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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第二十三章 名もなき旗のもとに
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 クスハルで一泊したサラサは、シュベール家の家臣達に案内され、アドリアンの隠居している郊外の屋敷へと案内された。

 賓客扱いとなったサラサは、馬車の乗せられている。屋敷までは馬車で小一時間程度の距離らしく、車窓から外を眺めたり、目を閉じて眠ろうとして時間を潰そうとしたが、どうにも落ち着かなかった。

 「落ち着きませんかな?サラサ様」

 正面に座るジロンが言った。

 「そう見えるのか?」

 「見えますな。バスクチで大軍を目の前にしても泰然自若としていたサラサ様らしくありませんな」

 余計なことを言いやがる、と思いながらも、落ち着かないのは事実なのでサラサは反論しないでおいた。

 実のところ、昨晩はほとんど眠れなかったのだ。それほどアドリアンと会うことに対して感情が纏まらないでいた。

 以前であれば、サラサは絶対にアドリアンと会わなかったであろう。父を戦争に引きずり込んだ挙句刑死させ、それにも関わらず自分はのうのうと生きて不自由のない生活をしている。そう考えると堪らなく憤り、相手が土下座をしても決して許すつもりはなかった。

 しかし、自らも他人に請われるままに戦争の旗頭になろうとしている身になると、アドリアンへの憎しみはゆるやかに氷解していった。但し、完全には氷解できず、何とも言えない複雑な心境に至っていた。

 「なぁ、ジロンはアドリアン殿がどういう人物か知っているか?」

 「直接面識はございませんが、多少気性の激しい人物とは聞いております。ですが、人徳はあり、決して無能ではなかったかと思います」

 「それはそうだろう。人徳なく、無能では神託戦争なんて起こせないだろう」

 と言いつつ、サラサはどうにもアドリアンという人物の像が思い浮かばなかった。あのアルベルトの父親であれば、よほどあくの強い人物のようにも思えるが、そうでもないようにも思えてきた。

 しばらくして馬車は小さな家の前で止まった。一見、どこかの農家かと思うほど小ぶりで粗末であったが、どうやらここがアドリアンの隠居場所らしい。

 『隠居とは聞こえはいいが、要するに無理やり退けられたのだからな……』

 あるいはこの粗末な家は、皇帝の目を意識してのことかもしれない。そう思うと、アドリアンの生活も決して安穏としているわけではなさそうだった。

 ジロンを外に待たせ案内されるまま中に入ると、薄暗い建物の中は多少小奇麗で、細かく部屋に分かれていた。その一室にアドリアンがいた。

 「これはサラサ・ビーロス殿。ぜひともお会いしとうございました」

 椅子に座っていた初老の男は緩やかな笑みを湛え、立ち上がってサラサを迎えた。どうみても農業を生業にしている好々爺といった感じで、神託戦争などという大それたことを仕出かした人物には到底見えなかった。本当にアドリアンなのかと問いただしくなるほどであった。

 「サラサ・ビーロスです……」

 サラサは毒牙を抜かれたような気がした。もしアドリアンがえぐみのあるような人物であるならば、平手の一発でもかましてやるつもりでいたのだが、その点では完全にやる気を失っていた。

 「まずはお掛けください」

 着座を促されたので、サラサは近くにあった椅子に座った。アドリアンも今まで座っていた椅子に腰を下ろした。

 「年を取るといけませんな。立っているだけで辛くなる」

 「まだそのような年ではないでしょう」

 アルベルトの年齢を考えれば、ジロンと同じ年ぐらいだろうか。いや、よくよく考えれば、ジロンが年の割りに若々しすぎるだけなのかもしれない。

 「体力や気力と呼ばれるものは、二年前に使い果たした気がしましてな。土でもいじっていれば多少体力ぐらいは戻ると思っていましたが、うまくいきませんな」

 「この建物はもともと農家のものだったんですか?」

 「うむ。隠居するにあたり、事情が事情だけにあまり華美になってはまずいんでな。たまたま朽ちて空き家になっているここを見つけたというわけです」

 罪科を受けた者としてはこれでちょうどいい、とアドリアンはやや自嘲的に言った。

 「いや、こう言ってはいけませんな。サラサ殿、あなたのお父上には大変申し訳ないことをしました。すべてはこの私の責任です」

 アドリアンは再び立ち上がり、深々と頭を下げた。これが言いたいがためにアドリアンはサラサに会いたかったのだろうか。

 「頭を上げてお座りください、アドリアン殿。以前の私なら、よくも父をくだらない戦争に巻き込みやがってと殴り倒していたかもしれませんが、私も少々厄介な立場に立たされまして……」

 「ほう……」

 どうやらこれからサラサが成そうとしていることをアドリアンは知らないらしい。サラサは、これから皇帝を相手に戦争をしなければならないことを語った。

 アドリアンは驚いたようであったが、余計な言葉を差し挟まず最後まで聞いてくれた。

 「そうか。数奇としか言いようがありませんな。因縁という便利な言葉では片付けたくはないが、血は争えないわけですな」

 「ビーロス家は損な役割をするようです。が、ようやく父の気持ちが少しは分かるような気がしました」

 「そう言っていただくと、私も多少は救われると言うものです。お父上への借りを返すというわけではありませんが、ぜひともご協力させてください」

 「私としてはありがたいのですが、よろしいのですか?アルベルト殿にも問い質しましたが、はぐらかされてしまいました」

 サラサがそう言うと、アドリアンは声をあげて笑った。

 「ははは。あれはそういう男です。理屈ではなく直感で動くようでな。多少癖がありますが、私よりも有能な男です。アルベルトが言うのであれば、私としては何も言うまい」

 「しかし、シュベール家にご迷惑がかかりましょう」

 「お父上に助けられた当家です。その恩を返すためならば、シュベール家など滅んでもいい。あれはそのぐらいのことを考える男ですよ」

 サラサはやや当惑した。シュベール家という大家の存亡まで背負わされてしまった。

 「こんな小娘のために御当家の存亡を賭けないでください」

 「賭けではありません。これは恩返しです。私だけではなく、シュベール家の全体の意思でもあります。サラサ殿はご自身の意思のままに」

 アドリアンは微笑した。その微笑には有無を言わせない迫力があった。

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