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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第二十七章 深い森を抜けて
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2

 勝つには勝った。後世の歴史家のほとんどが第一次レンベルク要塞攻防戦の軍配をバーンズにあげている。確かにサラサ軍を蹴散らし、損害を与えたのだから勝利であると言っても否定する者はいないだろう。

 しかし、当のバーンズは勝った気にはなれずにいた。ひとつにはサラサ軍を壊滅させる最大の好機であったのにそれができなかったことにある。原因はルーティエが北の支城から出撃しなかったからであるが、そのことを悔いても仕方がなかった。問題はこれからにある。その問題のことを考えると、一時の勝ちなど無意味なものになっていた。

 『ノーブルは私への反感から出撃しなかった。そのことが続く限り、反乱軍を覆滅させることは不可能だ』

 副官のキリンスなどはルーティエを実力で捕縛すべきと主張するが、バーンズはそれをしなかった。ルーティエが皇帝ジギアスの勅任官であることは事実である。これを徒に捕縛し、権限を停止させる権利は、ジギアスの許しがない限りバーンズにはできなかった。ルーティエの存在は、もはや味方ではなく足枷になっていた。

 『それにあの敵軍がやすやすと引き下がるわけがない』

 これまで数多くの敵と戦場で渡り合ってきたバーンズであるが、サラサ軍ほど不気味な存在はなかった。

 『数も多くなく、いかにも寄せ集めの軍隊という感じだ。しかし、軍の統制は取れているし、各部隊の動きに誤りがない』

 先の戦いで砦を出たバーンズの動きを牽制するように南の支城を攻めた敵部隊の動きもさることながら、敵本陣に殺到したバーンズ軍の前に立ち塞がった敵部隊の働きも見事というほかになかった。

 『敵には戦慣れした武人がどれほどいるのだ……』

 そう感じるのはバーンズが歴戦の勇士だからである。まさかサラサ軍にまともな軍事経験があるのがジロンとネグサスだけであるとは夢にも思わないだろう。

 その敵軍は潰走した後、エスティナ湖周辺に陣取り、レンベルク要塞を窺っている。今し方も、南の支城より敵軍が現われて示威行動をしているという報告があった。

 「砦からは命令がない限りは出るな」

 そう厳命させたが、このまま砦に閉じ篭っていてもどうとなるものではなかった。バーンズは言い様のない不気味さに包まれていた。


 ある日、バーンズは自ら馬を駆って斥候に出た。エスティナ湖を見渡せる高台に到着するまでの間、敵と遭遇することはなかった。

 エスティナ湖に陣を張るサラサ軍は、調練をしているようであるが、出撃する様子はなかった。

 「数は少ないようですな」

 キリンスが望遠鏡を覘きながら言った。

 「ふむ……」

 「まぁ我らが大打撃を与えましたから、その傷が癒えていないのでありましょう」

 本当にそうだろうか、バーンズは疑問に思わざるを得なかった。傷が癒えていないのだとすれば、本拠地まで撤退していてもおかしくはないだろう。

 「どうしますか?部隊を引き連れて強襲しますか?」

 「いや、止そう。攻める意思のない敵を襲って我らも損害を受けるようでは意味がない」

 そう言いながらも本心は、あの薄気味悪い敵陣に突撃をする勇気がなかっただけのことであった。

 翌日、早朝の鍛錬を終えたバーンズが朝食を取っていると、副官のキリンスがノックもせずに慌てふためいて入ってきた。

 「た、大変です!」

 「どうしたキリンス?」

 バーンズの胸に嫌な予感がよぎった。敵が攻めてきたのだろうか。だとすれば、どのような秘策をもってして攻めてきたのだろうか。

 「兎も角大変です!至急馬を……」

 よほどの事態が発生したのか。バーンズは朝食を投げ出し立ち上がっていた。

 キリンスに言われるまま馬に乗って、昨日偵察に出た地点まで急いだ。そしてそこで恐るべき光景を見た。

 「砦が……」

 エスティナ湖に陣を張っていた辺りに砦ができていたのだ。砦といっても、柵を幾重に巡らし、見張り台が建てられている程度であるが、それでも一晩でできる規模ではなかった。

 「昨日は天幕しかなかったはずですが……いつの間にかあの砦が……」

 「あり得ん……一晩であれほどの規模の砦を作れるはずがない。私は幻でも見ているのか……」

 だが、あの砦は紛れもなく本物であった。バーンズの抱いていた敵に対する不気味さが現実のものとなったわけだが、これがほんの序章であることをバーンズが知る由もなかった。

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