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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第二十九章 エイリー川の戦い
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2

 サラサ軍と皇帝軍が対峙して二日目。両軍ともたいした動きもなく、にらみ合いが続いていた。お互い、先に渡河するのがいかに危険であるのかということを理解してのことであった。

 こういう不毛な対陣が続くと、自然と挑発合戦になる。先に仕掛けてきたのは皇帝軍の方であった。

 『洟垂れ小娘に導かれ、反乱軍は地獄行き』

 という歌を対岸に向って将兵達が歌い出したのだ。この挑発はまるで効果なかった。皇帝軍と対峙しているサラサ軍の主力はクーガの第三軍であり、この軍は大将同様に泰然自若としていて簡単に挑発に乗るようなことはなかった。サラサ自身も、

 『洟垂れとは失礼だな。まぁ、小娘は事実だからな仕方がない』

 と苦笑するに留まっていた。

 「逆に何か皇帝を挑発するようなことをやってみてはどうですか?」

 そう切り出してきたのはクーガであった。朴訥で真面目な男ではあるが、冗談や洒落は好きらしい。いつも他愛もない冗談を言っては周囲を和ませていた。

 「うん。それも面白いかもしれないな」

 そういう悪乗りはサラサも嫌いではなかった。ペンを取り、紙の上で走らせた。

 『洟垂れ小娘にびびる皇帝。小便ちびって下着もまっ金金』

 一気に書き上げると、周囲の者達に提示した。要するにジギアス愛用の金色の鎧を皮肉ったのだ。

 「サラサ様……流石にこれは下品すぎるかと……」

 ジロンが顔をしかめると、続いてミラが、

 「サラサ様に欠点があるとすれば、この文学的修辞のなさですね」

 と呆れ顔で言った。

 「ふん!悪かったな。じゃあ、これでどうだ」

 サラサは憤慨しながらも、後半部分に二重線を引いて書き直した。

 『洟垂れ小娘にびびる皇帝。とっとと尻尾を巻いて帝都に帰れ』

 これでどうだ、と示すと、一同はようやく頷いた。サラサはその文句に節をつけ、兵士達に歌わせた。

 「さて、これで我らが皇帝陛下は激怒してくれるかな?」

 サラサは川を挟んだ敵陣を眺めた。天幕の中で切歯扼腕しているとすれば、サラサがなけなしの修辞を搾り出した成果があるというものだった。


 それからさらに数日、ろくな戦闘などなく、散発的な中傷合戦が行われる程度で、時間だけが過ぎていった。この間、サラサはある作戦を行っていた。敵から見える範囲に配置していた見張りの兵をわざと減らしていったのだ。さらに残している見張りの兵士にもわざと欠伸をさせたり、ふざけ合わせたりして、あたかも油断しているかのように装った。

 そして対陣してから五日目の夕方。敵陣からいつも以上の炊飯の煙があがるのを確認した。

 「ジロン、どう見る?」

 「間違いないでしょうな。馬にも飼葉を与えている様子です」

 ジロンは望遠鏡を覘きながら言った。炊飯の煙は擬態として行うこともできるが、馬への餌やりは嘘では行えない。とりわけ皇帝軍は遠征をしているため、馬の飼料といえど貴重である。無駄にはできないはずだった。

 「では、サラサ様」

 「うん。こちらも準備を始めよう。各軍に伝達、作戦通りに行動せよ」

 サラサは各地に散っている各軍に伝令を派遣した。すでに作戦の手順は伝えているので、命令はそれだけでよかった。

 「よし、私達も行動を始めるとしよう。ミラ!」

 「はっ!」

 ミラの小気味のいい返事が返ってきた。

 「クーガの本陣へ行く。馬を用意してくれ」

 「承知しました」

 ミラが機敏に駆けていった。その後姿にサラサは思わず笑みを漏らした。

 「もはや大怪我をした御仁とは思えませんな」

 「本当だ。一時はどうなることかと思ったが……」

 「万事、物事は気楽に考えた方がよさそうですな。大概の場合は杞憂に終わる。サラサ様は物事を深刻に考えすぎです」

 「老体がいつも無茶な期待をするからな。でも、今日は気楽に考えているぞ」

 「ほう?」

 「負ける気がしないんだよ。今日ばかりはな」

 サラサは敵陣を見て不敵に笑った。エイリー川の戦いは、このサラサの笑みから本格的に動き出すことになった。

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