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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第二十四章 コーラルヘブン
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1

 コーラルヘブン領奪取作戦に出る前、サラサはひとつの仕掛けを施した。

 『カランブルを出撃した反乱軍が遠くエストブルクを襲うとしている』

 という流言をエスティナ湖に駐留している皇帝軍に流しておいたのだ。これでこの軍の動きはさらに鈍重になるだろう。

 そして万が一、皇帝軍がカランブルに攻めてきた場合、篭城して外に出ないようにジンに釘を刺しておいた。

 こうしてサラサは、アルベルトから借りた兵二百に、カランブルの兵三百を加え、夜陰に紛れコーラルヘブン領に入った。

 『コーラルヘブンへは一気に入ってそれからゆっくりと行軍する』

 サラサはそう全軍に布告した。ひとつにはコーラルヘブン領にいるビーロス家の旧臣達にサラサ・ビーロスが帰ってきたことを広く主張するため。すでにサラサはコーラルヘブン領に間諜を放ち、ビーロス家の娘が故郷に帰ってきたと宣伝させていた。サラサ・ビーロスの名が公になったのは、この時がはじめてであった。

 もうひとつは、コーラルヘブン領にいる皇帝軍の目を集めるためであった。コーラルヘブン領はそれほど大きくない。エストヘブン領の十分の一程度しかなく、そのほどんどが山岳地帯である。人が住む場所も限られている。人口のほとんどは、領都であるコーラルルージュ近郊に集まっている。

 『我々に注目で集めることで、敵の全軍をコーラルルージュ近郊に集める』

 それがサラサの目的であった。今回の作戦について時間をかけている余裕はない。一気に敵を倒しコーラルヘブン領を手に入れないといけないのだ。


 コーラルヘブン領に入り、最初の夜営を行った。領都コーラルルージュまではあと一日の行程である。まだビーロス家の旧臣達は駆けつけていない。

 「はたしてどのくらい集まるでしょうな」

 奥まった天幕で夕食を取っているジロンが話しかけてきた。

 「まぁ、そんな焦るな。まだコーラルヘブンに入って一日だぞ。そう簡単に集まってくるなら苦労しない」

 サラサは余裕の表情を見せたが、気が気でないのは確かであった。集まらなければサラサとビーロス家の存在などその程度ということなのだ。

 「最悪、この手勢だけでコーラルルージュを攻めなければならないかもしれませんな」

 「そうだな。しかし、ここ最近、最悪の事態ばかり考えているな。気苦労で死にそうになる」

 「ですが、概ね杞憂で終わってますな」

 「今回もそうとは限らんぞ」

 その一言は己に対する戒めであった。サラサの立場としては、常に最悪の事態を想定しておく必要があった。

 が、やはり杞憂であった。夜半過ぎ、サラサが眠ろうとしていると、ミラが天幕に入ってきた。

 「サラサ様。バロード・ケプラーを隊長とする部隊がサラサ様に面会を求めてきましたが、如何しましょう」

 「ケプラー家か?」

 サラサは跳ね起きた。ケプラー家は代々ビーロス家の筆頭家老を務めた家である。それだけにコーラルヘブン領にいる旧臣達への影響力も大きいはずだ。そのケプラー家の者が来たとなれば、旧臣達も続々と集まってくるだろう。

 「すぐに会う。通せ」

 サラサはベッドから出た。

 ミラに案内されて入ってきたバロード・ケプラーに見覚えがあった。父ゼナルドが神託戦争でコーラルルージュを空けている時に留守を任されていたのが他ならぬバロードであった。度々コーラルルージュの館で見かけた時に、剽悍な顔を無理して笑顔にしていたことをふと思い出した。

 「サラサ様……よくお戻りで……」

 もうすぐ五十歳になるらしいバロードは、羞恥もなく涙を流した。

 「よく来てくれた、バロード。お前が来てくれればとても心強い」

 「まさかこのような形でお会いできるとは……いえ、これこそ我らが望んでいたことであります」

 バロードだけではない。天幕に入ってきた全員が咽び、感涙していた。

 『これも父上の徳だな』

 改めて父に感謝しなければなるない、とサラサは思った。

 「バロード。感動の再会はここまでにしておこう。我らは事情が切迫している。コーラルルージュの現状は分かるか?」

 「ラーベル・グラハンという男が二百あまりの兵をもって守っています。それがコーラルヘブンにいる皇帝軍の全軍であります」

 「その中にビーロス家の旧臣はいるか?」

 「何名かはおりますが、来る日のために獅子身中の虫となるべく潜伏しているものばかりです。ご安心いただいて結構です」

 「来るべき日って……。お前らも私を担ぎ出すことを考えていたのか?」

 意外であった。サラサはてっきりビーロス家の旧臣から見捨てられていると思っていた。

 「勿論であります。我らコーラルヘブンの民が主君とするのはビーロス家のみであります。いずれ我らが蜂起し、サラサ様をお迎えしようと考えておりました」

 「そういうことか……」

 結局サラサは担ぎ出される運命であったらしい。しかし、エストヘブン領の内乱がなければ、きっとサラサは全力で拒否していただろう。運命というのは、なかなか単純な筋書きどおりにはならないものだとサラサは思った。

 「コーラルルージュにも同志がいるとなれば心強いな。ということは、お城の秘密も漏れていないと見ていいかな?」

 勿論であります、とバロードは言った。お城とは、コーラルルージュにあるかつての領主の居城であり、そこにある秘密こそ今回の作戦を成功させる最大の鍵であった。

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