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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第三章 少年は激昂し覚醒する
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3

 「奴らを追うと言っても、どうやって捜すんだ」

 シードを背負いながら空を飛ぶエルマは、目を皿のようにして地表を観察した。暗くて様子がほとんど分からなかった。

 「何か目印みたいなのがあるといいんですが……」

 「目印ね。あ、そうだった」

 エルマは思い出した。あの集団から悪魔の気配がしたからマ・ジュドーに尾行させていたのだ。マ・ジュドーの魔力を辿れば行き着くかもしれない。

 エルマは目を閉じて集中し、マ・ジュドーの魔力を探る。微かではあるが感じることができた。

 「随分遠いな……」

 「見えたんですか?」

 「いや、マ・ジュドーの奴にあいつらを尾行させておいたんだ」

 「マ・ジュドーって、あの黒い球体さんですか?どうしてですか?」

 「それはだな……」

 エルマは、あの集団の中に悪魔の気配を感じたことを説明した。

 「悪魔が?」

 シードの顔が険しくなった。

 「ち、違う!私じゃないし、私の仲間でもねえよ。悪魔なんてごまんといるんだからな」

 「でも、悪魔は悪魔なんでしょう……。やっぱり、悪魔って残虐なんだ。平気で人を殺して、村を焼いて……」

 エルマはカチンときた。あまり言いたくないことだったが、この際だから言っておこうと思った。

 「それを言うのならな、人間も一緒だろ?同じ人間同士戦争をして、どれだけの人が殺され村を焼かれた?」

 シードが沈黙する。息遣いだけがエルマの耳に達していた。

 「それにな。悪魔ってのは人間の悪業に擦り寄ってくるもんだ。あの中に相当に邪な人間がいるってことだよ」

 「エルマさんも、そうなんですか?」

 「私か?私は高等な悪魔だから、自分の欲のままに生きるだけだよ」

 エルマはひひっと笑った。マ・ジュドーの気配が随分と分かるようになってきた。


 マ・ジュドーの魔力を感じた場所は、これまで見てきた集落の中で一番大きいものであった。集落全体が背の高い城壁に囲まれていた。夜にもかかわらず、まだ至る所に明かりが見える。

 「カップフェルトか?こんな大きかったか?」

 「違いますよ。レンストン領でここまで大きいのは領都レストプールしか考えられませんよ」

 「はん。代官が領主様きどりってわけか」

 降りるぞ、とエルマは人目のなさそうな暗がりを選んで降下した。建物が密集した路地で、人の気配はまるでなかった。

 「それで、マさんの気配は何処なんですか?」

 「落ち着けよ。なんだ、そのマさんって。妙な略仕方しやがって」

 エルマはマ・ジュドーの魔力を改めて辿る。上空にいた時よりもはっきりと魔力を感じることができた。

 「こっちだな」

 北のほうからマ・ジュドーと別の悪魔の魔力が感じられた。エルマが先を行き、シードが離れずついてくる。しばらく歩くと鉄柵に囲まれた大きな建物があった。魔力はこの建物の中から流れてきている。

 「ここで一番大きな屋敷だな。領主の屋敷じゃないのか?って、おい!」

 シードはエルマの問い掛けを無視して、鉄柵をよじ登ろうとしていた。

 「待ってって!そう猪突猛進するなよ。もうちょっと慎重になろうぜ」

 エルマは服の裾をつかみ、シードを鉄柵から引き摺り下ろした。

 「お前、普段はおとなしいくせに一度火がつくと謎の行動力を発揮するな」

 そう言うと責められたと思ったのかシードは悲しそうに顔をしかめた。

 「そんな顔をするなよ。やるんなら万全を尽くそうぜ」

 そのためなら敵情を知らねばならない。エルマは思念を飛ばし、マ・ジュドーを呼んだ。黒い球体は、すぐさますっ飛んできた。

 「おう、お嬢。来ると思ったぜ。ありゃ、小僧もいるのか」

 「いろいろとあってな。追々説明してやるけど、どうなんだ、奴らは?」

 「馬車の中に二人いたんだけどよ。どっちに悪魔がいるかまでは分からなかったぜ。どっかで馬脚を現すかと思ったけど、なかなか用心深い奴だ」

 「お前、まさか気付かれたんじゃないだろうな?」

 「冗談はよしてくれよぉ。俺が魔界かくれんぼう選手権で二連覇した事実を知っているだろう」

 「そんなこと知るか」

 と言いながらも、気付かれているなら逃走するか、マ・ジュドーを殺すかしているはずだ。何らアクションがないということは、気付かれていないのだろう。

 「で、中の様子はどうなんだよ」

 「警備の兵はいるけどよ。どいつもこいつも人間だ。他に悪魔や魔獣はいそうにない」

 「はん。だったら話は早いな。乗り込もうか」

 エルマは鉄柵を掴んだ。結局乗り越えるんじゃない、とシードが不満顔で言った。

 「柵を乗り込めるなんてお転婆姫のやることだ。悪魔なんだからもっと優雅にいかないとな」

 鉄柵を掴んだ手にぐっと力を入れると、その周辺の鉄柵が熱によって変形し、やがて形を失って完全に溶けてしまった。ちょうど人一人分が通れるぐらいの穴が形成された。

 「どこが優雅なんですか」

 「これが魔界流なんだよ。私の下僕になるんだったら覚えておけ」

 「おい!お嬢!いつの間に小僧を下僕にしたんだよ!」

 喚くマ・ジュドーを蹴飛ばしたエルマは、堂々と領主の館の敷地内に侵入した。


 エルマとシードは鉄柵から庭を横切り、館の外壁に張り付いた。真夜中ということもあってか、エルマ達が張り付いている一面からは漏れてくる灯りはなかった。

 「寝ているのか?悪い奴らにしてはお利口さんだな」

 「いや、起きている奴はいるよ」

 「まぁ、ちょうどいい」

 エルマは窓ガラスに手を触れた。熱でガラスを溶かし、穴を作った。そこから腕を伸ばし、窓の鍵を開けた。

 「エルマさん、慣れていますね。ひょっとして前科があるんじゃないんですか?」

 「ば、馬鹿言えよ。ふざけたこと言っていると、ぶちのめすぞ」

 多少カチンときたが、軽口を叩けるということはシードも大分落ち着いてきたのだろう。エルマは、シードに対して振り上げかけた手をすっと降ろした。

 「お嬢!俺にはすぐ手を上げて、殴る蹴るの暴行を加えるのによ!なんだよ、この差は!下僕間差別だ!」

 悲鳴にも似た声で抗議するマ・ジュドーを踏み台にし、エルマは屋敷内部に入った。

 屋内に入ったことで月明かりが部分的に遮られ、いっそう暗く感じられた。

 「炎をつけるわけにはいかないしな……」

 「俺が道案内してやるってよ。って、おい、小僧!」

 マ・ジュドーが叫んだのでシードの姿を捜すと、勝手に部屋に入ろうとしていた。

 「おい馬鹿!人がいたらどうするんだ!」

 エルマは背後からシードの後襟を掴んだ。幸い、部屋の中は無人だったが、ある意味人よりも恐ろしいものがあった。

 「はん。ご趣味のいいこった」

 それほど大きな部屋ではなかったが、所狭しと並べられていたのは拷問道具だった。鞭や拘束具、棘の着いた金棒。明らかにここの主人の趣味を表していた。

 「ちょうどいいや。おい、シード。武器になりそうなのを持っていけ」

 「え?武器って……」

 「おいおい。村のみんなの敵を取るために、トロンダをぶっ殺しに来たんだろう?そのための武器がいるだろうが」

 シードの顔からさっと血の気が引いた。そのことにはじめて気がついた様子だった。

 「分かっているんだろうな。敵を討つってのはそういうことなんだぜ」

 シードの唇が小刻みに震えていた。人を殺すということを想像し恐怖を感じているのだろう。

 「恐いのかよ。だったら、やめるか?」

 「恐いです。でも、村のみんなはもっと恐かったと思います。僕がここで逃げたら、村の人に顔向けできないですよ」

 くっとシードの唇が引き締まった。近くにあった金棒を重そうに手にし、ぶんと一回だけ上下に振るった。

 「ちっとはいい面構えになったじゃねえか」

 「はん。実際どうなるか分からんが、ま、今の所は合格点だな」

 これで少しはまともな敵討ちができそうだ。シードの武器が決まったとなれば長居は無用だと思い、部屋を出ようとするとシードがじっとどこかを見つめていた。

 「どうした?何か他にいい武器でもあったのか?」

 「エルマさん、あれって何ですか?」

 シードが指差したのは木馬だった。ただし胴の部分が三角形になっていて、背の部分は鋭利に尖がっていた。

 「あの木馬……。あれじゃ乗って遊べませんね」

 「ある意味のって乗って遊ぶんだがな……。お前にはまだ早い」

 「じゃあ、エルマさんはあれで遊ぶんですか」

 「遊ぶか、馬鹿!おら、行くぞ!」

 エルマは再びシードの後襟を掴み、部屋から引き摺り出した。

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