、結晶にしてレオンナルドに渡したのだ」

 「え……」

 エシリアは思わず天帝を見上げた。今の天帝の姿は、まさに何かに搾り取られ、干乾びたようであった。

 「察しがいいな。そう。オーディヌスは、魔力を搾りとたれた結果、この姿になったのだ」

 「なんてこと……。執政官たる者が天帝様に危害を加えるなんて……」

 「そう思うだろうな。しかし、それはオーディヌス自らが言い出したことなのだ」

 「天帝様が……」

 「捨身の精神とでもいうのかもしれんな。私は反対したのだ。そのようなことをせずとも、オーディヌス自ら人間界に下り、鉄槌を下せばいいのではないかと言ったのだがな。しかし、オーディヌスは承知しなかった。すでに地上は人間のものだ。人間が処置すべきだと……」

 天帝の判断は賢明であろうとエシリアは思った。天帝自らが姿を見せれば、混乱に拍車がかかるのは確実であろう。

 「執政官どももオーディヌスが天帝として地上に下ることには反対していた。しかし、人間界の混乱は早急に収めなければならない。ならばオーディヌスが間接的に人間に力を貸せばいいのではないかと執政官ども言い出したのだ。オーディヌスはそれを了承した。その結果がオーディヌスの魔力を結晶化するということであった」

 「お待ちください、メトロノス様。もしそのような力を宿したものがあるとするならば、どうして人間界では伝わっていないのですか?」

 「それはレオンナルドが賢明であった証左よ。レオンナルドは結晶の力を使って敵を次々なぎ倒し、帝国の再統一を果たしたのだが、平和になるとその結晶を自らの手元に置くことなく、単なる宝珠としてコーラルヘブンの分家に預けたのだ」

 「コーラルヘブンの分家?まさか、ビーロス家ですか?」

 ビーロス家はサラサの家系である。まさかここでサラサと関わりがでてくるとはエシリアは思ってもいなかった。

 「さてな。人間界のことは疎くてな。そこまでは知らん。しかし、レオンナルドは超絶な力を誇るオーディヌスの魔力結晶を表の歴史から消し去ることに成功し、人間化は再び平穏を見た。だが、天界はそうはいかなかった。オーディヌスの力が急速に衰えていったのだ」

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