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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第二十九章 エイリー川の戦い
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3

 ジギアスは敵陣を眺めながら、不敵に笑った。敵と対陣して一週間あまり。ようやくこの時がきたのだ、とジギアスは高笑いしてやりたかった。

 『敵は油断している!』

 やはり敵は寄せ集めの雑軍だ。軍隊としての規律や緊張感などなく、完全に油断しきっている。見張りの兵は次第に減っていき、残っている奴らも欠伸をしたり、座り込んで話をしている。まるでここが戦場であることを忘れているかのようであった。ここで一気に強襲すれば、敵を壊滅させることができる。

 機が熟した、と判断したジギアスは、敵陣に夜襲を仕掛けることにした。そのために兵士にはしっかりと飯を食わせ、騎馬にも飼葉を与えた。ジギアスの作戦を全軍に伝達した。

 深夜遅く、ジギアス自ら率いた騎兵歩兵の混成部隊二千あまりが出撃。ここより北西にある渡河地点を渡り、一気に敵陣を襲撃する。敵が突然の襲撃で混乱している間に、本隊が渡河をし、夜襲部隊と合流して敵を覆滅する。壮大な戦術であると言っていい。

 自らが奇襲部隊を率いるのはジギアスの常套手段であった。彼は幾度となくこの手段で大勝してきた。彼はその経験則から今回もこの手段で勝ち得ると信じて疑わなかった。もし相手がサラサでなければ、彼が信じた未来は現実のもとなっていただろう。

 しかし、今回の相手はジギアスを遥かに凌駕する戦争の天才であった。サラサは、帝都の図書館や総本山エメランスの書庫でジギアスの戦いの記録をつぶさに読み分析してきた。その結果、サラサは今回の作戦を察知しており、そのために必要な手をすべて打っていた。当然ながらジギアスはそのことを知らず、夜がふけた未明、自ら先陣に立ち、自陣を出撃した。

 刻限としては日を跨いだであろう。ジギアスは渡河地点に到達していた。半月と星々が緩やかに流れる川面を照らしている。

 「全員ついて来ているか?」

 ジギアスは後方を振り返った。夜襲のため松明などが使えないから、普通ははぐれてしまったりする兵などもいるのだが、ジギアスの軍はその点慣れていた。夜であっても主の行方を見逃すことはなかった。

 「全員おります!」

 しばらくして小さくも良く響く声が返ってきた。ジギアスは満足そうに頷いた。

 「よし、渡河開始」

 ジギアス自ら馬を進め川に入った。水面の高さはちょうど馬蹄ぐらいまでしかなく、馬も難無く歩みを進めていた。

 『敵の姿はないか……』

 ジギアスは今回の作戦で最も用心していたのは、まさにこの渡河の瞬間であった。敵がこの渡河地点に気がつき兵を伏せていたら、ジギアスは尻尾を巻いて逃げ出すしかなかった。しかし、敵兵はおろか狐狸の類もいなさそうであった。

 『やはり雑軍だ。大将軍に勝ったのも偶然であろう』

 ジギアスは渡河を終えた。彼の愛すべき部隊が続々と川を渡ってくる。

 全部隊の渡河は滞りなく終了した。ここから敵陣近くまでは歩みを押さえて静かに近づく必要がある。ジギアスは見本を見せるようにゆっくりと馬を進めた。

 渡河してからしばらく、緊張の時間が続いた。やがて敵陣が遠望できるようになってきた。ジギアスは望遠鏡を取り出し様子を伺ったが、わずかな松明と少しばかりの敵兵が散見されるだけで、完全に静まり返っていた。

 『ふん。眠りを覚まして地獄を見せてやる』

 ジギアスは手を振った。それを合図に工兵が飛び出し、敵陣の馬防柵に縄をかけた。

 「突撃ぃぃ!」

 ジギアスが剣を抜いて号令すると、騎兵歩兵がわっと飛び出した。同時に工兵が馬防柵を引き倒し、奇襲部隊が敵陣に殺到した。

 ジギアスも敵陣に切り込んだ。しかし、獲物となる敵兵の姿はどういうわけかなく、静まり返ったままであった。自軍の騎兵も歩兵も、獲物を見失った猟犬のようにうろうろと徘徊するばかりであった。

 「陛下!天幕の中にも人の姿はありません!代わりに随所にわら人形が……」

 そのような報告を受けた時、ジギアスはようやく悟った。そして青ざめた。

 「罠だ!全軍、退避しろ!」

 そのように叫んだが、すでに時を逸していた。陣地の三方から大量の火矢が降り注いできた。瞬く間にジギアスの周囲は火の海と化した。

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