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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第三十章 遥か雲の上へ
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2

 自分は何者であるか。そんな命題に自分が突き当たるとは、エルマは想像もしていなかった。

 『私は悪魔だ。魔界の皇女エルマ・ジェスダークだぞ!』

 それは動かしがたい事実である。魔界での記憶もちゃんとある。強大な魔力を持って生まれ、父である魔王から大いに期待されたこと。それ故に三人の兄から無理やり皇位継承を譲られようとしたこと。それが嫌で人間界視察と偽ってマ・ジュドーと連れ立って逃げてきたこと……。鮮明な記憶として残っていた。それなのに、エルマは自分の存在に揺らぎを感じていた。あの天使のせいで。

 『あなたは何者なのです?』

 『私は悪魔の存在を疑っています』

 『私はあなた以外に悪魔を見たことがありません』

 エシリアの力強い一言一言が突き刺さってくる。その一言一言に対してエルマは言い返す力を失っていた。

 「ちっ。こんなことで眠れないなんて。地獄の皇女として失格だな」

 さっきからぼんやりと眺めていた月は微動だにせず、エルマを照らしていた。この月が浮かぶ夜空のどこかに天使共の住処、天界がある。明日の朝にはエシリアとシードは旅立つのだ。

 「またシードを浚ってどこか行くかな……。駄目だ駄目だ。あいつ浚っていくとろくなことが起こらん」

 隣の部屋にはシードが寝ている。きっとあいつは幸せそうな顔をして熟睡していることだろう。そう思うと腹が立ってきたエルマは、壁をすり抜けてシードの部屋に入った。エルマの予想ははずれ、シードはベッドに腰をかけて月を眺めていた。

 「なんだよ、起きていたのか……」

 「エルマさん、入ってくるなら扉から入ってくださいよ」

 シードは非難しながらも笑顔であった。

 「気にすんなよ。私とお前の仲じゃねえか」

 エルマはどかっとシードの隣に座った。

 「シード、行くんだろう。天界とやらに」

 「ええ。エルマさんはどうなんです?」

 「私か……」

 「いつものエルマさんらしくないですね。歯切れが悪くて」

 「いつもの私じゃないか……」

 「そうですよ。いつものエルマさんなら、天界を征服するいい機会だとか言うと思うんですけど」

 エルマは苦笑した。そんなこと考えてもいなかった。

 「なぁ、シード。お前は本当に天使なのか?」

 「どうなんでしょうね。でも、それを確かめるために天界へ行くんです」

 そうだよな、と馬鹿なことを聞いたとエルマは少し後悔した。

 「私は悪魔なんだよな。その悪魔が自分の存在を確認するために天界へ行くなんて滑稽だよな」

 エルマは自虐的に笑った。

 「滑稽ですね。でも、エルマさんらしいです」

 「てめぇ、言うようになったな!」

 エルマはシードの肩をつかみ、ベッドに押し倒した。冗談のつもりでやったのだが、シードは逃げようともせず真っ直ぐにエルマを見返してきた。エルマの方が照れてしまって、思わず視線を背けてしまった。

 「行きましょうよ、エルマさん。エルマさんが来てくれないと、僕は寂しいです」

 「はん。女口説くなら、もっと気の利いたこと言えよ」

 エルマはシードの体から離れた。しかし、シードの言葉、悪い気はしなかった。

 「なぁ、シード。私が悪魔じゃなくても、付いてきてくれるか?」

 「何を言っているんです。僕は悪魔の下僕になったつもりはありませんよ。僕はエルマ・ジェスダークの旅の仲間ですよ」

 「いつから旅の仲間だよ。私は下僕のつもりでいるがな。でも、そうか寂しいか。仕方がないな。一緒に行ってやるか」

 シードに乗せられた気がしないでもないが、エルマの決意は固まった。天界へ行こう。あれこれ考えていても意味がない。うじうじしていても始まらない。それは地獄の皇女としてではなく、エルマ・ジェスダークとしての名折れだ。

 「折角だから天界を軽く平らげてくるか」

 それでこそエルマさんですよ、とシードは言ってくれた。それもまた耳障りのいい言葉であった。

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